東京オリンピックの開会式から1週間がたちました。今回のオリンピックは異例なことばかりで、状況も非常に特殊です。開会式に携わる予定だった人が辞任したり、解任されたりして、演出の内容や練習などに多くの制限があったのではないかと推察されます。



 コロナがなければ、もっと違った形になったのかもしれないと思う部分もあります。そのような状況を鑑みると、個人的には開会式について批判的なことばかりは言えないと感じています。

 コロナを起因とする五輪開催の是非については一定の時間をかけて判断していくことなのだと思います。そうしたことを別にして開会式を評価すると、とくに、ピクトグラムのパフォーマンスは非常にクリエイティブで大成功だったと思います。宴会芸のように見え、非常に広いスペースをダイナミックには使わないため、オリンピックの開会式らしくはないパフォーマンスでしたが、独特のリズム感や抜け感などが非常にコミカルで人々を楽しませました。実際に、SNSでは「ピクトグラム」がトレンドになり、オリジナルのピクトグラムを作成してバズっている投稿も多くあります。ピクトグラムのパロディーは、オリンピックを身近に感じることができ、スポーツを観戦しない人でも参加型で楽しめる要素になりました。現代的なオリンピックとして素晴らしい認知の広がり方です。このピクトグラムの演目は本当にクリエイティブで、できることの中で最善を尽くしたといえます。

 また、選手入場の際の看板が漫画の吹き出しになっていたり、クリエイティブな要素は節々にありました。大規模で荘厳で壮大なパフォーマンスはできないけれど、できる範囲の中でクリエイティブを発揮する可能性を模索した結果だと思います。

 開会式に限らず、モノづくりには制限がつきものです。とうぜんながら無限の人やお金や時間を使うことはできません。クリエイターは、限られた人数や予算や納期の中で、最善を模索し工夫して仕事や作品を完成させます。その工夫や努力の跡がクリエイターや創造する側の人には理解できるのです。YouTubeも、見る側と作る側ではみえる景色が全く違います。この温度差は、実は非常に大きいと思います。

 もしかしたらYouTuberの動画をみて「自分ならもっと面白い動画が作れる」「こんなつまらない動画がなぜ人気なのか」「登録者が100人しかいないのはショボい」と思われたことがある方もいるかもしれません。1本でいいので、動画を制作すると、驚くほど多くの発見があります。動画を見ているだけでは決して分からない工夫や努力や大変さや手間を実感することができます。何げない画角の撮り方の難しさやテロップのフォントや位置や色の工夫、BGMや効果音の手間など、想像上に大変な作業の積み重ねがあります。YouTuberは、実はYouTube内ではクリエイターと呼ばれます。クリエイターの影の見えない努力と、思い通りの作品を作る難しさ、多くの人が関わるほどに難しくなるオペレーションなど、クリエイターなら理解や想像ができることも多くあります。

 開会式についても、制限がある中でも発揮された素晴らしい点を評価し、理解できないクリエイターはいません。動画だけでなく、音楽や絵画や小説や漫画やアクセサリーなど、クリエイティブを発揮する分野は多くあります。実はクリエイティブに携わることは、それほど難しいことではなく、好きなイラストを描いたり、陶芸をしたり、手芸をしたり、頭の中で考えたことを形にするだけで視野が広がることもあります。そうすれば、今回の開会式でも工夫された点や見えない努力について想像力を働かせることができます。

 常識を打ち破ったり、既成概念を壊したり、新しいフォームを考えたり、スポーツ選手の努力はおそらくコツコツと積み重ねるものと全く新しいことをすることが合わさっているはずです。そういう意味でスポーツ選手もクリエイターと言えるかもしれません。コロナ禍で暗いニュースが多い中、メダルを獲得したニュースは、世間を明るくしてくれました。選手の方々には、是非とも全力を尽くしていただきたいです。