侍ジャパンの3大会ぶり3度目の優勝で幕を閉じた第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。MVPに輝いた大谷翔平(エンゼルス)が世界一を決めたマウンドで喜びを爆発させる姿は日本野球史の中でも最も印象的なシーンの一つとなったのは間違いないだろう。

 そして、その大谷が最後の打者として三振を奪った相手がチームメイトのマイク・トラウトだった。トラウトはここ10年近く“最強打者”としてMLBに君臨し、今回の米国代表では主将を務めるなど正真正銘のスーパースターだ。トラウトが最後の打者となったことで、優勝の場面はよりドラマチックなものとなった。

 試合後に大谷との対決を振り返り「自分が望むような結果にはならなかった」と世界一を逃した悔しさを示した一方で「とても楽しい対戦だったね」とコメントするなど、トラウトが野球を“フェア”に楽しむ姿勢は大会を通して目立った。

 侍ジャパンと戦った決勝でもそれを如実に感じ取れるシーンがあった。

 米国代表が2点ビハインドの7回表、無死一、二塁の場面で打席に立つと、この回から日本代表のマウンドに上がった大勢(巨人)の初球がインコースを厳しくえぐった。ボールは手首に当たったかのようにも見えたが、何食わぬ顔でトラウトは次の投球を待ったのだ。

 実際にスローで見るとボールはグリップエンドに当たっており、死球ではなかった。だが、野球ではこのような1点を争うような場面で体をかすめるような投球があった際には、死球を自らアピールすることは度々あることだ。特に負けたら終わりのトーナメントでは多く見られるシーンで、甲子園でも球児が死球を必死にアピールしたものの、当たってないと判定され打席に戻るシーンがあるが、トラウトに限っては死球を球審に求めることすらしなかった。

「ただ勝てばいい」というのはトラウトの“美学”に反するのだろう。とにかく野球を楽しみたいというのがトラウトの哲学であるのは間違いなく、その姿勢は若手時代から変わっていない。

 2011年のメジャーデビューから瞬く間にスターダムに駆け上がったトラウトは、2014年のスプリングトレーニングでダルビッシュ有(当時レンジャーズ)と対戦。前年に奪三振王に輝くなどメジャーリーグでも屈指の存在となっていたダルビッシュと対決することを以下のように語っていた。

「ここ数年彼と対戦しているけど、彼との間にはライバル関係のようなものがあるんだ。これって本当にクールだよね。彼がベストのボールを投げて、自分がそのベストのボールを打てるように試みる。我々はそれを楽しんでいるし、本来それが(野球の)あるべき姿だよね」

 このように誰よりも勝負を楽しむトラウトだが、所属するエンゼルスは残念ながら2014年を最後にプレーオフ進出から遠ざかっている。

 大谷は過去に「ヒリヒリするような9月を過ごしたい」と語るなど、勝つことに飢えているが、それはトラウトも全く同じ。大谷も世界一を目指す侍ジャパンでの戦いを誰よりも楽しんでいたように見えたが、トラウトも大会中に「野球のグラウンドで最も楽しい経験ができている。自分の国を代表して戦えるのは何よりも楽しい。(米国代表として)プレーするのは楽しいとは思っていたけど、こんなに楽しいとは想像していなかった」と、大舞台で戦うことの喜びを誰よりもかみしめていた。

 そして、トラウトはWBCでプレーしたことで大舞台で戦う“快感”を得たようで、米『Yahoo! Sports』によると「このような雰囲気でプレーすることが必要だったんだ。(WBCでのプレーは)どれだけ我々がプレーオフでの戦いを切望しているか思い出させてくれた」と、大会後にエンゼルスのフィル・ネヴィン監督にメッセージを送ったという。

 メジャーリーグは30球団とチームの数も多く、プレーオフに出場してワールドシリーズまでたどり着くのすら簡単なことではない。これまでトラウトのようにメジャーのスーパースターという地位にいながら世界一から無縁のまま現役を退いた選手は少なくない。あのイチローやケン・グリフィーJr.、フランク・トーマスも世界一はおろかワールドシリーズに出場することすらなかった。

 通常このような場合は強いチームに移籍して世界一を目指すというのは定石ではあるが、2019年の開幕前に12年総額4億2650万ドル(558億2000万円)の大型契約をエンゼルスと結んだトラウトは、このチームでの優勝を目指している。

 昨シーズン終盤には「イライラする状況が続いている。ここは我々が望むような場所ではない」と勝てない現状に悔しさを露わにしていたが、トレードについては「そのようなことは考えたこともない」とも語っている。今オフにフリーエージェント(FA)となる大谷についても「引き留めるためにも勝ちたい」と述べており、大谷とともに世界一を目指していきたいという思いを吐露した。

 今オフにも“それなり”の補強を敢行したののの、決して前評判は高くないエンゼルス。大谷の去就にもチームの勝敗が影響しそうだが、「エンゼルスで勝ちたい」と同じ思いを共有するトラウトがいる中で決断は変わるのだろうか。

 大谷にも勝るとも劣らない野球への愛と、勝利を渇望する男・トラウト。WBCでは互いに敵として戦ったが、大舞台でより一層勝ちたい気持ちが芽生えたのは一緒だ。最高の舞台で戦った2人がエンゼルスを久々のプレーオフに導いてくれるような気もする。