民主派を排除すべく、議員資格を剥奪するという愚行に走った香港行政府。23日には、民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)や黄之鋒(ジョシュア・ウォン)ら3人が昨年6月に参加したデモにおいて、参加者を扇動した罪で裁判所は有罪を宣告。即日収監した。刑期は最高5年になる可能性がある。一国二制度は消え失せたが、歴史をひもとけば「抑圧」のほころびが見える。AERA 2020年11月30日号の記事を紹介する。
* * *
香港中文大学、香港理工大学での学生と武装警察との壮絶な攻防。区議会議員選挙での民主派候補の圧勝(親中派候補の惨敗)。世界が注視した昨年11月のあの日々から1年が経過した。
中国共産党とその傀儡(かいらい)行政府による香港の独裁体制化の兆しは昨年末から見られたが、本年6月末の「香港特別行政区国家安全維持法(以下、国安法)」施行後、それは急速かつ多面的に進んでいる。
徹底した反中共の姿勢をとる新聞「蘋果日報(ひんかにっぽう)」創業者の黎智英(ジミー・ライ)や日本でも馴染みの若手活動家、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)らが次々と逮捕(その後保釈)されたことは知られているが、そうした著名人の「見せしめ的逮捕」のみならず、市民を萎縮させる数々の動きが香港のなかで起きている。
■教科書に載らない事実
例えば教育界がそう。行政府への忖度などせず、「人権」や「民主主義」に触れる授業を行う教職員は、教育局から難癖を付けられて摘発され、資格停止処分となることもある。また、これまで高校の「通識教育」(一般常識)の教科書には、前述の黄之鋒や周庭も参加した2014年の「雨傘運動」に関する記述が掲載されていたのだが、新しい教科書ではそれが削除された。ということは、昨年、世界的なニュースとなった香港市民の200万人デモや大学構内での「戦闘」も、この先、香港の教科書には載らないということだ。
また、当局は公務員にも手を突っ込んでおり、街頭デモで警察に拘束されたことを理由に46人を免職にしたと発表しているが、このデモは国安法施行後のものではなく、昨年の話。つまり国安法違反でも何でもないのに処分しているのだ。
攻撃の矛先は、そうした当局による強権発動の事実を国内外の人々に伝える役割を担う報道機関に対しても向けられている。
「この間、勝手な理由をつけて突然逮捕ということがあちこちで起きています。われわれは常にその可能性を意識しており、当然のことながら萎縮する者もいますね」
あるメディアに属する香港人記者は、そう語ったあとで、「家族には心配するなと言ってるんですが、覚悟はしています」と続けた。
こうした弾圧が、ついに立法会の議員にまで及んだ。
11月11日、中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、中国による香港への主権行使を認めない議員の資格を剥奪する権限を、香港行政府に与えることを決定した。要するに、中国共産党に盾突く議員は存在させないということだが、林鄭月娥(キャリー・ラム)率いる香港行政府は、全人代常務委員会のこの決定に従い、同日、公民党などに所属する4人の民主派議員の資格を失効させた。
この4人が標的となったのは「香港独立」を口にしたり、「中国制裁の強化」を欧米に求めたりしたからともいわれているが、彼らに連帯する形で他の15人の民主派議員も辞職した。そのため、立法会(定数70)は、ほぼ親中派議員のみで占められる「翼賛議会」と化した。
もう誰が見ても「一国二制度」など存在せず、香港の市民自治は、中国共産党とその傀儡行政府によって、ほぼ完全に息の根を止められた。
■香港市民にできること
中国共産党と香港行政府は、主権者であるはずの香港市民の政治的・市民的自由を明らかに奪いながら、それを「香港社会の安定のため」だと正当化。「国安法は人権問題などではなく、合法的な権力行使にほかならない」と国連の場で主張し、これまで国際社会が築いてきた人権秩序の「中国化」を推し進めている。
こうした国安法下にあって、政府に抗したい香港市民にできることはあるのか。黄之鋒は、「私たちができる七つのこと」と題した呼びかけをSNSを使って行っている。
主な内容は、「逮捕者が『無罪』となるよう、裁判を傍聴するなどさまざまな支援をする」「中国共産党主導の『社会を赤化する』動きを監視し、これに染まらぬようにする」「ツイッターでの日々の発信を欠かさず、世界の人々に独裁化が進む香港の現状を伝える」などだ。
わかりやすく誰もが実行できるように思えるが、そう簡単なことではなく、今の状況で黄之鋒のこの呼びかけに応える香港市民は限られているようだ。
現地の声を紹介しよう。
「集会も街頭デモもできないし、立法会選挙は延期で民主派の議員はみんな辞めちゃった。おまけにコロナ禍で、職を失う恐れもある。もう精神的に疲れました。自分のことで精いっぱいです」(ホテルの従業員・女性)
「正直な気持ちを言うと、私たちは負けました。結局、いくら頑張っても、中国共産党が支配している限りどうにもならないんです。習近平が死んだってだめ、彼と同じような人物が彼の代わりをやるに決まってるんだから」(会社員・女性)
「我慢のときだと思う。私を含め、イギリスや日本への移住を志向する人が増えたが、自由な香港を取り戻したいという気持ちに変わりはない。かなりの時間がかかるだろうけど、諦めてはいない」(自営業・男性)
そして、東京で働くある香港人女性は、こう語った。
「これまで、ツイッターを使ってさまざまな発信をしてきましたが、既に中国当局に私のことを特定されているのではないかと恐れています。なので、もう実家がある香港に戻れなくなりました。日本にいる私でさえそうなのだから、香港にいる人はなかなか発信できないと思います」
■ポーランドと重なる
昨年の区議会議員選挙に立候補して当選したある若手議員からこんなメールが届いた。
「自由と民主主義に対する締め付けは強烈で、中国共産党と香港政府が今後何をやってくるのかと恐れています。彼らは手段を選ばないから。でも、何があっても、私たちは良心を失わず、最善を尽くすしかありません」
私は議員にこう返した。
「自由な香港を取り戻すまでに10年以上かかるかもしれない。でも大丈夫。あなた方はまだ若い。諦めることなくじっくりと歩んでください」
かつて、共産陣営の盟主だったソ連の支配下にあったポーランドで、数百万もの国民が参加する民主化運動が高揚した時、危機感を覚えた権力者は、ソ連の意向を汲む形で軍を出動させて戒厳令を布告(1981年12月)。活動家はみな投獄され、運動は息絶えたように見えた。だが、実際は息を潜めていただけで、民主化を求める人々の情熱は失せていなかった。7年余り続いたポーランドの戒厳令はソ連の民主化にともなって撤廃され、まもなく共産党の独裁体制は終焉。その動きはベルリンの壁の崩壊やチェコスロバキアのビロード革命へとつながっていく。
私には、当時のポーランドと今の香港とがダブって映る。両者とも、自由と民主主義を求める人々の運動があまりにも強く大きくなったがゆえに、恐れをなした支配者が戒厳令や国安法といった強権を発動して徹底的に制圧した。だが、ソ連が70年余りで崩壊したように、中国における共産党の独裁体制が永久に続くとは思えない。
知恵をもち情熱を内に秘めた香港市民なら、10年20年の長期戦に耐え得るはず。香港の民主化をめぐる動きは、今後そういう長期的な視点で見守ることになるだろう。
昨年、警察本部を包囲するデモを扇動した罪(公安条例違反)で起訴された黄之鋒、周庭ら民主活動家3人(いずれも20代)の公判が11月23日に香港の西九龍裁判所で行われた。弁護士の助言を聞き入れた3人は起訴内容を認め、これによって裁判所は有罪を宣告した後3人を即日収監。「保釈」の継続は認めなかった。
公判前、黄之鋒は「投獄されようが、口をつぐみはしない。私たちは、世界に向けて自由の価値を示しており、そのことで、自分たちの自由を犠牲にすることになろうとも致し方ない」などと語り、周庭は「不安はあるが、より重い罪に直面している仲間たちへの支援を」と訴えた。
刑期の言い渡しは12月2日に行われるが、重ければ「懲役5年」、軽くても「禁錮3年」は免れない見込みだ。(ジャーナリスト・今井一)
※AERA 2020年11月30日号に加筆
「もう実家に戻れない」中国の弾圧恐れる在日香港人 周庭ら収監、重ければ「懲役5年」も

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