哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 中国政府が7月に「双減政策」を発表した。「双減」とは「宿題を減らす」と「学習塾通い負担を減らす」の二つの「減」のことである。宿題は小学校3〜6年で1日60分以内、中学生で90分以内と規制された。学習塾は新規開校不可。既存の塾については非営利化が求められた。当然、大手の学習塾や英語学校がばたばたと破綻(はたん)した。中国政府は何を考えてこんなことを始めたのか。

 中国は伝統的にきびしい選抜試験を勝ち抜いたエリートに資源を集中するという「勝者総取り」方式を採ってきた。科挙がそうだ。しかし、中国共産党は教育資源の偏在が清朝滅亡の原因と考えて、建国後は国民に平等な教育機会を提供して、国民全体の知的パフォーマンスを向上させることをめざした。この判断は正しかったと思う。しかし、文化資本を独占する知識層への行き過ぎた警戒心が今度は文化大革命という反知性主義をもたらし、教育制度が破綻した。その反省を踏まえて教育制度は再建されたのだが、それがまた行き過ぎて、受験に勝ち抜けばエリートになれるという「科挙マインド」が復活して子どもたちが苦しむことになった。そこで今度は「双減」である。まことに振れ幅の広い国である。

 ただ、今回の方針転換は2027年から始まる人口激減と超高齢化を見越したもののように私には思われるのである。国民たちを「勝者が総取りし、敗者は無一物」という苛烈(かれつ)な競争にさらせば経済は急成長するという時期は終わった。これからは、全員に等しく資源を分配し、全員がその個性的な資質才能を生かして多様な職域で活動できるという「協働方式」にシフトすることになるのだと思う。そうしないともう経済が持たないからである。というのは、「勝者総取り」が可能なのは敗者がいくらでも補充できることが前提になっていたからである。でも、人口減でそれが許されなくなる。人間の無駄遣いはもうできない。国力を維持するためには、国民一人一人のパフォーマンスを底上げするしか手がない。もし、この教育改革が「人間を使い捨てにする政治から人間を育てる政治」へのシフトを意味するのだとしたら中国国民にとっては幸いだと思う。

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

※AERA 2021年11月1日号