26日に投開票があった台湾の統一地方選で、与党・民進党は大敗し、野党国民党は好調な結果を残した。蔡英文総統は民進党主席から引責辞任した。長く不調に置かれていた国民党はにわかに勢いを取り戻した感があるが、そのなかでひときわ光を放っていたのが、史上最年少で台北市長に当選した国民党の蒋万安氏(43)だ。第三勢力の台湾民衆党から台北市長のポストを取り戻し、今回の国民党の勝利の象徴となった人物だ。
蒋万安氏の当選が日本のメディアで盛んに取り上げられたのは理解できるのだが、キャプションで使われる「蒋介石のひ孫」という紹介は日本特有だ。台湾のメディアはほとんどそのように彼を呼ぶことはない。「蒋家第4代」というほうが台湾人にはしっくりくる。その理由はいささか複雑だ。
私が蒋万安氏に初めて会ったのは5〜6年前、彼が立法委員(国会議員)に当選した後だったかと思う。国民党の知り合いに食事の席に呼ばれ、そこに彼がいたのだ。若さにあふれていたが、まだまだこれからの政治家という印象だった。蒋介石について、私は『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)というノンフィクション作品を書いたことがある。そのことを知り合いが言うと、蒋万安氏が少しバツの悪そうな表情をしたことを覚えている。
蒋介石は、台湾では評価が両極端に分かれる。民衆に厳しい弾圧を行ったことから、「殺人魔王」と呼んで憎んでいる犠牲者の家族もいる。一方で、蒋介石が「中華民国」を引き連れて台湾に逃げ込んだ結果、台湾は自由主義陣営に入って経済成長を成し遂げ、共産化を免れた。全肯定も全否定も難しい存在だ。
また、蒋介石の息子である蒋経国は、総統の座を李登輝に引き渡す道筋を作った功績もあり、台湾社会では「蒋介石は嫌いでも蒋経国は評価する」という人もおり、なかなか難しい問題なのである。ただコンセンサスとして「蒋介石のひ孫」と呼ぶのは差し障りがあるが、「蒋家第4代」ならいいのではないかというのが、本人もその周辺も社会全体も共有している感覚なのである。
だから、蒋万安氏も自分が蒋家のひ孫であるとアピールすることはない。「曽祖父の思いを受け継ぎ〜〜」などと語ることもない。曽祖父の思いとは一言でいえば「反攻大陸」。中国から共産党に追い出されたが、いつかやり返して支配権を取り戻すことを夢に掲げていた。いまの台湾社会の主流の民意は「台湾は台湾、中国とは違うし、自分は中国人ではなくて台湾人」であり、こうした「台湾アイデンティティー」という考え方が一般的に支持されている。
このなかで「反攻大陸」など掲げても軍事的にも不可能だし、そもそも台湾人は望んでいないと嘲笑されてしまうだろう。すでに第4代で台湾生まれの蒋万石もそのような考えはなく、台湾をいかによくするか、生き残っていくか、ということしか基本的に考えていないだろう。
今回、蒋万安氏が掲げた政策も、米シリコンバレーで弁護士として仕事をした経験を打ち出して、台湾を経済都市に変革するというもの。一方で2児の父で、妊娠中の夫人も選挙応援にかけつけるなど、親しみやすさをアピール。コロナ対策の英雄とされた民進党候補の元衛生福利部長、陳時中氏らの追い上げを許さなかった。
蒋家の「直系」とは言い切れないことも、血筋攻撃があまり効果的ではなかった原因だったようだ。
蒋介石の長男である蒋経国には2人の女性がいた。愛人関係にあった相手の息子で、蒋万安氏の父親の蒋孝厳は外交部長も経験したエリートだったが、愛人の家系という家柄のため、母方の章姓を名乗っていた時期が長く、蒋家の一員とは名乗れなかった。蒋万安氏も同様に一時章姓を使っていた。これについて、選挙期間中には、民進党支持の有名なジャーナリストが「本当に蒋家の血筋かどうか怪しい。DNA検査をしろ」と攻撃したが、むしろ世間的には同情を買っただけで、逆に支持が増えたと言われている。
蒋万安氏を久しぶりにじかに見てみたいと思って、選挙戦最終日の25日朝、選挙カーに乗る直前のメディアのぶら下がり取材に出かけていった。台北市の選挙事務所で待っていると、スタッフからカフェラテを勧められた。カフェラテには蒋万安氏の顔がプリントされていて、女性記者たちが争って私のカフェラテの写真を撮らせてくれと頼んできた。メディアの存在感が大きい台湾では、政治家による記者サービスは日本よりはるかに手厚い。お菓子やチョコレートもあり、その日は雨だったのでレインコートも配られていた。
記者たちに「蒋万安はどうなの」と尋ねると、「陳時中(民進党候補)よりも記者にも親切で、ハンサムだからいいわ」「えー、私はなんか中身がなさそうで嫌よ」みたいなリアクションがあり、彼女たちにとって、蒋介石のひ孫というのは、現実感からしてもピンとくる話ではないのだろうと感じさせた。
そこに現れた蒋万安氏は、ツルツルの肌で、髪の毛をビシッとセットし、記者たちの質問も無難に当たり障りのない答えでさばいて、さっそうと遊説に出かけていった。選挙事務所には集まった支持者たちが「蒋万安、当選!」とコールをしていた。当選が期待できる陣営特有の明るさが漂っていた。
日本メディアが「未来の総統候補」と書いているが、これにもちょっと違和感がある。ありえないとは言えないが、相当、先の話になるだろうということだ。台北市長選の結果をみても、得票率は4割ほどで、民進党候補や民衆党候補を大きく引き離したわけではない。「顔だけで、中身がない」という批判はくすぶっているなか、当選できたのはライバルの分裂、民進党候補の相次ぐ戦略ミスなどの僥倖に他ならない。
華々しい蒋万安氏の登場は、あたかも小泉純一郎元首相の息子として一躍スターになった小泉進次郎を思わせる。だが、その後小泉進次郎氏は苦労を重ね、首相候補という立場からは今遠ざかっている。蒋万安も今後、台北市長として評価を落とせば、当然、総統の道など遠いものになるし、人気が落ちた「小泉進次郎化」してしまうような可能性が高い方とすら思っている。
立法委員を2期務めたとはいえ、国民党の支持基盤の強いところから出馬して楽々当選してきただけで厳しい選挙を経てきたわけではない。市長選挙レベルでは「蒋介石のひ孫」はほとんど重荷にならず、加点材料になっているのだが、国政レベルの台湾全体の未来と関わるテーマを考える傾向が強い総統選挙になった場合、蒋介石や蒋家との関わりも、やはり一定のマイナスになるはずだ。
まだまだ「将来の総統候補」と言い切るには時期尚早ではあるが、それでも若きスターが登場し、台湾総統への登竜門ともされる台北市長のトップについた以上、その動向からは目が離せなくなった。
●野嶋剛(のじま・つよし)
ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。朝日新聞社入社後、シンガポール支局長、政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年に退社。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾で翻訳出版されている。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)。
台北市長になった「蒋介石のひ孫」の実力は未知数 「ハンサムだけど中身がない」との声も

関連記事
おすすめ情報
AERA dot.の他の記事もみるあわせて読む
-
ウクライナとロシアが捕虜交換、英国人ボランティアの遺体も帰還
ロイター2/5(日)17:53
-
米本土上空の中国「偵察気球」の撃墜に時間がかかったワケとブリンケン国務長官訪中延期の“舞台裏”
日テレNEWS2/5(日)15:08
-
メンツを失った習近平政権 気球撃墜 中国は「米が過剰反応」と反発
産経新聞2/5(日)21:16
-
【速報】「気球撃墜」中国国防省も抗議 対抗措置を示唆
TBS NEWS DIG2/5(日)16:19
-
気球撃墜、アメリカは装置解析の方針 中国反論「明らかな過剰反応」
朝日新聞2/5(日)17:19
-
フィリピン収容所内の最新映像入手!! 指示役「ルフィ」か…月20万円の“VIPルーム”から“犬小屋”に
日テレNEWS2/5(日)20:37
-
まもなく侵攻から1年…緊迫の日常続く ウクライナ激戦地を守る兵士たち「勇気」を胸に
日テレNEWS2/5(日)20:24
-
米国のパンダ、返還前に死ぬ 中国と共同で死因調査
共同通信2/5(日)18:04
-
「火星より寒い」米東部で−77℃ 史上最低の“体感温度”記録
TBS NEWS DIG2/5(日)12:06
-
利用される“歴史” なぜプーチン大統領は「ナチス」発言を繰り返すのか?【風をよむ】サンデーモーニング
TBS NEWS DIG2/5(日)13:51
-
ムシャラフ元大統領死去、79歳 パキスタン、軍人出身
共同通信2/5(日)16:23
-
EU「ウクライナは家族」だが、早期加盟に慎重…ロシアを刺激したくない・基準満たない
読売新聞2/5(日)15:00
-
“世界最強”の軍事同盟NATOトップ訪日の目的とは?ウクライナ侵攻の口実にも…ロシア苛立たせるNATO拡大とは?【サンデーモーニング】
TBS NEWS DIG2/5(日)13:21
-
ムシャラフ元パキスタン大統領が死去…「軍事独裁者」から米同時テロ受け親米路線へ
読売新聞2/5(日)20:37
-
イラン、デモ参加者ら数万人恩赦 最高指導者、反スカーフデモで
共同通信2/5(日)21:27
-
梨泰院事故から100日 国会で追悼式=韓国
聯合ニュース2/5(日)14:05
-
日本人容疑者ら「特別扱い」だった比の収容施設 職員全員の交代進む
朝日新聞2/5(日)19:32
-
米で氷点下78度記録 史上最低を更新
AFPBB News2/5(日)13:13
国際・科学 アクセスランキング
-
1
ウクライナとロシアが捕虜交換、英国人ボランティアの遺体も帰還
ロイター2/5(日)17:53
-
2
米本土上空の中国「偵察気球」の撃墜に時間がかかったワケとブリンケン国務長官訪中延期の“舞台裏”
日テレNEWS2/5(日)15:08
-
3
メンツを失った習近平政権 気球撃墜 中国は「米が過剰反応」と反発
産経新聞2/5(日)21:16
-
4
【速報】「気球撃墜」中国国防省も抗議 対抗措置を示唆
TBS NEWS DIG2/5(日)16:19
-
5
気球撃墜、アメリカは装置解析の方針 中国反論「明らかな過剰反応」
朝日新聞2/5(日)17:19
-
6
フィリピン収容所内の最新映像入手!! 指示役「ルフィ」か…月20万円の“VIPルーム”から“犬小屋”に
日テレNEWS2/5(日)20:37
-
7
まもなく侵攻から1年…緊迫の日常続く ウクライナ激戦地を守る兵士たち「勇気」を胸に
日テレNEWS2/5(日)20:24
-
8
米国のパンダ、返還前に死ぬ 中国と共同で死因調査
共同通信2/5(日)18:04
-
9
「火星より寒い」米東部で−77℃ 史上最低の“体感温度”記録
TBS NEWS DIG2/5(日)12:06
-
10
利用される“歴史” なぜプーチン大統領は「ナチス」発言を繰り返すのか?【風をよむ】サンデーモーニング
TBS NEWS DIG2/5(日)13:51
国際・科学 新着ニュース
-
中国気球、軍の戦略支援部隊が関与か…衛星でカバーできない場所など偵察
読売新聞2/5(日)22:19
-
中国偵察気球を撃墜、米軍は残骸を回収し分析へ…中国側反発「民間のもので過度な対応」
読売新聞2/5(日)22:08
-
中国、高速事故で16人死亡 50台関連、炎上も
共同通信2/5(日)21:35
-
イラン、デモ参加者ら数万人恩赦 最高指導者、反スカーフデモで
共同通信2/5(日)21:27
-
メンツを失った習近平政権 気球撃墜 中国は「米が過剰反応」と反発
産経新聞2/5(日)21:16
-
ムシャラフ元パキスタン大統領が死去…「軍事独裁者」から米同時テロ受け親米路線へ
読売新聞2/5(日)20:37
-
フィリピン収容所内の最新映像入手!! 指示役「ルフィ」か…月20万円の“VIPルーム”から“犬小屋”に
日テレNEWS2/5(日)20:37
-
イラン最高指導者、デモ参加者数万人に恩赦
共同通信2/5(日)20:34
-
まもなく侵攻から1年…緊迫の日常続く ウクライナ激戦地を守る兵士たち「勇気」を胸に
日テレNEWS2/5(日)20:24
-
韓国でEV車の販売が激減、一体なぜ?=ネット「EVを買う人はおかしい」
レコードチャイナ2/5(日)20:00
総合 アクセスランキング
-
1
スシロー「ペロペロ」にドン引きの小2娘「お店の人が持ってきてくれるお寿司のレストランがあればいいのに」母「あるんだよ……すまねぇな」
まいどなニュース2/5(日)16:30
-
2
中居正広「ウソでしょ!?本当っ!?」とラジオで絶句 “あの恐怖”に震える
スポニチアネックス2/5(日)16:44
-
3
UVERworld「俺たちは出会い系じゃねぇ」“不純な動機でオフ会参加”する一部ファンに異例の公式声明文
週刊女性PRIME2/5(日)19:00
-
4
デート中つまずき負傷…女性“下山できず“ 日没迫る救助活動 パトカーまで「気軽に登れる山でも油断大敵」
FNNプライムオンライン2/5(日)11:50
-
5
【巨人】原辰徳監督、怒った!?「全力で投げられないような人は1軍に必要ない」2軍行きの山崎伊織と堀田賢慎に苦言
中日スポーツ2/5(日)16:16
-
6
南岸低気圧が次々と通過 10日(金)は東京など関東の平野部でも雪の可能性
tenki.jp2/5(日)17:53
-
7
「人を殺しました」 コインランドリーで71歳女性刺され死亡 21歳男を殺人未遂容疑で逮捕
あいテレビ2/5(日)14:40
-
8
春風亭一之輔 愛息にも内緒にした笑点新メンバー「老人ホームに落語をしに行くとうそを言ってきた」
スポニチアネックス2/5(日)18:07
-
9
「どうする家康」どうする本多正信&服部半蔵?松山ケンイチ&山田孝之の豪華共演がネット反響「贅沢」
スポニチアネックス2/5(日)20:46
-
10
伊藤英明 趣味で買ってしまった約2300万円の「一番ひどい買い物」 妻は「バカじゃないの?」とあきれ
スポニチアネックス2/5(日)11:02
東京 新着ニュース
東京 コラム・街ネタ
-
『信長の野望』シリーズに見る“徳川家康”グラフィックの変遷、懐かしのドット絵から甲冑姿の凛々しい姿まで一挙振り返り
Walkerplus2/5(日)17:35
-
3時のヒロインかなで、つかみたい夢は?
TOKYO MX+(プラス)2/5(日)17:30
-
もうひとつの江戸城!? 東京中心地に残る「見附」を歩く
城びと2/5(日)17:00
-
世界一“謎”のあるテーマパーク!新宿「TOKYO MYSTERY CIRCUS」とは
アーバン ライフ メトロ2/5(日)12:01
-
西新橋『しゃぶしゃぶ芋つる 別館』。富山と九州のおいしさを詰め込んだ黒豚しゃぶしゃぶランチ
さんたつ by 散歩の達人2/5(日)11:00
特集
記事検索
掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright 2023 Asahi Shimbun Publications Inc. All rights reserved.
No Reproduction or publication without written permission.