ISSの退役が2030年に迫るなか、各国各社は現在、8機の新型宇宙ステーションの開発・製造・建設を進めている。以後10年間で、宇宙における国際バランスは大きく変貌する。AERA2023年1月30日号の記事を紹介する。

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 世界の宇宙ステーション計画が、かつてなく活性化している。その理由のひとつはISS(国際宇宙ステーション)の退役だ。

 米ロを中心に運用されてきたISS計画には世界15カ国が参加し、軌道上における国際サロンの役割を果たしてきた。しかし、建設開始から四半世紀が過ぎたいま、その老朽化が進み、現時点では2030年の退役が見込まれている。つまり、総質量445トンのISSは翌31年、大気圏に再突入し、南太平洋に落とされる。これを主な契機として、軌道上における国際バランスが変容しようとしている。

 ロシアはISS後継機として独自ステーション「ROSS」を2025年から建設することを表明している。ステーションの建設とは、各モジュールを順次打ち上げ、ドッキング(統合)していくことを意味する。

 14年のクリミア侵攻から欧米諸国との関係が悪化し、ウクライナ戦争でそれが決定的になったロシアは、宇宙開発において欧米と断絶、独自路線に舵をきった。そのロシアは近年、中国に接近している。

■中国の天宮が完成

 昨年11月、中国は宇宙ステーション「天宮」を完成させた。すでにクルー3人が常駐している。天宮は三つのモジュールを連結した大型機で、史上3番目の規模を持つ。その容積(与圧区画)を山手線に換算すると、ISSは7.6車両分、ミール(旧ソ連、01年廃棄)は2.6車両分、天宮は2.4車両分に相当する。

 しかし、今回の天宮の完成は第1フェーズにすぎない。モジュールは6基まで増設される可能性があり、その場合、与圧区画容積は2倍、史上2番目に巨大なステーションとなる。

 天宮は、国際プロジェクトに位置づけられ、船内で行われる研究テーマは国連宇宙局(UNOOSA)を介して世界から募集されている。東京大学を含む17カ国23機関(22年時点)が参加を予定し、中国以外の宇宙飛行士を滞在させるプランも進行中だ。

 かつて中国は、ISS計画に参加する意思をアメリカに申し入れたこともある。しかし、技術漏洩を危惧したアメリカは、宇宙開発において中国を一貫して排除し続けた。結果、宇宙で孤立した中国は、有人宇宙船(03年)、宇宙遊泳(08年)、独自ステーションの建設(11年)などを独力かつ驚異的なスピードで成功させてきた。つまり、アメリカの対中政策が、中国宇宙開発を促進させたともいえる。中国は、天宮によって微小重力環境における研究の遅れを取り戻すとともに、宇宙における覇権拡大を図ろうとしている。

 また、中国とロシアは21年3月、月面研究基地「国際月科学研究ステーション」の建設で協力することを、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の場で発表している。かつてロシアは米国主導の月軌道ステーション「ゲートウェイ」の建設に参加する予定だったが、米国の意向が強すぎるとして不参加を表明。タッグを組む相手を中国に乗り換えている。

■日本ベンチャーの挑戦

 天宮の完成が報じられて間もない昨年12月、日本の宇宙ベンチャー「デジタルブラスト」(東京都千代田区)が、「民間宇宙ステーション構想」を発表した。実現すれば日本初の独自かつ民間のステーションとなる。

 機体は居住用、科学用、エンタメ用の三つのモジュールで構成され、最初のモジュールは30年までの打ち上げを目指す。科学用モジュールは大学、研究施設、官公庁、民間企業などの利用が見込まれ、エンタメ用モジュールは、スポーツ、ホテル、撮影スタジオなどに使用。一般消費者を対象としたVRやメタバースの活用も想定されている。

 建設費用は3千億〜5千億円と試算。後述するアメリカとは違い、その予算は民間で賄う予定のため、同社はパートナー企業を募りつつ、この日本独自ステーションの建設に挑むことになる。

 アメリカでは現在、ISSの後継機として4機のステーション開発が進んでいる。その1機目となる「アクシオム・ステーション」は、26年の建設開始が見込まれている。

 史上初の民間宇宙ステーションとなるこの機体は、四つのモジュールで構成される。その建設方法はユニークで、まずは最初のモジュールをISSの機首にドッキングし、そこに残り三つを接続して完成させる。

 二つのモジュールには客室があり、眺望豊かな窓、モニター、高速Wi−Fiなどを完備。つまり同機は史上初の宇宙ホテルにもなる。ISSが退役する際にはこのアクシオム・ステーションだけを切り離し、軌道上で単独運用する予定だ。

■さらに3機を開発中

 NASAは21年12月、アクシオム・ステーションに続いて、新たに3機の民間プランを選定した。入札したのは、ジェフ・ベゾス氏率いるブルーオリジン社、ボイジャー・スペース社、ノースロップ・グラマン社。この3社にはステーションの基礎設計料として総額4億1560万ドルが資金提供されている。

 アメリカは、ISS後継機の開発を民間に託す方針をとっている。在米企業からプランを募り、NASAが選定した企業には資金を提供し、完成後の運用もこれら民間企業が行う。こうした民営化は有人宇宙船、ISS補給機、月面着陸機、月面ローバーなど、あらゆる宇宙機材の開発で進められている。

 プランの選定は開発途上の各段階で行われるため、結果的に何機のステーションが打ち上げられるかは不明だ。ただし、この3機すべてが有用とされた場合、アメリカは30年ごろまでに計4機の民間ステーションを打ち上げることになる。その運営は、NASA、研究組織、大学、企業などがテナント(モジュール)をレンタルすることで維持され、その運用企業をサポートすることになる。

 NASAがISS後継機、つまり地球周回軌道の新ステーションを民間に託すのは、「アルテミス計画」に注力するためでもある。月と火星へヒトを送り込む同計画の一環として、NASAは月軌道周回ステーション「ゲートウェイ」を建設するが、その着工は27年の可能性が高い。ちなみに同計画には日本も参加、JAXAの居住モジュールも接続する予定だ。

■高まる需要

 現在、ISSでは多種多様な実験が行われている。微小重力環境ではたんぱく質の結晶が均一化され、地上では再現できない混合物(混晶)も生成できる。前者は新薬、後者は半導体などの高速電子デバイスの開発に欠かせない。そのほかにも太陽光発電機やバッテリー、高速通信の実証試験などが行われている。

 また、今後さらに長期化するクルーの宇宙滞在に向け、宇宙医学、宇宙野菜の研究も進む。恒常的に軌道上にある宇宙ステーションは、宇宙船から月面着陸機にトランジットするための、ターミナルの役目も果たす。

 つまり、宇宙ステーションが担う役割は多く、その需要は高まるばかり。もはや我々の生活やビジネスに欠かせない。宇宙ステーションというインフラを整えることは、国家の覇権強化にも直接的につながっている。

 こうした動機から、各国各社はいま、宇宙ステーション建設を急務としている。その結果、ポストISSの宇宙には、過去半世紀とはまるで違う国際バランスが創出されることになる。(編集/ライター・鈴木喜生)

※AERA 2023年1月30日号