ソニーオープン in ハワイで初日トップに立ちながら急降下で予選落ちを喫したジョーダン・スピース。「西海岸シリーズからはRVライフを送るつもりだ」と、うれしそうに語る姿が話題になった。プライベートジェットで全米を飛び回るPGAツアー選手が“車上生活”を好むのはなぜか?
「西海岸ではRVライフを送るつもり」と、うれしそうに語ったスピース
PGAツアーの新年第2戦となったソニーオープン in ハワイでは、初日に首位に立ちながら2日目に予選落ちしたジョーダン・スピースの急転直下の大転落がゴルフファンを驚かせた。

だが、スピースが去ったあとも米ゴルフ界で話題に上っていたのは、開幕前の会見でスピースが明かした「RVライフ」の話だ。
「RV」とは「リクリエーショナル・ビークル」のこと。ベッドやソファ、シャワーやトイレ、キッチンなどの生活設備が完備された大型のキャンピングカーのような車のこと。英語では「ラグジュアリー・コーチ(豪華車)」と呼ばれることも多い。
スピースは「今週、ハワイでの試合が終わってPGAツアーが西海岸へ移ったら、その西海岸シリーズからはRVライフを送るつもりだ」と、うれしそうに語っていた。
「車で移動」と聞くと、「飛行機が嫌いだから陸路を選ぶのか?」と思う人もいるかもしれない。
「車で生活」と聞くと、「お金の節約のため?」「家がないから車上生活?」と思う人もいるかもしれない。
もちろん、そういうケースもあるのだが、メジャー3勝の実績を誇り、すでに何千万ドルという大金を稼ぎ出し、飛行機だって嫌いではないスピースには、そうした理由は見当たらない。
そして、一口に「RV」と言っても、その大きさや設備、機能や性能はさまざまで、値段も千差万別だ。小さめのRVなら数万ドル(数百万円)で購入できるものもあるが、大型で豪華な車両、さらには自分好みに改造した特別仕様となると、家一軒を購入できる金額を軽く上回るそうだ。
RVライフに切り替えれば、飛行機代やホテル代は不要になるが、車両の維持費、整備費、燃料費、それに広大なアメリカ大陸を転戦するとなれば選手が自分で運転するわけにはいかず、専任ドライバーを雇う費用もかかる。それゆえPGAツアー選手が快適なRVライフを送るためには、結構なお金がかかる。
しかし、それでもRVライフを選ぶ選手には、それなりのワケがある。
「家族と一緒に過ごす時間が長く持てる」
スピースが初めてRV生活を体験したのは、2020年の全米プロのときだった。練習日から試合の最終日が終わるまでの1週間を愛妻アニーとともにRVで過ごしたスピースは、その快適さに驚き、「アニーと一緒に過ごす時間が長く持てる」ことを実感。夫婦揃ってRVファンになった。
21年の秋に長男サミュエルくんが誕生すると、スピースは1分1秒でも長く「サミーと一緒にいたい」と思うようになった。
RVライフなら、愛する妻や子どもと過ごす時間や空間が長く持てるのみならず、「毎晩、自分に合ったマットレスを敷いたお気に入りのマイ・ベッドの上で眠ることができる。サミーが大好きなおもちゃを常に置いておくこともできる」
PGAツアーにおける転戦は、日本における転戦とはスケールがまったく異なり、ほぼ毎週、移動だけで半日や1日を費やすことになる。近年、トッププレーヤーたちはプライベートジェットを利用しているが、それでも時間がかかることに変わりはない。
そして、プライベートジェットでも一般の航空会社の旅客機でも、荷物の量や大きさはどうしても制限されるため、お気に入りのマットレスや子どものおもちゃなどをすべて積み込むことは、まずできない。
しかし、RVなら常備できる。とりわけ、自宅のあるテキサス州ダラスから離れ、1カ月ほど居続けることになる3月のフロリダシリーズでは「RVなら、いろんなことがクリアできて、いいよね」とスピースは言う。
そういう物理的な利便性も、スピースがRVライフを選んだ大きな理由だったそうだ。
「RVでサウジアラビアまでは行けない」

PGAツアー選手の中で、誰が最初にRVライフを始めたのか。正式な記録や書類があるわけではないのだが、私が知る限りでは、試合会場のそばで数台のRVを見かけるようになったのは1990年代の後半ぐらいからだった。
最初のうちは、シニアツアー(現チャンピオンズツアー)でちょっとした流行になった。お金にも時間にも気持ちにも余裕があった50歳代の選手たちが、自慢のRVを選手仲間や米メディアに披露するようになった。
私自身、当時のシニアツアーの選手たちのRV数台に試乗させてもらったことがあったが、豪華なソファ&テーブルが置かれ、ふかふかのラグマットまで敷かれていた車内のリビングルームは「まるで一流ホテルみたいだ」と驚かされたことを、今でもよく覚えている。
やがてRVブームはシニアツアーからPGAツアーへ波及し、2000年ごろからデービス・ラブらがRVライフをスタートした。
メジャー2勝を挙げながらアルコール依存症になって飲酒や暴力などの問題ばかりを起こしていたジョン・デーリーは、そもそも飛行機嫌いということもあり、やはり00年ごろから「豪華なRVを買った。自分でハンドルを握ってフリーウェイを突っ走ると気持ちいいぜ」と、笑顔を見せるようになった。
選手のみならず、PGAツアーがRVを試合会場内に置いて、アテストテント代わりに使用していたこともあった。
選手たちがより快適なRVライフを過ごせるようにと願い、PGAツアーが電気や水が引けるRVパークを大半の試合会場の周辺に整備すると、RVライフを送る選手の数はさらに増え、近年では、ジェイソン・デイやバッバ・ワトソンらもRVライフを送っていた。
そうやってRV派の選手が次々に増えることは、PGAツアーにおける転戦生活がいかに時間とお金を要し、いかに制約がかかるタフな生活であるかを物語っていると考えることもできる。
だからこそ、なのだろう。リブゴルフへ移籍した選手たちは「PGAツアーでは家族と過ごす時間があまりにも少ない生活だった。だから僕はリブゴルフを選んだ」などと語っていた。
とはいえ、PGAツアーで戦っていたときもRVで過ごしていたワトソンは、実際には家族と一緒に生活していたはずなのだが、そのあたりの細かい話はさておき、PGAツアーとは試合開催地も転戦の流れも大きく異なるリブゴルフでは、「たとえば、サウジアラビアからアメリカまでをRVで(数日間のうちに)移動するのは無理だからね」とスピースは指摘する。
PGAツアーが整備しているRVパークには、リブゴルフ選手となったワトソンのRVは、もはや見られなくなっており、少なくとも1台分の駐車スペースは「空きあり」状態。それゆえ、入れ替わりにスピースがそこに自身のRVを停めることができるという意味なのだろう。
そう考えると、RVライフというものは、PGAツアーには昔も今も見られるものだが、リブゴルフでは今もおそらく今後も見られないものと言えそうである。
スピースの愛妻アニーは、とても社交的で、仲間を増やすことに長けており、RVパークで一緒に過ごす選手仲間を「アニーが選手の奥さんサイドから増やし、広げていくのではないか?」などという噂も聞こえてくる。
もしかしたらRVライフは、今まで以上にPGAツアーで好まれるライフスタイルになっていくのかもしれない。
文・舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。百貨店、広告代理店に勤務後、1989年にフリーライターとして独立。1993年に渡米。在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続け、日本の数多くのメディアから記事やコラムを発信し続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。
舩越園子(ゴルフジャーナリスト)