俳人・住宅顕信の世界に触れる!映画『ずぶぬれて犬ころ』本田孝義監督インタビュー

俳人・住宅顕信の世界に触れる!映画『ずぶぬれて犬ころ』本田孝義監督インタビュー

岡山に生まれ25歳の若さでこの世を去った俳人・住宅顕信。
5・7・5の字数にとらわれない自由律俳句を詠み、生涯に残した俳句はわずか281句。22歳の時に得度し浄土真宗本願寺派の僧侶となった。空前の俳句ブームと言われる現在、その死後に日常をテーマとした俳句と生き様が脚光を浴びている。
その俳句と共にいきた稀有な人生を、生きづらさを感じながら生きる現代の中学生と重ね合わせて描いた『ずぶぬれて犬ころ』。
6月1日(土)から渋谷・ユーロスペースにて公開ほか全国順次公開中(5月17日〜23日 岡山・シネマ・クレールにて先行公開)の本作について、本田孝義監督にお話を伺いました。

―― 住宅顕信さんが亡くなってから時も経ちましたが、古さを感じません。

本田監督:そうですね、今年でちょうど33回忌だったんですが32年前です。

―― 本作ではいじめにあっている少年も登場します。今、なぜ顕信さんでありこの少年が登場するのか、その構想やいきさつについて教えていただけますか?

本田監督:ドキュメンタリー映画の仕事で監督をしてきたのですが、ちょうど5年ぐらい前の45歳の時に、諸事情で仕事がうまくいかなくなって、かなり精神的に追い詰められ、映像の仕事を辞めようかなと思った時期があったんです。

15〜6年前の2002年の頃に、いっとき顕信さんの俳句がブームになったことがあって、僕もその時初めて知って俳句とかも読んでいたんです。でも、その時はそれで終わっていたのですが、今言いました5年ぐらい前の精神的にきつかった時に今回映画のタイトルにもなっている「ずぶぬれて犬ころ」っていう顕信さんの句が僕の中で甦ってきたんです。

その理由は分からないのですが、夜、ボーッとベランダで外を眺めていた時にその句が蘇ってきたんです。顕信さんがずぶぬれた犬ころを実際どこで見たのかは分かりませんが、自分の姿を重ねている句だと思うんですね。白血病で入院していましたから、自虐的な句だと思うのですが、要するに雨でずぶぬれになった犬の姿に自分の姿を仮託している句だと思うんです。

その句がたまたま僕の中に蘇ってきた時に、うまく言えないのですが「ボロボロになってもいいから、もう少し頑張ってみれば?」と言ったら変ですけど、そういう風に受け止めたんです。僕もずぶぬれた犬ころのように精神的にかなり厳しくなっていた時に、自分の姿を重ねたんだと思うんですけど、雨でずぶぬれになった犬が僕みたいだなって。顕信さんの白血病と比べてしまえば、命が左右される世界ではないので、笑われるような世界ですけど、その句が甦ってきた時にもう少し頑張ってみようという風に自分の中で思えたということがあって。

それで10数年前に読んでいた顕信さんの句が気になりだして、もう1回そこから住宅顕信ってどういう人だったのかというのを調べ始めたのが今回映画を作ろうと思ったきっかけです。

―― 監督自身の当時おかれた境遇と顕信さんの思いがオーバーラップしているのですね。

本田監督:そうですね、僕の中では。

それと、僕も顕信さんも岡山出身なので、そういうシンパシーみたいなものは感じるんです。年齢的には顕信さんは僕より少し上なんですけど、顕信さんが亡くなった1987年当時、高校生だった僕は顕信さんが入院していた病院の周辺を自転車で通っていたりしていたんです。それは後で調べて分かったことですが、そういう自分が知っている世界で生きていた人だってことを含めて興味を持ったことが大きかったです。

あともう一つ少年の話ですね、あの設定を考えたのは脚本家の山口文子(やまぐちあやこ)さんです。

僕自身は最初、住宅顕信さんの伝記映画を作ろうと思っていたんです。ちょっと話が長くなるのですが、僕はずっとドキュメンタリー映画を撮っているのですが、実は学生時代は劇映画を撮っていたこともあるんです。その時に脚本が書けなくて挫折したことがドキュメンタリーを撮るきっかけになりました。脚本は自分じゃ書けないのではないかって思っていたんです。

原作になったノンフィクションはあるんですけど、顕信さんの表年と言いますか。それをどう物語化するのか?という部分では、自分で脚本を描く自信がなかったんです。2013年に別の映画なのですが僕がプロデューサーとして関わっていたオムニバス映画があって、その中の1本を山口さんが脚本家として担当していたので面識はあったんです。

山口さんとはFacebookでもつながっていたのですが、“今度短歌集を出します。”と投稿されていて、彼女が短歌を詠むって知らなかったのでビックリしたんです。短歌と俳句は違いますけど、俳人のことを映画にしたいってことを彼女に伝えて、会って、それこそ顕信さんの句集や伝記も渡したりして。そしたら彼女が興味を持ってくれて、正式に彼女に脚本をお願いすることになったんです。

脚本を書く前の大きな柱(プロット)ですね、どういう流れの物語にしていくのかについて山口さんと話をした時に、「本田(監督)さんは何で顕信さんを映画にしたいんですか?」ということを尋ねられて、先ほど言ったような話をしたんです。その2日後ぐらいに“いじめられている少年が顕信さんのことを知る”っていうプロットが彼女からあがってきたんです。最初僕は顕信さんの伝記にしたかったんですが、すごく戸惑って“これはどういうことで、どうしたらいいんだろう?”って2日間ぐらい凄く悩みました。最終的には“顕信さんの句が現在においてどういう風に読まれるのか?”って観点でいくっていうのは、それはそれで面白いんじゃないかって思って。一か八かの賭けではあったんですけど、そのプロットでGO!を出したんです。それが、いじめられている少年が顕信のことを知っていくという内容が誕生した経緯になります。

―― ご縁も感じる経緯があるのですね。

本田監督:それが共同でやるところの面白さなんですけど、最初はビックリしました。


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