リドリー・スコット監督が、ホアキン・フェニックスを起用した大作『ナポレオン』が公開中だ。現代を代表する名匠は、誰もが知るこの歴史上の人物をどのように描いたのか?

スタンリー・キューブリックも映画化を断念 

1793年10月16日のパリ。群衆が罵声を浴びせかける中、断頭台に送られた王妃マリー・アントワネットが死刑に処された。熱狂する群衆にまじって、王妃の最期の姿を静かに見つめていたのはナポレオン・ボナパルト。その後、ヨーロッパ大陸の大半を支配下に置き、フランス皇帝として君臨したのは、11年後のことである……。



『グラディエーター』の名匠、リドリー・スコット監督による映画『ナポレオン』は、フランス革命を象徴するこんなシーンで幕をあける。誰もが知るこの天才的な軍人・革命家に扮するのは『ジョーカー』の怪演でオスカーを手にしたホアキン・フェニックスだ。

映画に登場した回数が最も多い歴史上の人物として、ギネスにも登録されているというナポレオン。だが彼を主役として描いた作品は意外に少なく、映画化を切望したスタンリー・キューブリックも、予算面などの問題から断念せざるを得なかったという逸話が残されている。

8000人のエキストラを動員した圧巻の戦闘シーン

このリドリー・スコット版の映画では、先の冒頭シーンから、1821年にセントヘレナ島で没するまでのナポレオンの生涯が描かれる。戦術に長けた英雄か、それとも権力欲に憑かれた独裁者か? その印象は観る人によって異なるだろうが、本作では6歳年上の奔放な妻、ジョゼフィーヌとの関係に力点を置いているのが大きな特徴だ。ある時は高圧的に振舞いながら、それでいてある時は子犬のように彼女に支配されるような、ひとりの男の複雑な内面を浮き彫りにしていく。

もちろんこの作品の、もうひとつの見どころは8000人ものエキストラを動員した、大規模な戦闘シーンの数々である。最大11台ものカメラを同時にまわして捉えたそれらのシーンの迫力は凄まじく、砲撃を受けた氷上の馬が、次々に氷の下に沈んでいく場面のリアルさなど、圧巻の映像が連続する。

だが本作は、決してナポレオンの生涯を過剰なまでにヒロイックに描くことはしない。監督の視線は常に冷静で、世界を掌中に収めようとし、そして闘いに敗れた男の生涯を、俯瞰で眺めているかのような印象を受ける。まるで中国の故事にある”邯鄲の夢”のごとく、人の世の栄枯盛衰はかくも儚いものである……。そんな感慨を抱かせる作品である。

■『ナポレオン』
『エイリアン』や『ブレードランナー』といったSF映画から『テルマ&ルイーズ』、『ハウス・オブ・グッチ』など幅広いジャンルの作品を手掛けてきたリドリー・スコット。歴史を描いた作品は、アーティストの視点というフィルターを通すことで、現代に通じるものになると本人は語っている。ナポレオンを翻弄する妻、ジョセフィーヌを演じるのは、『ミッション:インポッシブル』シリーズのホワイト・ウィドウ役でも知られるヴァネッサー・カービー。『ナポレオン』は全国の映画館で公開中 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 158分

文=永野正雄(ENGINE編集部)

(ENGINE 2023年1月号)