雑誌『エンジン』の貴重なアーカイブ記事を厳選してお送りしている「蔵出しシリーズ」。今回は、日本が誇るスーパースポーツ、GT-Rがデビューしたとき、日産がドイツと日本で行った試乗会の2008年の貴重なリポートを取り上げる。

雨のニュル近辺で

日産は新型GT‐Rの試乗会を、合法的に最高速を試せる高速道路のあるドイツと、日本でもっともテクニカルなコースを持つ仙台のサーキットで開いた。自信の表れである。この2つの試乗会の両方に参加した編集長は、雨のアウトバーンと、凍てつく仙台のサーキットを全力でドライブ! その印象は?

サーキットにおけるコーナリング。限界でもまったく破綻がない。

コーナー数172、最大高低差300メートル、全長約20.8kmのドイツ、ニュルブルクリング北コース(ノルドシュライフェ)は、かつてのF1チャンピオン、ジャッキー・スチュアートをして「緑の地獄」といわしめた、世界でもっとも過酷なレーシング・サーキットである。スカイラインGT‐Rあらため日産GT‐Rは、ここでの集中的なテストを重ねることにより開発された。

そのコース沿いに走る公道を隔てた一角に日産が据えた基地に、3台のGT‐Rが待機していた。1台はこのコースで7分38秒5というタイムをたたき出した「PT2」のGT‐R、あとの2台は先行試作車で、そのどれもが右ハンドルの日本仕様である。「PT2」とは第2号プロトタイプのことで、7分38秒5というタイムは、生産車ではV10を搭載し612馬力のミドシップ・スポーツ、ポルシェ・カレラGTの7分32秒に次ぐ。先代(996型)のポルシェ911GT2の7分46秒はもとより、現行(997型)911GT3の7分47秒をも10秒近くしのぐスーパー・ラップ・タイムだ。この「北コース」のタフさを知る専門家にとって、480馬力とはいえV6ツイン・ターボをフロントに搭載する重さ1700kgをこえる4シーター・クーペによるこの記録は、驚異以外のものではない。

11月上旬、ときに冬の太陽が弱々しい陽射しを落とすとはいえ、前夜からの雨がいまだ間欠的に降り、全面的に濡れた路面の公道に出る。電子制御される「アテーサET‐S」による4WDシステムと、スピンを未然に防ぐVDC(ヴィークル・ダイナミクス・コントロール)を備えるが、アマチュア・ドライバーの手に負えるのか、という不安がないわけではない。しかし、「誰でも、どこでも、どんな時でも最高のスーパーカーライフが楽しめる」ことをうたった日産いうところの「マルチパフォーマンス・スーパーカー」であるGT‐Rは、そんな不安をステアリングを握った一瞬ののちに吹き飛ばした。それほどのクルマだった。

別次元の安心感

僕は日産がテストに使った日本仕様の997型の6段MTつき911ターボにもおなじ条件で乗った。ちがいはあきらかだった。速度無制限区間の直線でも、200km/hをこえるスピードで進入できるゆるい超高速コーナーでも、GT‐Rは911ターボとは別次元の安心感をもたらした。そして3速を多用する山間のワインディング・ロードを、疾風のように駆け抜けた。GT‐RのVDCは、テールを振り出すことも許すスポーティな設定を持ち、その領域にまで踏み込むドライバーには限界コーナリング時にエクストラの楽しみを与えるけれど、そんなときでもステアリングを握る手には、リア・タイヤが滑りつつもたしかに接地していることが伝わる。サスペンションにはまだまだ余裕があることがわかる。そんな状況でもクルマはいたってクールなのだ。だから、ドライバーもクールに運転できる。GT‐Rドライビングを、いついかなるときでも支配するクールな空気には瞠目するほかなかった。

ドイツから戻って数週間後、こんどは「仙台ハイランド・レースウェイ」と周辺の一般路で、先行生産のGT‐Rに乗った。全長4km強の仙台のサーキットは、GT‐R開発陣が「ミニ・ニュルブルクリンク」として常用した攻略のむずかしい、それゆえに走りがいのあるコースだった。僕はそこをじぶんの限界に挑んで走った。それでもクールな心理状態は維持できた。そして、ドイツで得たよりもさらにいい印象を得、同時に心底、運転して楽しいクルマだとおもった。GT‐Rは日本が生んだベストのドライバーズ・カーであり、ポルシェやフェラーリのどのモデルと相対しても、少しもヒケをとらない1台であることへの確信は、揺るぎのないものになった。

最高達成

こうしてGT‐Rを絶賛するのは、「走る、曲がる、止まる」というクルマの基本性能における、それがかんがえ得る最高の達成であるからだ。諸性能についての詳論は後段に譲るとして、僕が感銘を受けた最大のポイントは2つある。ひとつは、レクサスLSはおろかどんな高級サルーンも実現しえなかったまったく振動のないボディであり、それがどんな場所を走っていても、ほかのクルマで得たことのないスムーズな走行感覚を与えている。もうひとつは、抽象的ないいかたになるが、どんなに限界的な速度を発揮し、どんなに限界的なコーナリングに挑んでいても、ドライバーがエンジンや足回りといったクルマを構成する諸物件と密に対話しながらドライブできることだ。ドライバーは、ステアリングとシフト・パドル、そしてペダルを通して、つねにクルマに話しかけているわけだけれど、その話しかけにひとつひとつ、くっきりと応えてくる。開発責任エンジニアの水野和敏さん、開発責任ドライバーの鈴木利男さんが、ドライバーとの対話能力が比類なく高いクルマをつくろうとして、それをみごとに達成したのだ。

部分的に特記したいのは、エンジンもデュアル・クラッチのトランスミッションも、レベルがものすごく高いことだ。V6ツイン・ターボは、ターボであるにもかかわらず軽々と、しかももっともよく調教された高性能エンジンだけに見られる緻密な、雑味のないスムーズなメカニカル・ノイズを上げてまわっていく。そのためか、わかりやすいエキサイティングなサウンドの高まりはないが、上質感は比類ない。変速所要時間が0.2秒というデュアル・クラッチ式のトランスミッションにいたっては、夢のような変速マナーを示す。GT‐Rの変速のすばやさを味わうと、0.06秒をうたうフェラーリ430スクーデリアの所要時間は0.3秒以上にちがいないとおもえてくる。ショックは一切ないのに、変速音とトルク・アウトプットの変化が変速の事実を、手ごたえとともに知らせる。そこがVW/アウディ系DSGの無抵抗的スムーズさとは一線を画している。もうひとつ、サーキットを全力アタックしてもちっともへこたれなかった、たんなるスチール製のブレーキも賞讃に値する。

これほどまでにさり気なく異次元の高性能を発揮し、ドライバーのことをおもってつくられたクルマはない。GT‐Rの真価はそこにある。

文=鈴木正文(本誌) 写真=小林俊樹/日産自動車

(ENGINE2008年2月号)