中古車バイヤーズガイドとしても役にたつ『エンジン』蔵出し記事シリーズ。今回は2008年9月号に掲載されたアバルト500の記事を取り上げる。この前の年の秋に登場したプント・アバルトは9カ月で9000台を売るヒットを記録。欧州各国では専売ディーラー網も急速な勢いで拡張された。そして、ついに投入されたのが本命モデル。発売開始後わずか8時間で1500台を受注していきなりホームラン・デビューを飾った500アバルトにバロッコで乗ったど直球のリポートをお送りする。


グイグイと向きを変え続ける!

「お見事!」思わず心の中で叫んだ。惚れ惚れするようなシャシーのセットアップだ。アバルト開発チームは、グランデ・プント・アバルトに続き、500でも素晴らしい仕事をやってのけた。バロッコの特設コースを攻め立てるのが楽しくてしかたない。これでステアリングの情報伝達能力がもう少し上がってヴィヴィッドなものになれば、言うことはない。



9カ月前、同じくここバロッコ・プルービング・グラウンドで、新生アバルト第1弾となるグランデ・プント・アバルトを駆った記憶がまざまざと蘇ってきた。あのときもテスト・コースの所々をつないだショート・サーキットだったが、今回は奥のテクニカル・セクションを変えて、左右に切り返すよりタイトなコーナーの連続でつないである。全幅が小さくて背の高いクルマにとっては厳しいはずのまさにそこを、500アバルトは嬉々としてすり抜けていく。

軽微なアンダーステアを維持したまま、深く深く回り込む。もうそろそろ鼻が外へ逃げるか、と予期するところを超えて500アバルトは堪え、次のコーナーへと狙いを定める。

ヒタっとした接地感は失われず、かといってタイヤのショルダーを苛めるような感触も生まないまま、グイグイと向きを変え続けるのである。



体感ロール角は記憶のなかのグランデ・プント・アバルトよりむしろ小さい。身のこなしがソリッドだ。にもかかわらず、外輪が突っ張りながら堪えているような気配もない。ホイール・ベースが優に20cmほども短いのが有利に働いているだろうにしても、全高はほとんど変わらず、トレッドは5cm以上狭い500アバルトに、どうやったら、これほど安心感にみちたコーナリング・マナーをもたらすことができるのだろう。

重心がことさらに低い感じはないのに、ピタッと決まるコーナリング。期待値を明らかに上回る回頭性能。しかも、過敏なところは微塵もない。

シュアということでは文句をつけるところのないステアリングは、こうしてスポーツ・モードに切り換えて走れば操舵、保舵の重さもまさに適切。ステアリング・ホイールの回転慣性が勝ってふらついたりすることのない重さを確保しつつも、絶対的には決して重過ぎない。絶妙だ。これでコンタクトエリアの情報がもう少しダイレクトに伝わってくれば素晴らしいのに、と欲が出る。



とは思ったけれど、公道で毎日使うスポーツ・シューズのそれとしては、いいさじ加減なのかもしれないとも思う。今回はテストコース内だけの試乗なので、そこのところはなんとも判断が下せないが、このステアリングに大筋のところで文句がないことには変わりない。

自信をもってコーナーの連続に飛び込んでいけるのはしかし、この優れたステアリングのおかげばかりではない。やはり、シャシーが優れているのだ。軸間距離が2300mmしかないことの美点だけを前面に出し、それが抱えてもおかしくないネガをおくびにも出さない。ブレーキング時にも、中高速コーナーをリミットに挑戦するかのように攻めているときにも、リアのスタビリティは磐石で、不安を一切抱かせない。そこがなによりも凄い。この安定性の高さが背後にあるからこそ、ガンガンと攻めたてていけるのだ。


エンジンとギアボックスも満点

シャシー・セットアップの巧さに感心して喜んでいられるのは、その速さを引き出すことのできる心臓を具えているからでもある。500アバルトのパワートレインは、そういう意味では満点に値する。

1.4リッターFIREエンジンに1基のターボチャージャーで過給する心臓は、兄貴分たるグランデ・プント・アバルトのものと基本構成は同じ。ただし、車輌重量が100kgほど軽いのに合わせて、若干チューンを下げてある。そうしないと下克上がおきてしまうからだ。標準型プント・アバルトのそれが155psと23.4kgmを絞り出すのに対して、500アバルトの場合は135psと21.0kgmとなる。発生回転は5500rpmと3000rpmで、変わらない。

ベースとなった500の高い質感はそのままに、スポーティな雰囲気を醸し出すことに成功している。ステアリングホイールやシフトノブ、メーター・シェイドは専用の革張り仕上げになる。

しかし、だからといって500アバルトが不利なのかというと、そんなことは全然ない。馬力荷重比ではプントの124ps/tに対して500は121ps/t、トルク荷重比では18.7kgm/t対18.9kgm/tとほとんどイーブンなのだ。となれば、現実の路上ではボディ・サイズのより小さい500に分がある状況も少なくないはず、という推論が導き出される。全開に次ぐ全開が可能なバロッコにおいてさえ体感速度で遜色なかったのだから、幅員の狭いところも少なくない山道では、500アバルトがむしろリードする場面も多いのではないかとすら思う。

500アバルトの135psエンジンはじっさいのところ、ターボラグらしきものをほとんど感知することができないほどレスポンス、ピックアップ特性ともに優れている。

ダッシュボード上のスポーツ・ボタンを押せばプント・アバルトと同じようにエンジン制御プログラムがカッ飛び御用達のそれになって、スロットルの非線形特性が顕著になり、と同時に過給制御も変わってオーバーブースト・プログラムが介入、中速回転域のトルクは自然吸気エンジンに照らせば1.8リッター級から高性能2.0リッター級へと分厚くなる。

標準のシート表皮は黒の布だが、写真のように黒革に赤のスティッチや、赤と黒の2トーン革仕様もオプションで選べる。

500アバルトの車輌重量は1.1tをほんのわずかに超えるだけだから、速くないわけがない。0-100km/h加速は7.9秒でこなす。追い越し加速性能はターボ過給ならではの強さを見せるうえに、本当にパワー感のあるレヴレインジも3000rpm以上の幅であるから、ピーキーということも、もちろんない。最高速度にしたって205km/hと、兄貴分にわずか3km/h及ばないに過ぎない。ボディ・サイズを考えれば、望外の超高速車といっていい。

プントとちがって500には6段ではなく5段型のマニュアル・ギアボックスを使っているが、「どうしてですか?」とアバルトの現場のトップであるオッリーノ氏に尋ねると、「ひとつにはまずコスト、そして、もうひとつ重要な理由は、135psユニットの出力特性とのマッチングが5段型のほうが優れているからだよ。不満があったかい?」と返答はストレートだ。6段型を入れようと思えば物理的には入るらしいが、「500アバルトはより買いやすい価格設定を考えているので、これがベストの組み合わせなんだよ。例えばイタリアでは普通のフィアット500の1.4をフル装備で買うと1万6000ユーロにもなるが、500アバルトは素のままで買えば、そのわずか2500ユーロ高にすぎない1万8500ユーロほどで買えるはずだからね」とのことだ。

「エッセエッセ(SS)キットはこれにも用意されているんですよね」と話をつなぐと、オッリーノ氏はウィンクしてみせながら、「秋のパリ・サロンで発表するよ。160ps。スプリング、ダンパー、ブレーキ、ロードホイールにタイヤも換える。18インチの投入も検討している。ただし、価格を抑えたいので、プントのようにターボチャージャーまで換えることはしないけどね。十分以上に強力だよ。5段変速機もトルクが23.5kgm程度までならそのままいけるし、マッチングも問題ない」と、隠そうともしない。

聞いているだけで、胸が高鳴る。

文=齋藤浩之(ENGINE編集部) 写真=フィアット・グループ・オートモビルズ・ジャパン

■500アバルト
駆動方式 フロント横置きエンジン前輪駆動
全長×全幅×全高 3657×1627×1485mm
ホイールベース 2300mm
トレッド 前/後 1409/1402mm
車輌重量 1110kg(DIN)
エンジン形式 水冷直列4気筒DOHC 16バルブ+ターボ過給
総排気量 1368cc
最高出力 135ps/5500rpm
最大トルク 21.0kgm/3000rpm
変速機,5段MT(FIAT C510)
サスペンション形式 前 マクファーソン・ストラット/コイル、ダンパー
サスペンション形式 後 トーション・ビーム/コイル、ダンパー
ブレーキ 前/後 直径284mm通気冷却式ディスク/直径240mmディスク
タイヤ 前後 195/45R16(op.205/40R17)
日本市場予想価格 250万円前後から?


ラリーだけでなくサーキットにもカムバック。レース用にアセット・コルサが増産される!
500 ABARTH ASSETTO CORSE


先に行なわれたミッレ・ミリア2008でお披露目され、49台の限定モデルを即刻売り切った500アバルト・アセット・コルセ。200以上ものオーダーが殺到したという。もっと造れ! という声に押されたアバルトは急遽増産を決定。これでレースをしたいという声がとみに強かったことから、とりあえず200台を追加で製作し、レース用途に販売することを決めた。エンジンは200ps、変速機は6段MT。機械式LSDも入る。車輌重量は標準モデルより大幅に軽い930kg。価格は2万5000ユーロほどという。同乗体験したが、もう強烈の一言だった。

(ENGINE2008年9月号)