雑誌『エンジン』の大人気連載企画「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」。今回は、陶芸の町として全国的に知られる栃木県益子町。古道具屋のオーナー夫妻が改築した築45年の古民家の庭先には、1929年製のA型フォードを含む3台の古いクルマが停められていた。ご存知、デザインプロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。

築45年の古民家を改築

益子の町の中心部から少し離れた、自然豊かな森の中に建つ仁平透さん(45歳)一家の家。600坪の敷地は周囲も森で、隣家すら見えないロケーションだ。焼き物の町として広く知られている益子は、「民藝運動」の中心的な存在だった、陶芸家の濱田庄司が100年前に居を構え活動の拠点とした町である。この運動は、手仕事で作られた日常使いの道具に美を見出そうとするもの。こうした歴史の積み重ねもあり、益子の陶器市には数十万人が訪れる。

森の小路の奥に突如現れる仁平邸を、玄関のある北側から眺める。左手の建物は陶器 工房。

そんな町にある仁平邸は、築45年になる住宅だ。田舎に多い庄屋造りの古民家と異なり、どこか桂離宮に通じる美意識が感じられる。実はこの家、濱田庄司の三男の、陶芸家の篤哉(1986年没)が建てたものだ。篤哉は早くに亡くなり、長いこと住み手がなかった家に仁平さんが手を入れ、3年前にリノベーションが完成した。

もっとも仁平さんは、建築家ではなく古道具屋さん。経営する店舗など自ら改装を行ってきた。その独特なセンスから全国的な人気があり、益子にある2軒の店は、今や町の看板的存在で、東京の新丸ビルや青山にも店を構えている。扱っているのは家具や食器が中心で、高価な骨董とは対極にある、手頃な価格で普段使いができる道具。民藝に通ずるこの考えは、仁平さんの所有する3台のクルマからも感じられる。

古いクルマ3台の生活

クルマ好きで、ゴルフIやフォルクスワーゲン・ヴァリアントに乗ってきた仁平さん。「セダンが欲しい」と、数年前に入手したのが、現在手元にあるボルボ・アマゾン(1968年製)だ。そのアマゾンがやってきて程無く、友人が手放すこととなり引き取ったのが、W108型のメルセデス・ベンツSクラス(1969年)である。50年以上も前のクルマだが、「非常によくできた一台」で「普段の足」にしており、東京との往復もこのW108を使う。



自然豊かな環境に建つ古い家で暮らす仁平さんにとって、参考になったのが昭和の趣味人、故白洲次郎・正子夫婦のスタイルだ。彼らが暮らした武相荘の長屋門脇の車庫には、今も1916年製のアメリカ車、ペイジが停めてある。その姿に刺激を受け手に入れたのが、ネットで見つけた、T型フォードの次の世代にあたるA型フォード(1929年製)だ。このA型もしっかり走る。取材したのは冬の日だったが、エンジンは一発で始動し、ぐずることなく動いてくれた。このA型で東京への往復(片道100キロの距離)を試みた際も、クルマは全く問題無かったという。大変だったのは、燃費が悪いので途中で何度も給油したうえ、重い操作系と格闘し、体力的にきつかったこと。普段は、「時速80キロを自主規制の最高速度とし、週に一時間ほど、付近のドライブを楽しんでいる」。

夫婦で古いものが好き

ネットで見つけたのは、A型フォードだけではない。この家もそうだ。6年ほど前のこと、当時は今とは別の、築50年の家を改装して住んでいた仁平夫妻。奥様も古いものが大好きで、住み替える気持ちは全く無かったが、興味本位で見にいったところ気に入ってしまったのだ。



もっとも売りに出ていたのは、住居の隣に建つ陶芸用の工房。濱田篤哉がかつて住んだ家は、東日本大震災の影響で瓦は崩れ落ちて植物に覆われ、廃墟寸前の状態だった。過去に見学した人たちもこの家には興味を示さず、買い手がつかなければ取壊しになる予定だったという。そんな家だが、基礎はしっかりしているうえ使われている木材も良い。大幅に手を入れることを前提に購入を決めた。

そんな仁平さんの改装プランを実現させたのは、地元の大工や左官たち。陶芸家だけでも400人が暮らす益子には、個性的なクリエイターが多く、施工業者も彼らの要望に応えてきた。仁平さんのセンスに加え、そうした職人の仕事の見事なこと。数年前の惨状が全く想像できない、美しい家が完成した。

まずは柱を立て直して補強を加え、瓦を葺き直して天井を抜いた。家の中心となるリビング・ダイニング・キッチンは、天井が高く床が板張りの大空間。家の周りの景色が楽しめるよう、ガラス戸は再作成し、キッチンのある東側には、大きなガラス窓を配している。外光がふんだんに入り明るく、暖炉のお陰で冬も温かい家だ。



家具や建具は、仁平さんの店舗で販売されているものがメイン。古い家だが、「懐かしい田舎の日本家屋」にはない美学が感じられる。キッチンとダイニングを隔てるキャビネットは目隠しになる高さで、上部に煮炊きができるよう火鉢が据え付けられている。システムキッチンのような吊戸棚は設けず、すぐ横の一室をパントリーとして使用。キッチンから外に出たテラスには、竈が設けてある。火鉢も竈もある家だが、食卓は日本古来の座卓ではなく、椅子を利用。ダイニング・テーブルは、地元の大谷石を利用した脚に、大きな天板を載せている。全て古いものにこだわるのではなく、必要であれば近代的なものも取り入れるスタンスである。

豊かな自然の中で、古いクルマに乗り、古い家に大幅に手を入れて暮らしている仁平さん夫妻。現代の日本でも、こういう暮らし方が可能なのだ。森の中の古いものに囲まれた家には、温かで幸せな空気が満ちていた。

文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー) 写真=田村浩章

■建築家 仁平透:1978年、益子の隣町にあたる茨城県に生まれる。東京で中古レコード販売などを経験した後、地元に戻り古道具をリペアし直して販売する「仁平古家具店」、続いて「pejite」をオープンさせ、全国的な人気店に育てる。東京には「pejite青山」と、新丸ビル内にオリジナルの食器を中心とした「汲古」の2店舗がある。


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