ヤフー・オークションで7万円のシトロエン・エグザンティアを手に入れ、10カ月と200万円かけて修復したエンジン編集部員ウエダの自腹散財リポート。今回は極上のドライバーズ・シートを入手すべく訪れた滋賀の模様と、修復作業の現状をお届けする。

まるで新品のよう

僕が「シートがあります」というENGINE誌読者からの1枚の葉書を頼りに、琵琶湖からほど近い静かな住宅街に到着したのは、3月のある日の夜遅い時間だった。途中までは雪が舞っていたが、いつの間にか雲の隙間から月が出ていた。目指す住所の建物前にはカーポートがあり、ユーノス・ロードスターが駐まっている。僕らが来たことに気づいたのだろう。その横にある小さなガレージから、エグザンティアの運転席の持ち主、伊豆田 剛さんが顔を覗かせた。挨拶も早々に、まずはガレージへと招かれる。

エグザンティアの運転席を譲ってくれた伊豆田 剛さん。

中にはタイヤやホイールなどロードスター用の部品がたくさん置かれており、壁には工具類が整然と並んでいた。よく見ればタイヤはネオバだし、ホイールはレイズのボルクレーシングだ。伊豆田さん、どうやらロードスターでけっこう走り込んでいるようである。

お目当てのエグザンティアの運転席は、その工具の前に置いてあった。

「これ、身体が楽なシートですよね」と伊豆田さんは懐かしそうに眺めながら、しみじみという。写真から想像していた以上に綺麗で、保管状況が良かったのか、日焼けによる退色もなく、ほとんど見た目は新品のようである。

ただ、わずかに横のモールが波打ち、右側サイド・サポートの中のクッションが崩れはじめていた。とはいえありがたいことに、僕が欲しかったグレーの生地の状態はとてもよかった。擦れて薄くなったり、破れたりもしていない。最悪ここが駄目なら、もう肘掛け部分の生地を流用するしかないと思っていたが、これなら十分使えそうだ。



おまけに付いていたキャスター付きの脚は、ステンレス製の非常にごつくしっかりしたもの。これは伊豆田さんの知人のお手製らしい。オリジナルのシートの取り付け穴を利用し、ボルトとナットで固定されている。クオリティはまるで市販品のようだ。これだけでシート本体と同じくらいの重量があるという。

「だから重すぎて、使い勝手はよくないんですよ。事務仕事はこたつ机でやったりすることも多くて、あんまり使っていませんでした(笑)」と伊豆田さん。最終的に不要になるこのシートの背面と、リポート車に付いているアクティバの座面と、ステンレスの脚を組み合わせれば、エグザンティアのシートを流用したオフィス・チェアが一脚造れそうである。

伊豆田さんはシートを前にして、ロードスターと2台持ちだった頃の、エグザンティアの思い出をいろいろと話してくれた。「湧き水を汲みに行った時なんかは、とても広い荷室のおかげで、20リットルのタンクを10個載せても大丈夫だったんですよ。しかも姿勢がお尻下がりにならず車高を維持するし、山道でも乗り心地が上々でしたね」と懐かしそうに目を細める。

過去の愛車については細かく資料を残しており、エグザンティアに関するものも、きちんとファイルにとじてあった。こうした履歴がしっかりと分かって、しかもこれほど状態のいいシートは、もはやそう簡単には手に入れることはできないだろう。本当に葉書で連絡を取って頂いたことには感謝しかない。

こうして伊豆田さんのところから引き上げてきたシートとキャスター付きの立派な脚は、分解してみるとなんとかエグザンティアの荷室に収まった。そこで後日、主治医のカークラフトに入庫する時に、そのまま持っていくことにした。

さっそく分解してみると……

カークラフトの篠原 勇さんは伊豆田さんから引き上げてきた運転席が到着すると、さっそく座面と生地の分解に着手。やはり乗り降りの時に体重を掛けてしまいがちなサイド・サポートは、内部のウレタンが崩壊してしまっていた。



また、残念なことに保管していたリポート車のオリジナルの青い格子柄の生地は、アクティバの座面を再利用する歳に、座面と背面を繋ぐ隠れている裏地を流用すべく、わずかにカットされていた。そのため現状の部品だけで再構築するには、ほんの少しだけ生地が足らないという。



しかし、この青い格子柄の生地が見つからない。前回のリポートでもご報告した通り、いちばん希少な組み合わせということもあって、どうにもこうにも縁がない。おそらく縦20cm、横35cmぐらいあれば完璧に張り替えられるので、前席に限定しなくとも、解体車などの後席やドアの内張、ヘッドレストを分解して使用してもいいのだが……。

しょせんは座ってしまえば見えない、お尻の下のほんのわずかの部分だ。いっそ、違う生地ですべて張り替えてしまったほうが100倍くらい簡単で話が早い。でも、ここまで探し続けてきたのだから、もはや意地である。

カークラフトには申し訳ないのだが、シートの補修はこの時点で一時中断。分解した状態で保管をお願いすることにした。その代わりというわけではないのだけれど、キャスター付きの脚は今のところ僕には不要なので、そのままお譲りすることにした。いまは別のクルマのシートが組み合わされ、来客用として使われているみたいである。

シート生地の捜索は続行

結局この青い格子柄の生地は、伊豆田さんから運転席を譲り受けてからずっと捜索を続けていくことになる。

フランスの個人売買サイト、Leboncoin(レボンコイン)で見つけた同柄のヘッドレストは、見つけて購入しようとした瞬間に売却済みになってしまった。スペインで見つけた部品取り車のシートは、問い合わせても残念ながらいつまで待っても返答がなかった。リトアニアで見つけた同型同色のV-SXの解体車も、すでに内装だけ廃棄されてしまっていた。

FacebookのCitroen Xantia PLという、ポーランドにおけるエグザンティアのグループ内で、内外装やメカニズムがまったく同じ仕様のV-SX(ただし左ハンドルの極初期型の不動車)が売りに出たのでこれまた連絡を取ってみた。しかし最初はけんもほろろに「クルマまるごとでしか売らない」と断られてしまった。東欧ではエグザンティアなど、ちょっと旧いクルマの中古部品の流通はけっこう多いのだが、ほとんどは機関系の部品で、こういう内装部品は本当に数が少ないようだ……。

たぶん青い前期型エグザンティアのV-SXだけ、と限定したとしても、クルマそのものならまだ売り物が出てくる可能性はある。でも、シート生地を奪い、リポート車に移植してしまったら、そのクルマはほぼ部品取りの解体車となってしまう。僕はここまで運良く生きながらえてきたリポート車のご同輩に、そんな無体なことはできない。同年代の同色同グレードで、近々解体予定のクルマがあればいいのだが、そうそう簡単に見つかるはずもない……。

だが、僕のこの青いシート生地に対するもはや執念ともいえる思いは、後々実ることになる。手にした時は、思わず「やったぞぉ!!」と人目をはばからず叫んでしまった。滋賀に訪問してから、1年と3カ月後、2024年の初夏のことである。この発見と、入手のための超ドタバタな旅行記と、実際のシートの修復の模様については、また回を改めて報告したいと思う。

さて、次回は運転席に続く、もう1つのお買い物についてご報告する。またしてもインテリアの部品なのだが、こちらは中古ではなく海外から取り寄せた、再生産された新品だ。到着後、早速自分で交換しようとしたのだが……。実はそれが、これまでで最大級のトラブルへと続く、負の連鎖のはじまりとなったのである。

文=上田純一郎(ENGINE編集部) 写真=岡村智明/カークラフト/上田純一郎

■CITROEN XANTIA V-SX
シトロエン・エグザンティアV-SX
購入価格 7万円(板金を含む2023年5月時点までの支払い総額は236万6996円)
導入時期 2021年6月
走行距離 17万4088km(購入時15万8970km)

(ENGINE WEBオリジナル)