フェラーリF355ベルリネッタとポルシェ911カレラS。クルマ好きなら誰もが憧れる2台を所有するのは神奈川県に住む会社員の斉藤さん。しかも、どちらも所有するのはなんと3回目だというのだから、筋金入りのクーペ派だろう。そのクルマ遍歴を振り返りながら、斉藤さんにとってのクーペの魅力を語ってもらった。

スポーツカーのサウンド

約束の時間の少し前から聞こえ始めた2種類のエグゾースト・ノート。どちらも音量としてはさほど大きくはないが、一方はやや硬質で音の粒は小さく密度が高く、もう一方は丸みはあるがビートが大きくリズミカル。その音はコンクリートの壁に反射して増幅され、近づくにつれどちらも音に鋭さが混じっているのが明確になってくる。ああ、これはスポーツカーのサウンドだな、と思いながら駐車場の入り口を眺めていると、フェラーリF355ベルリネッタとポルシェ911カレラSという2台のクーペが滑り込んできた。ちょっと古い、しかし好きモノにはどストライクの王道スポーツカーである。そんなF355から人懐っこい笑顔を浮かべながら降り立ったのが、オーナーである斉藤貴志さん。2台とも彼の愛車というから、今回のテーマであるクーペ派代表のひとりとしてうってつけなのは間違いない。

フェラーリF355に魅せられた斉藤さんは15年ほど前にマニアでいうところの中期型(PRシャシー)を手に入れ、一旦手放したのちに再度同じ個体を買い戻した。そののちに現れたのが、内外装色も程度、装備も「すべてが自分の好み」だったという後期型(XRシャシー)の1997年式F355ベルリネッタである。

「小さい頃にスーパーカーに夢中になったクチですから、そのときから『いつかはフェラーリ、いつかはポルシェ』とずっと心に決めていました。だからいまのこの2台持ちというのは夢のようですね」

もっとも、ここにたどり着くまでは紆余曲折あったようだ。

「普通のサラリーマンですし、簡単に自分で手に入れられるとは思っていませんでした。ただ、憧れのままにはしておきたくなかった。免許を取って色んなクルマを乗り継ぎながら、フェラーリやポルシェの出物もずっとチェックしていて。そのなかで最初に出会ったのが911でした」

いまでこそ“水冷ナロー”と呼ばれてもてはやされるようになってきた996型911もかなりリーズナブルなプライスタグが掲げられていた時期があったことをご記憶の方も多いだろう。斉藤さん自身もタイミングよく、程度に優れた、それでいて自身の予算に合う996の前期型を見つけ、購入に至ったという。

ミドシップ・フェラーリの中でもなぜF355かと聞くと「348は信頼性の面で、360はスタイリングで好みから外れる」から。F355のオープンであるGTSやスパイダーも耐候性の面に不安があるために「やはりベルリネッタになりますね」。

「本当に気に入っていましたね。歴代の愛車のなかでも所有年数は一番長かったかもしれません」

そんな911との蜜月が続くなかでも、子供の頃から憧れ続けてきたフェラーリ・ベルリネッタへの想いは途切れることなく、まずは並行物のF355を手に入れることになる。

「いまもお世話になっている専門店で出会いました。355も価格が高騰する前だったので、なんとか手に入れることができました」

それに伴い911は手放すことになるが、F355との生活こそ斉藤さんにとっては本当の蜜月だったようだ。近所へのちょっとした買い物もF355ですべてこなした。それはちょっと大変だったのでは? と聞くと斉藤さんは苦笑いを浮かべる。

「日常生活で不便に感じることはなく、ガンガン使っていたんですね。けれど段差などでの下回りの傷は絶えませんし、友人たちにももったいないって言われて、ああ、やっぱりそうだなって。それからクルマ屋さんのツテでBMWやメルセデスのいい出物を譲ってもらったりして、2台体制を取ることにしました」



とにかくこのクーペとずっと一緒にいたいという想いが強かったのだろう。そこまで斉藤さんを引きつけたF355の魅力とはなんだろうか。

「幼い頃に憧れた365や512のBBと同じようなテイストが感じられるミドシップ・フェラーリって、F355までだと思うんです。車体の中央にエンジンがあって、それを包み込むようなシャープなデザインがあって、ボディ・サイドには水平のラインが一本ビシッと入っていて引き締まって見えますよね。この後の360にはない、フェラーリというスーパーカーらしいスタイリングがほんと、何より大好きなんです」



斉藤さんにとってはこのミドシップ・ベルリネッタの均整のとれた肢体こそ心を鷲掴みにされるフェラーリなのである。実は彼自身、一度このF355を手放したそうだが、また同じ個体を買い戻し、セカンドカーと組み合わせながらフェラーリ・ライフを継続。そして6年ほど前に現在の個体に巡り合ったそう。つまりいまのモデルは斉藤さんにとって事実上3台目のF355なのである。

「内装がタンで程度も抜群。スケドーニの純正の工具入れや車検証入れなども揃っていましたし、すべてが自分好みでした」

とことん吟味したF355だから、もう乗り換えはないはずだ。

機能美を宿すクーペ

そんな骨の髄まで愛するF355の陰に隠れるようだが、911にも相当に惚れ込んでいる。

「996の前期型を手放してからは、普段用としてBMW3シリーズ・コンパクトやメルセデスCクラス・ワゴンなどを乗り継いでいたんですが、いまのF355を手に入れたのと変わらない時期に996の後期型を手に入れました。それまでうっすらと思い描いていたもうひとつの夢、フェラーリとポルシェの2台持ちがその時に叶ったんですよね」

996前期型911、同後期型を経て、3年ほど前に手に入れたというのが、この2009年式997前期型ポルシェ911カレラS。

それが6年ほど前のこと。996後期型もまだ高値に至っておらず、頼れる相棒として活躍。そして近所のガソリンスタンドで売られていた997を見初める。現状なら格安で譲れるという条件で購入したそうだから、とにかく斉藤さんは出会いや買い時に恵まれている。家は3回建ててやっと理想のものができるというが、F355も911も2度乗り換えたからこそ、理想のものに出会え、その魅力を満喫できるのかもしれない。しかし、クーペ2台の生活というのは苦にならないのだろうか。

「生活に支障はまったくないですね。355はキルスイッチがあるのでバッテリーも無駄に上がらず故障もありません。何よりそのサウンドは堪りませんし、均整の取れたスタイリングは最初の所有からトータルで15年ほど経ったいまでもまったく飽きません。911は後席も使えますし、ほんと実用が苦にならない。ともに走りを見据えたリア・エンジンという大命題があってのカタチですけれど、それってまさに機能美。2台ともに最高のクーペだと思います」

そんな2台の根幹であり“素”の部分の魅力が堪らないという斉藤さん。そこをとことん味わい楽しむ根っからのクルマ好きの姿勢は、F355や911のように王道を往くピュアなスポーツ・クーペのようで清々しく、何より幸せに溢れていてこちらまで嬉しくなってくる。

文=桐畑恒治 写真=茂呂幸正



(ENGINE2024年6月号)