ポルシェを代表するハンドリング・マシン、718ボクスターと718ケイマンをモータージャーナリストの島下泰久が試乗。どちらも際立ったキャラクターの2台。さて、どちらを選ぶのか?


車名の違いには意味がある?

オープンとクーペの両方が揃うモデルは大抵、まずクーペがあり、それをベースとしてオープンが作られる。そんな中で数少ない例外がポルシェ718シリーズである。



ルーツは1995年にデビューしたポルシェ・ボクスター。まだ911が空冷のタイプ993だった時代に登場した、水冷エンジンをミドマウントするオープン・ロードスターだ。ハードウェアの基本部分を同じくする固定ルーフのクーペ、ケイマンが発売されたのはボクスターが2世代目へと移行した後のこと。そして、これらは初代ボクスターから数えて3世代目となる現行モデルの後期型で718シリーズとして統合されて今に至っている。

考えてみれば、単なる718シリーズのルーフのバリエーション違いではなく、それぞれに718ボクスター、718ケイマンと別の車名が与えられているのも特徴的だ。ケイマンの登場当初にはエンジン・スペックに敢えて差がつけられていたが、現在は両車共通である。それでも車名を分けていることには、きっと意図、意味があるはずだ。

今回の比較は、そんなことを念頭に置きながら始めることとした。試乗車はいずれも素のモデルをベースにする特別仕様車のスタイル・エディションで、水平対向4気筒2.0リッターターボを搭載する。718ケイマンは6段MT、718ボクスターは7段PDKとの組み合わせだ。


濃密な一体感

まずは718ケイマンに乗り込む。思わず身構えたのは、クラッチ・ペダルが結構重く、しかもアイドリング付近のトルクが極細だという以前の記憶が甦ってきたからだが、実際には心配したほどではなくスムーズに走り出すことができた。デビューからそれなりの年月が経ち、多少は改良されたということか。これならストップ・アンド・ゴーの繰り返しだって大丈夫だ。

外装もグレーとブラックの組み合わせで仕立てられた718ケイマンはスポーティな印象を受ける。

それでも本領発揮は、やはりある程度スピードが乗ってきてから。回転計の針が半分を過ぎる頃からは元気いっぱいで、ややザラついたビートを響かせながら弾けるようにトップエンドに向け駆け上がる。パワーバンドをキープするにはこまめな変速が必要だが、それもまた楽しい。

シフト・フィールはカチッとした節度があって、操作自体に歓びがある。走り出しでは重く感じたクラッチ・ペダルやステアリングの操舵力が、速度が高まるにつれて、すべてしっくり来るようになっているのは、いかにもポルシェ。ミドシップらしい自分を中心に旋回していくような感覚と相まって、クルマとの濃密な一体感を味わえる。

インテリアはオプションのカーボン・インテリア・パッケージにより、各部のパネルがスポーティなカーボン仕様になる。

718ケイマン・スタイル・エディションの試乗車は6段MTモデルで、フル・レザーのスポーツ・シートが装着されている。

それでいて快適性もまた高いのが718ケイマンである。大きな開口部のテール・ゲート付きでもボディの剛性感は十分に高く、20インチタイヤからの入力を難無く受け止める。試乗車はPASM(ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネージメント)付きだったから、その恩恵も大きいはず。長距離を行くのでも、あるいは同乗者が居る際にも、乗り心地に不満を抱くことは無いはずだ。


オープンで走るのが正装

続いては718ボクスターに乗り換える。ルービースター・ネオと呼ばれるボディ・カラーにホワイトのホイール、ストライプという出で立ちは眩しく、思わず気後れしそうになる。しかもオープンカーである。街行く人の視線がまずクルマに向き、次の瞬間には「どんな人が乗っているの?」と、ドライバーに向いてくるのが分かる。オープンで、しかも派手なスポーツカーとなると、乗るだけでも気合いが必要である。

視線を集めるポップなカラーリングの718ボクスターはやはり、屋根を開けた状態が似合う。

もっとも走り出してしまえば自然と運転に夢中になり、些細なことは気にならなくなる。アナログメーター、PDKのゴツいセレクター・レバーなど、今となってはやや古めかしい雰囲気も悪くない。

走りもタッチは古典的だ。乗り心地は、路面からの突き上げが大きめ。タイヤサイズは20インチで先程まで乗っていた718ケイマンと変わらないが、こちらはPASMが備わらず、しかもオープン・ボディということで、粗っぽいとまでは言わないが結構ガツガツ来る。PASMは、やはりあった方が良さそうだ。

718ボクスター・スタイル・エディションの試乗車は7段PDKモデル。

とはいえ普通の基準で見たら決してヤワなボディというわけではない。実際、操舵に対して正確に反応し、右足との連携で姿勢を自在に整えられるフットワークは、しっかりとした車体があってこそのものである。

更に言えば、オープンにして走ればネガは半減する。718ボクスターの正装は、やはりこちらなのだ。

エンジンは共通だが、こちらはPDK。発進に手間取ることはないが、初期の反応の鈍さにアクセレレーターを踏み込みすぎると、ブーストが立ち上がった途端に首が後ろに持っていかれることになる。回転上昇は鋭く、パワーの立ち上がりもピーキーなためギクシャクしがち。しかしながら、それをパドルシフト、左足ブレーキなどを駆使してスムーズに走らせるのは、なかなか面白い。

インテリアは基本的に718ケイマンと同様だが、試乗車はホワイトのレザーシートが組み合わされ、カジュアルな印象を受ける。

本当ならば、ピーク・パワーなど追いかけなくていいから、もっと小型のターボチャージャーを使って低回転域からトルク豊かな特性にした方がクルマには合っているはずだ。けれども、次の718シリーズはBEVになる。こうしてエンジン特性について話せるのも今のうちかと考えれば、それも許せてしまう。

今の気分なら718ケイマン

走りの違いから見てきたが、オープンとクーペは、とりわけこの718ボクスターと718ケイマンは、快適性や実用性の面でもそれぞれ異なる特徴を備えている。そこに触れずして、2台を語ることは不可能だ。

前述の通り718ケイマンはきわめて快適性が高いが、優れた実用性も間違いなくそのセールス・ポイントである。車体はキャビンの前後に荷室が備わり、フロントにはキャリー・オンのスーツケースが収納可能。個人的に気に入っているのがテール・ゲートの存在で、911の場合はクーペだとストイック感が出てくるところ、こちらはグンとカジュアルに見えるのだ。このいい意味での抜け感にソソられるのである。

テール・ゲートは機能的なメリットも大きい。何しろ間仕切りを外せばゴルフのキャディバッグを2セット並べて積み込めるのだ。長尺のドライバーは抜いてシート背後に置いた方が良さそうだが、それでも2人ぶんの荷物を積み込むスペースとして、まったく不足は無い。

コンパクトカー並みのサイズ、良い意味で目立ちすぎないデザイン、良好なドライバビリティなどが相まって、718ケイマンは何の苦もなく普段使いすることができる。日常域のドライバビリティやエンジン・フィールの質を考えると、GTS4.0辺りが相応しいとも思えるが、ともあれスーパーへの買い物だって気負わず行けるカジュアルな、しかし本物のポルシェである。もちろん、行くのは“高級”スーパーの方が似つかわしいが、こうした部分もまた718ケイマンの大きな魅力なのだ。

無論、718ボクスターも普段使いに困ることは皆無である。但し、クーペの718ケイマンと較べると、特にオープンで走らせている時には、先に記したように周囲の視線も相まって、いい意味で平常心では居られなくなってくる。同じ基本骨格、同じエンジンで、これほどまでに気分が違ってくるものかと、改めて唸らされてしまった。



そう考えると、こちらは2.0リッターターボの活発なキャラクターが、まさにお似合いだ。PDKならば普段はリラックスして楽しめる一方、時にはパドル操作で思い切り回してやれば、思い切りテンションを上げていける。日常の何気ない瞬間、普段の道なのに、ルーフを開けるだけで、あるいはアクセレレーターを踏み込むだけで、ハレの日に変えることができるのが718ボクスターなのだ。

どちらも間違いなく魅力的な、この2台。個人的には、今の気分で選ぶならば718ケイマンだろうか。こういうクルマをサラッと使いこなす。そんなカーライフが送れたらカッコ良い。一方、ライフよりもカー成分を重視して選ぶなら718ボクスターだろう。もちろん、それはそれで違った幸せが待っていることは間違いない。いずれにしても言えるのは、冒頭に記した通り718ボクスターと718ケイマンの2台は単に同じクルマのオープンとクーペではなく、それぞれ別のキャラクターが際立った存在だということである。可能なら、両方いっぺんにガレージに収めたいぐらいなのだ。

文=島下泰久 写真=神村 聖
  
(ENGINE2024年6月号)