最新作「怪物」で、第76回カンヌ国際映画祭 脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した是枝裕和監督。3月31日、クリエイティブ・ラボ・フクオカ主催の「是枝監督による映画づくりのための特別講座」とTOHOシネマズららぽーと福岡(福岡市博多区)で行われた「怪物」上映会(一般社団法人クリエイティブ共生都市主催)のために来福した是枝監督にインタビュー。自身の映画づくりや、この時代に映画づくりを学ぶということ、そして映画「奇跡」での福岡ロケの思い出まで、幅広く話を聞きました。

「監督にオリジナリティーはいらないと思う。ただし、伝えるためのスキルは必要」

「作家性やオリジナリティーを語る前にプロとして身に付けるべき技術がある」

 テレビマンユニオンでテレビのドキュメンタリー番組を制作しながら、1995年「幻の光」で映画監督デビュー。以降、社会のひずみを色濃く映し出す出来事やテーマを、否定でも肯定でもない独自の目線で描いてきた是枝監督。その作風は “作家性が高い”と評されることも多いですが、“作家性”や“オリジナリティー”について、自身はどんな考えを持っているのでしょうか。

 「自分にオリジナリティーがあると思ってないですし、作家性もあまり意識したことがありません。そんなことを意識しなくても、持っている人は持っていますし、スキルを上げていけば、そんなものはなくても監督はできますよ。例えば、カメラをどこに置くかみたいなことは、技術として身に着けていくべきこと。学んだうえで、それを捨てるかどうするかを考えればいいだけです。すごくいい声を持っていても、歌い方を学ばなければ歌えないし、トレーニングを続けないと、声が出なくなって歌い続けられないでしょ。それと同じことです」

 「それに、『私の作家性』と言い始めると、『だから伝わらなくてもいい』という閉じる方向に向かいがちなんです。今は、映画づくりの技術を学べる場が少ないから、自分で学ぶしかないと思いますけど、自分が教えるときは『そんなものは捨てろ』と言っています。プロの映画・映像クリエイターとして仕事をしていくのなら、作家性やオリジナリティーうんぬんの前にやることがあると」

メディアが多様化するなかで、映画づくりを学ぶには

「映画をつくるなら、見るべき作品は山ほどあります」

 「最近はカメラの性能が上がって、技術を学ばなくても、なんとなく綺麗な映像が撮れちゃうじゃないですか。だから、映画づくりを基礎から学ぶ人も少なくなっているとは思います。配信プラットホームが主流になり、最新の映像もあふれ返っているから、映画監督を目指す学生たちでさえ、一人の監督の作品をデビュー作まで遡って全作見るようなことはしなくなっていますね。だけど、映画をつくるうえで、見ておいたほうがいい作品は山ほどあります。古典には映画の原初の形があるので、学生たちには古典を見るように勧めています」

映画「奇跡」で福岡ロケ。福岡の印象は?

「奇跡」(2011年製作/127分/日本)  (C)2011「奇跡」製作委員会

 九州新幹線の開通をモチーフに、福岡をはじめ熊本、鹿児島でロケが行われた映画「奇跡」。その時の思い出と福岡のイメージについても尋ねました。

 「出演者のオーディションで何度も福岡に来て、ロケハンなども行いました。実際の撮影は1週間程度だったかな。雰囲気が気に入って撮影をさせてもらったのが、雑餉隈の銀天町商店街です。他に、博多駅や百道浜小学校でもロケさせてもらいました。でも、福岡で一番印象に残っているのは、なんといっても橋本環奈(笑)です。オーディションで会ったのは、彼女がまだ小学6年生のときでしたが、当時からバイタリティーがあって、すごい存在感でした。今みたいになるとは思いませんでしたけどね」

「福岡で印象に残っているのは『奇跡』のオーディションで出会った橋本環奈(笑)」

 「『奇跡』では、キャンペーンで熊本や鹿児島にも行きましたが、九州は何を食べてもおいしかったな。その土地でしか食べられないものを食べられるのが、地方キャンペーンに行く醍醐味です。もちろん、福岡も“ご飯がおいしい”というイメージです。よく覚えているのは、透明なイカの店に連れて行ってもらったこと。他には、水炊きを食べに行ったり、行きつけの寿司屋に行ったり、岡田准一くんに教えてもらったラーメン屋にもはまって、福岡に来るたびに行っていました。最近は、地方キャンペーンが減り、福岡に来ることも少なくなりましたが、いつも来る機会を狙っています(笑)」

 食べることにも、かなりのこだわりをお持ちの是枝監督。今後も忙しいなかで機会を見つけて、福岡のおいしいものをたくさん食べに来ていただきたいものです。

是枝裕和(これえだひろかず) 映画監督
1962年6月6日、東京生まれ。 1987年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加し主にドキュメンタリー番組を演出する。1995年「幻の光」で映画監督デビュー。「誰も知らない」 (2004)、「歩いても 歩いても」 (2008)、「そして父になる」(2013)、「海街diary」 (2015)、「三度目の殺人」 (2017)などで国内外の主要な映画賞を受賞。2018年「万引き家族」が第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。最新作「怪物」 (2023)は第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞、クィア ・パルム賞を受賞。

ライター:大迫章代

クリエイティブ・ラボ・フクオカのレポートページ
https://fanfunfukuoka.nishinippon.co.jp/195006-2/