近年、ネット証券は激しい競争圧力にさらされています。これまで手数料の低廉化やポイント還元など、顧客を誘引するさまざまな施策が実施されてきました。
競争を主導しているのは業界大手の「SBI証券」です。2019年12月4日に投資信託の販売手数料を撤廃し、その後も株式手数料などさまざまなコストを引き下げてきました。
今日はネット証券の競争が激しくなったきっかけについて押さえましょう。
ネット証券の手数料引き下げ合戦が過熱
手数料競争の口火を切ったのは松井証券です。2019年12月2日、同社は全投資信託の販売手数料の無料化を発表しました。以前から販売手数料が無料の銘柄はありましたが、全ての銘柄で撤廃したのは松井証券が初めてです。
他社もすぐに反応しました。松井証券が発表した翌日、楽天証券が投資信託の販売手数料を無料化します。その翌日にはSBI証券とマネックス証券が、さらに同月10日にはauカブコム証券が続きました。これにより、主要なネット証券5社はいずれも投資信託の販売手数料を撤廃したことになります。
【投信販売手数料の撤廃発表日】
・松井証券:2019年12月2日
・楽天証券:2019年12月3日
・SBI証券:2019年12月4日
・マネックス証券:2019年12月4日
・auカブコム証券:2019年12月10日
出所:各社のリリースより
ネット証券の手数料競争は投資信託だけにとどまりません。SBI証券は1日の取引金額で手数料が決まる「アクティブプラン」の引き下げにも着手しました。もともと1日10万円までの取引が手数料無料だったところ、投信の販売手数料を撤廃した5日後に50万円まで拡大し、翌年9月には100万円まで対象を広げます。
他社も定額系手数料を引き下げたため、多くのネット証券で1日50万円または100万円までの取引は無料で取引できるようになりました。
【ネット証券の定額系手数料ランキング(税込)】
出所:各社のウェブサイトより
SBI証券は、手数料の完全撤廃を目指す「ネオ証券化」を2021年4月に表明しており、先月の決算説明会では来年度上半期(2023年4〜9月)に国内株式手数料を無料化する方針を示しました。
手数料の完全撤廃となると、追随できる企業も限られるでしょう。手数料競争はSBI証券の勝利で終結となるのでしょうか。他社の反応が気になります。
ネット証券はどうやって稼いでいる?
株式手数料まで無料となると、経営が少し心配になるかもしれません。ネット証券はどうやって収益を得ているのでしょうか。SBI証券が公開する決算短信を見ると、2022年3月期は以下のように収益を得ていました。
【SBI証券の業績の概要(2022年3月期)】
・受入手数料:764.51億円
・トレーディング損益:466.7億円
・金融収支:370.49億円
出所:SBI証券 2022年3月期決算短信
最も大きな割合を占めた「受入手数料」は、株式手数料や投資信託の代行手数料などで構成されています。ネット証券の手数料無料化は、主にこの収益を悪化させるでしょう。
従って、今後は残る「トレーディング損益」や「金融収支」がネット証券の主な収益源になると考えられます。前者はFXや外国債券の販売で得られるスプレッドなどから、後者は信用取引に伴う金利収入などから構成されます。
ただしFXも競合他社が多く、スプレッドには株式手数料同様に引き下げ圧力が働いてきました。その点を踏まえると、これからは金融収支がネット証券のメイン収益となるかもしれません。
【SBIホールディングスの業績】

出所:SBIホールディングス 決算短信より
【SBIホールディングスの株価】
投資信託の「見えないコスト」とは
紹介した通り、投資信託の販売手数料はネット証券を中心に撤廃されてきました。現在は保有中の手数料「信託報酬」にも引き下げ圧力が働いています。
信託報酬とはどのような手数料なのでしょうか。一般的な投資信託は委託会社(運用会社)、受託会社(信託銀行など)、販売会社(銀行や証券会社)で構成されており、信託報酬は運用の対価としてその3社に支払うものです。
信託報酬は投資信託の資産から日々支払われています。投資信託の基準価額は資産を口数で割って算出するため、信託報酬は基準価額の下落要因です。従って投資家から見ると、信託報酬は基本的に低い方が有利といえます。
信託報酬は「目論見書(もくろみしょ)」でチェック可能です。ただし、投資信託の運用に伴って発生する「売買委託手数料」などは、目論見書に明確な料率が記載されません。売買委託手数料は、事前にどれくらい発生するか分からないためです。過去の運用成績を開示する「運用報告書」を見ると、売買委託手数料も含め確認できます。
売買委託手数料は、信託報酬と同じく投資信託の資産から支払われるため、基準価額を下落させます。投資信託を選ぶ際は、信託報酬だけでなく、「見えないコスト」にも注意してください。
執筆/若山卓也(わかやまFPサービス)
証券会社で個人向け営業を経験し、その後ファイナンシャルプランナーとして独立。金融商品仲介業(IFA)および保険募集人に登録し、金融商品の販売も行う。2017年から金融系ライターとして活動。AFP、証券外務員一種、プライベートバンキング・コーディネーター。