止まらぬ金価格の上昇…その背景にあるもの

金価格の上昇が止まりません。

田中貴金属が公表している1グラムあたりの小売価格は、2023年8月29日にはじめて1万円の大台に乗せました。その後も金価格の上昇には歯止めが掛からず、4月16日には1万3000円台に乗せたのです。わずか8カ月間で30%の値上がりです。

さすがに、ここまで値上がりするといい加減、高値圏なのではないか、と思えるのですが、金価格にはまだ上昇余地があるのかも知れません。というのも、金が買われる材料がそろっているからです。

まずインフレです。米国の消費者物価指数のうち、食品・エネルギーを除くコアの前年同月比を追うと、ウクライナ紛争やコロナ明け後の経済再開に伴う需要増大の影響を受け、2022年9月には6.6%まで上昇しました。

その後、徐々にインフレ率は後退し始め、マーケットでは米国が利上げから利下げに転じるのではないかという期待感も浮上しました。

しかし、案外とこのインフレは粘着質のようで、2024年3月時点でもまだ3.8%のインフレ率が持続しています。確かに上昇率という点では、一時の6.6%から見れば下がっていますが、米国政府が容認しているインフレ目標値は、前年同月比で2.0%です。そこから考えると、3.8%でも十分に高いインフレ率といえるでしょう。この状態が続けば、米国の利下げ期待は遠のくことになります。

そしてこのインフレが、金買いの一要因であるとも言えます。

インフレが進むことによって一番懸念されるのは、通貨価値が目減りすることです。たとえば1個1000円のモノを買うのに、1万円を払ったら10個買えます。ところが、物価が上昇して1個の値段が2000円になってしまったら、1万円を払って買える数は5個に減ってしまいます。同じ1万円なのに、その購買力が落ちてしまったことになります。まさに通貨価値の目減りです。

このように、紙幣などの通貨は物価の上昇に伴い、その価値が目減りする恐れを持っているわけですが、金はそもそも“物質”なので、他のモノと同様、物価全体に上昇圧力がかかると、それに伴って金価格にも上昇圧力がかかってきます。つまり金は、インフレ圧力の上昇に伴って値上がりする可能性も高まってくるため、資産の一部を金に変えておくことにより、ポートフォリオのインフレリスクを軽減できるのです。

ここから先は言うまでもないと思いますが、昨今のように、米国をはじめとして世界各国でインフレ懸念が強まると、金に対する需要が高まり、金価格が上昇しやすくなるのです。

中国政府の金“爆買い”も価格に多大な影響を及ぼしている

インフレという、金が買われやすい環境になるのと同時に、もうひとつ金価格の上昇に拍車をかけている大きな要因があります。

それは、中国による金買いです。

現在、中国は政府による金の保有額を、ものすごい勢いで増やし始めています。具体的には中国人民銀行による金買いで、これが世界の中央銀行のなかでも、飛びぬけているのです。2024年3月末時点で、中国人民銀行が保有している金の総量は17カ月連続で前月を超え、約2262トンになりました。中国人民銀行は、この17カ月間で金の保有量を16%も増やしたことになります。

ワールド・ゴールド・カウンシルの調査によると、2023年中に各国の中央銀行が買い付けた金の純購入量は1037トンでしたが、中国はその約2割を占めていて、データで確認できる1977年以降で最大の純購入になったということです。

BRICS諸国を中心とする新通貨構想の存在も見逃せない

なぜ、中国はここまで急に金を買おうとしているのでしょうか。最近、ニュースで報じられる機会が増えてきたように、BRICS諸国が中心となった新通貨構想があるからです。

これは2023年8月に、南アフリカのヨハネスブルグで開催された、BRICSのガバナンスや文化交流のセミナーにおいて、ブラジル出身のエコノミストで国際通貨基金の理事も務めたパウロ・ノゲイラ・バチスタ・ジュニア氏が、国際取引用のデジタル通貨として、新通貨を発行する必要性を説いたことに端を発しています。

なぜ新通貨が必要なのかというと、さまざまな国際決済取引において、現時点では圧倒的に米ドルが決済通貨として用いられており、こうした米ドルの特権的地位を容認し続けていると、米ドルの信認が崩れた時、世界中で経済や金融の大混乱が生じることを懸念してのこと、と考えられています。

しかし、だからといってそう簡単に新通貨を発行できるわけではありません。通貨を発行するだけなら誰でもできますが、大事なことは、それを世界中のさまざまな貿易取引の決済に用いられるようにすることです。

そのためには、誰もがその新通貨を保有したいと思わせるだけの信頼感を持たせる必要がありますが、単なる紙切れにそれだけの信頼感を持たせるとなると、なかなか一筋縄ではいきません。信頼されるに足るだけの担保が必要になります。その担保を金に求めている、という話があります。中国がこの17カ月間で金の保有量を16%も増やしたと前述しましたが、それは中国に限った話ではなく、他の国でも同じです。

たとえばインドの金保有量は、2022年2月から2024年2月までの2年間で、758トンから817トンに7.78%増ですし、ロシアは2298.53トンから2329.63トンまで1.35%増、となっています。ブラジルだけが129.65トンで横ばいですが、それ以外のBRICS国は、国ごとのペースの違いはあるものの、着実に金の保有量を増やしているのです。

なぜ中国の「金買い」は突出しているのか

ただ、ロシアやインドに比べて中国の金買いが突出しているのは、どうやら他の理由もありそうです。

それは、米中対立激化のなかで、米ドル建て外貨準備を封鎖された時に備えて金を確保しているという見方です。

ロシアがウクライナに進出した時、米国をはじめとする西側諸国は、ロシア中央銀行が西側各国に保有している約3000億ドルの資産を凍結しました。もし、台湾海峡を巡り、米国と中国が対立した時、同じような経済制裁を発動して来ないとは限りません。もし、そのような現実に直面した時でも、外貨準備の一部を金に切り替えておけば、外貨準備のすべてが凍結されることにはなりません。

現状、中国人民銀行は、外貨準備の多くを米国国債で保有しています。その保有残高は、2020年3月末時点で1兆816億ドルでしたが、2023年10月末には7696億ドルまで減少しました。

このように、さまざまな臆測の中で中国の金買いが進められており、それが昨今の金価格高騰につながっていると考えられるのです。