2021年5月、米国の研究機関「国家アジア研究所(National Bureau of Asian Research)」は尖閣諸島を題材に、グレーゾーン事態における日米同盟の協力調整要領に関する各種課題を提示、解決策を提言した。(Murky Water in the East China Sea : Chinese gray-zone operations and U.S.-Japan Alliance Coordination) 日米の退役軍人を含めた専門家によるエッセイを元米海軍作戦部長グリナ—ト退役海軍大将が編集したものである。公表された文書は4つの標題について、それぞれの専門家が執筆する形となっている。その概要は次のとおりである。



第一のテーマは、徳地秀士・元防衛審議官の「グレーゾーン戦争の定義」に関するエッセイである。徳地氏は「武力攻撃」に関する日米の認識の違いを強調している。日本は武力攻撃を「組織的かつ計画的武力の行使」と限定的にとらえている。尖閣諸島における中国の活動に対し、これを「武力攻撃」と認定しない場合、警察権での対処となり、日米安保第5条は発動できない。日本政府から米国に対し協力の要請がなされた場合、米国はこれを集団的自衛権の発動に該当する事態とし、軍が活動の主体となる。この場合、自衛隊と米軍が同一の「武器使用基準(Rules Of Engagement : ROE)」で行動することはできない。それぞれの制度の枠内で行動せざるを得ない以上、シナリオの細部にわたるまで細かな協力要領を設定しなければならない。そして、「グレーゾーン戦争は武力攻撃にいたらない範囲であらゆる方法使用した主権を犯す行為であり、政府全体として、同盟の力全体を使用しての対応が必要だ」と結論づけている。



第二のテーマは「東シナ海における中国のグレーゾーン能力」についてRAND研究所のグネス研究員の分析を掲載している。グネス氏は、東シナ海における中国のグレーゾーン戦争の目的を4つ挙げている。第一にプレゼンス常態化による施政権の既成事実化、次に排他的経済水域における漁業や海底資源採掘の権利を主張、そして国際秩序を形作るルールや仕組みを自らに都合の良いものに変更すること、最後に日本の尖閣周辺における海空対応能力の確認である。その手段を、「通常:Conventional」と「非通常:Nonconventional」に区分している。通常は、海警や海上民兵であり、非通常は、AI、サイバー、ビックデータ解析等を使用した世論戦、法律戦そして心理戦という、いわゆる三戦である。情報収集、海洋の警戒監視、心理戦、誤情報の配布といった事項を非通常の具体例として示している。そして、中国がどのような手段をどの程度講ずるのかは、どのようにリスクを評価しているかにかかっているとし、中国は非通常の能力向上を図りつつあるが、当面海警の活動や既存の情報収集手段が中心であろうと見積もっている。



第三のテーマは「尖閣諸島周辺におけるグレーゾーン作戦に対抗する日米協力の在り方」である。元自衛隊統合幕僚長・齋藤隆氏を含む防衛省のOBによる共同エッセイである。日本有事に対する日米協力についての検討は深化したが、グレーゾーン事態における共同対処の枠組は不十分であるというのが基本認識となっている。確かに、2015年に制定された「新たな日米防衛協力のための指針」における、日米の共同作戦構想にグレーゾーン事態への作戦構想は含まれていない。

中国の尖閣諸島を巡るグレーゾーン作戦として、エッセイの執筆者たちは、サイバー能力を使用した銀行や発電施設といった重要インフラの破壊、電子戦能力を使用した通信衛星や陸上通信ネットワークの妨害、そして海底ケーブルを破壊することによる通信手段の破壊の3つをあげている。そして、このような作戦に対応するためには、新たな日米のフレームワークが必要であると主張している。本グループは、中国のグレーゾーン作戦に対し、尖閣周辺における情勢を生中継することによる共通認識の醸成、図演をつうじた日米法的枠組への相互理解の増進、中国がソーシャル・ネットワークを利用して行っていることの解析、そして国際的枠組みをつうじた尖閣諸島情勢に関する理解促進をあげている。



第四のテーマは、ダニエル・イノウエ アジア太平洋研究所のヘミング、ターボルト研究員共著による「東シナ海におけるグレーゾーン作戦に対する米国の指揮及び統制」の問題である。日米のグレーゾーンに対する認識の違いから、グレーゾーンから本格的紛争までの移行時間が極めて短くなる傾向があること、そしてグレーゾーン事態に効果的に対応するためには、それぞれ指揮権を持つ合同軍方式ではなく、統一指揮を持つ司令部及び軍の創設が必要と主張している。注目すべきは、米軍の指揮系統上、在日米軍司令官(横田)は日米同盟の管理指揮権しか保有していない点である。作戦指揮はインド太平洋軍司令官が保有している。在日米軍司令官は、尖閣諸島における作戦に関し、米海軍第7艦隊や海兵隊第3派遣軍に対する作戦指揮権は無い。インド太平洋という極めて広範な地域の作戦指揮をとるインド太平洋軍司令部(ハワイ)では、尖閣諸島という一地域に意識を集中することは困難である。執筆者らは、尖閣諸島のグレーゾーン事態対処専門の常設司令部を作るとともに、在日米軍司令官に司令部及び陸海空軍部隊への指揮権を付与することを提言している。



サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄

防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。



写真:ロイター/アフロ





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