町田FW平河悠と鳥栖MF河原創は今が「見ごろ」

 今年のJ1リーグもすでに3分の1を消化した。その間に複数回取材を重ねた選手の中で、特に今、ちょうど「見ごろ」だと思われる選手2人を紹介する。1人は23歳のブレイク直前の選手、もう1人は26歳でプレーの深みが出てきた選手だ。

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■平河悠(FC町田ゼルビア/FW/23歳)

 真骨頂は5月15日に行われたJ1リーグ第14節セレッソ大阪戦の前半28分だった。ペナルティーエリア内で味方がクリアしたボールは、五分五分よりも相手寄りにこぼれる。ここで加速スイッチが入った。スピードに驚く相手選手が身体で防ごうとするも触らせずにボールを奪うと、まだセンターサークルより手前からドリブルで突き進む。

 そのまま相手選手にチャレンジさせず相手ゴール前まで運ぶと細かいステップからフィニッシュへ。一度はGKの手を弾いたものの、ゴールに向かって転がるボールをGKが押さえてゴールにはならなかった。だが、ホームスタジアムは平河悠が走り出したところから盛り上がり始め、得点にはならずともそのプレーには大きな歓声が贈られていた。

 平河はC大阪戦でいつもどおりの韋駄天ぶりを見せた。立ち止まったところから一瞬のスピードの変化で抜いていくプレーは伊東純也を彷彿とさせる。

 今シーズン、初めてJ1でプレーしながら開幕直後の2月・3月度の月間MVPに選ばれた。ただし、ここまでの経歴が常に注目されていたかと言うとそうではない。

 山梨学院大学時代は関東大学リーグではなく東京都1部リーグでプレー。しかも新型コロナウイルスで2020年は総理大臣杯が開催されないなどの影響も受けた。それでも3年生として出場した21年の総理大臣杯ではベスト4の高成績を残す。そこまでの左サイドのドリブル突破が認められ、町田への加入が決まった。

 早速2021年から特別指定選手としてJ2でプレーしたが、出場は最終戦アルビレックス新潟戦の1試合4分のみ。2022年は16試合591分間プレーし、第4節のホーム・ファジアーノ岡山戦では先制ゴールをマークすると、第6節のアウェー・ベガルタ仙台戦では後半29分に途中出場して後半39分にチームの3点目を決めている。

平河は「今ちょうど殻を破るさまを見ることができる」タイミング

 町田で本格的にプレーすることになった2023年は開幕戦からキレのあるドリブルを披露し、右でも左でも自在に突破できるところを見せると同時に、守備でも決して手を抜かない献身性も示して見せた。

 そんな経歴の平河なので年代別代表チームとは縁が遠かった。選抜チームに入ったのは佐賀東高校時代に国体チームに入った程度。初めてU-22日本代表に選ばれたのが2023年6月のヨーロッパ遠征だった。

 初戦のU-22イングランド代表戦では先発して61分間プレー。第2戦のオランダ戦では後半28分からプレーした。その後は9月のU-23アジアカップ予選のパレスチナ戦に出場したものの、メキシコ戦、アメリカ戦、アルゼンチン戦は招集外となる。

 チャンスを掴んだのは2024年に入ってからだった。3月22日のU-23マリ戦でチャンスを掴んだ。前半2分、ゴール前にこぼれてきたボールを左足のワンタッチで相手選手を外すと電光石火の先制点。試合には敗れたものの、その後もスピードではマリの選手に劣らないことを証明した。この試合がその後につながっていったのは間違いない。

 性格は朴訥そのもの。佐賀県出身という純粋さを残して、ほとんど感情の起伏を見せることはないし、決して大口を叩かず、活躍したあとも浮かれることもない。2023年のリーグ戦後に録音した音声と今の音声を聞き比べても、なんらトーンに変わりがないほど気持ちが安定している。質問に対しても短く答えるだけで、たぶん記者泣かせだろう。

 それでも短い答えには力がこもっている。厳しくなってきたマークに関しても「あんまり肌感覚的には感じていません」と言いつつ、「前線の選手で数字が付くのと付かないのでは評価が変わってくる世界なので、上位のチームのウインガーに数字が付かないと出ている資格がない」と自己評価が厳しい。

 U-23アジアカップで優勝したあとも、「すべてはまだ過程ですから」と気を引き締めるでもなく言った。過程の先にあるのは五輪かヨーロッパかあるいはさらに上のステージか。スター候補は、今ちょうど殻を破るさまを見ることができるタイミングだ。

河原は鳥栖の攻守のキーマン

■河原創(サガン鳥栖/MF/26歳)

 試合後、河原創(サガン鳥栖)に話を聞きに行くと、いつもちょっと困ったような顔をしながら慎重に答えてくる。こちらの質問の裏にはどんな意図があるのか、じっくりと考えつつ、だが返答が遅くならないよう気を遣って、さらに誤魔化すのではなく丁寧に言葉を選んで返事をする。

 それほど周囲の動きに気を配ることができる河原ならではのプレーだったのが第14節川崎フロンターレ戦の前半44分のプレー。センターサークル内でマルセロ・ヒアンからリターンパスを受けた河原は右サイドを駆け上がる富樫敬真に視線を送る。川崎のマークはズレており、ここで富樫に出せば深いサイドまでボールを運べそうだった。

 この時点で鳥栖は2-1とリードしていた。前半残り時間の少なさを考えると、サイドに展開することで逆襲速攻に対するリスクヘッジを行い、リードを保ったまま前半を終了することができそうだった。

 その時、河原は身体を右サイドに向けたまま中央をちらりと見る。そして腰をひねりながらボールをすくい上げるキックでマルセロ・ヒアンへロビングのスルーパスを送った。胸でボールをコントロールすることが上手いマルセロ・ヒアンはその特長を生かして抜け出すとGKと1対1に。この局面をしっかり決めて鳥栖はリードを2点へと広げた。

 その後、前半終了間際に家長昭博がゴールを決めて川崎が1点差に迫る。このマルセロ・ヒアンのゴールがなければ同点に追い付かれ、後半の展開は変わっていたかもしれない。だがリードを保った鳥栖は後半、動きが鈍い川崎を攻め立て終わってみれば5-2と連勝を飾ることになった。鳥栖が川崎に5点を奪ったのは2013年第3節、ホームでの5-4の勝利以来。そして5得点はホーム最多得点タイだった。

 河原は2020年、当時J3に所属していた地元のロアッソ熊本に加入。2021年にはJ2昇格に貢献し、2022年はJ2でもその能力の高さを存分に発揮した。2023年鳥栖に加入すると、たちまちチームになくてはならない存在になった。

 プロに入ったあと、サイドバック、アンカーと守備の能力が評価されてきた選手だったが、熊本時代の大木武監督の影響が色濃く見られるパスの展開能力を忘れてはいけない。河原の視野は広く、長いスルーパスを出すことができる。

 ここまで下位に低迷する鳥栖にあって、攻守ともに鍵を握る河原の負担は大きい。そんな中でも先制点を奪いながら逆転負けした湘南ベルマーレ戦のあとも、本人は「そうは思っていません。チームでまとまっていけば結果が出せると思っています」と前向きだった。

 第14節の川崎戦で鳥栖は2022年の川井健太監督就任以来、初めての連勝を飾った。それでもまだまだ厳しい状況が続いている。2012年のJ1初参戦以来、毎年降格候補とされながら奇跡の残留を果たしてきた鳥栖だが、今年の残留には河原の活躍が必須となるだろう。その毎試合、ギリギリの中での河原のプレーは見どころの1つだ。

FOOTBALL ZONE編集部