あの夜、齊藤未月が涙したわけ。湘南・曹監督が導いた真の姿。U-20W杯へ、主将の覚悟

あの夜、齊藤未月が涙したわけ。湘南・曹監督が導いた真の姿。U-20W杯へ、主将の覚悟

「方向性、間違っていないか」

 U-20日本代表は23日からポーランドで開催されるFIFA U-20ワールドカップに臨む。今大会、U-20日本代表の主将を務めるのは湘南ベルマーレのMF齊藤未月。20歳ながら湘南では確固たる地位を築き、そのボール奪取能力はJリーグ屈指といえる。しかし今シーズン前、齊藤は曹貴裁監督と白石通史コーチとの話し合いの場で涙したという。その理由とは?(取材・文:藤江直人)

——————————

 気がついたときには涙腺が決壊していた。地中海に面したトルコ最大のリゾート地、アンタルヤにあるホテルの一室。湘南ベルマーレを率いる曹貴裁(チョウ・キジェ)監督と話し合いの場をもった齊藤未月は、時間の経過とともにあふれてくる涙をこらえきれなかった。

 2019シーズンの戦いへ向けて、1月28日からスタートしたトルコキャンプ。曹監督の記憶には4日目か、もしくは5日目の夜だったと刻まれている。白石通史コーチとともに部屋のなかへ入ってきた、齊藤が抱えていたジレンマを見抜いていた指揮官は優しい口調で語りかけた。

「方向性、間違っていないか」

 図星だった。湘南ベルマーレユースの最上級生だった2016年5月に、飛び級でトップチームに昇格して4年目。昨シーズンはJ1の舞台で18試合、1188分間にわたってプレーし、アンドレス・イニエスタがデビューした7月22日のヴィッセル神戸戦でJ1初ゴールも決めた。

 アスリートならば誰でも、右肩上がりの軌跡を描いている、と実感している成長曲線を加速させたいと望む。ゆえに自分なりに思案して、新たなテーマを課す。ボール奪取術に絶対の自信をもつ齊藤は、ボールを奪った後のプレーを進化させる青写真を描いてシーズンインした。

「攻撃の部分でいいプレーをしようとか、いいパスを出そうとか、いいシュートを打とうとか。実際、練習でも手応えみたいなものを少し感じていたんですけど」

 しかし、自分では上手くいったと感じたプレーに対して、周囲のチームメイトたちの反応が鈍い。あるときには厳しく、またあるときには優しく、そして常に熱く指導してきてくれた曹監督の表情もどことなく厳しい。違和感がジレンマに変わるのに、それほど多くの時間を要さなかった。

自らの長所を磨くという意味

 そして、トルコキャンプがスタートしてすぐに、齊藤は勇気を振り絞って白石コーチに思いの丈を訴えた。20歳になったばかりのホープが抱える悩みは指揮官へ伝えられ、すぐに話し合いの場が設けられた。そして、曹監督は直球をど真ん中へ投げ込んできた。

「オフの間に『こういうプレーを覚えないと次のステージにはいけない』とか、いろいろなことを言われれば、若い選手には色気も出てくると思う。ただ、人間とは面白いもので、自分の一番得意なものをさらに極めようとすれば、苦手なもののレベルも自然と上がってくる。逆に苦手なことばかりを自分に課してよくしようとしても、脳の新皮質の部分に刺激を与えるだけで習慣にはならないので」

 齊藤に問いかけた「方向性、間違っていないか」の意味を、曹監督はこう説明してくれた。齊藤の最大のストロングポイントは、身長165cm体重61kgの小柄な体に搭載された、無尽蔵のスタミナを駆使して相手にプレッシャーをかけ続け、潰しまくり、ボールを刈り取る仕事となる。

 小学生年代のジュニアからベルマーレひと筋で心技体を鍛えながら、トップチームに宿り、試合を重ねるごとに激しい鼓動を奏でてきた「湘南スタイル」を間近で見てきた。ゆえに指揮を執って8シーズン目になる曹監督も、齊藤を「湘南のDNAが宿っている」と表現したことがある。

 指揮官をして「ヨーロッパにいっても十分に通用する」と目を細めさせたボール奪取術は、齊藤のアイデンティティーであり、目指している理想の選手像へ最短距離で近づくための手段でもあった。自らの存在価値を、齊藤は明確かつ力強い口調でこう表現したことがある。

「試合で他の味方が1回ボールを奪うところで、自分は3回でも4回でも奪わなければいけない。そこは誰にも負けたくないし、絶対にマストでやらなきゃいけないし、常に試合で出さなければピッチに立つ資格もない。あの選手がいるから勝てる、という存在も大事だと思う。それでも、あの選手がいるから頑張れる、という存在も必要だし、湘南のアカデミーはそういう選手を育成しているので」

ぼやけた視界が一気に晴れた曹監督の言葉

 自ら定めた定義に照らし合わせれば、シーズン始動からトルコキャンプの序盤までの齊藤は対極の位置でもがき、苦しんでいた。もっと、もっと成長したいという思いが無意識のうちに背伸びを無理強いし、やがては一丁目一番地であるはずの武器までもが影を潜めてしまった。

 自分の感覚と周囲の反応にギャップが生じていた理由を、曹監督の「方向性、間違っていないか」のひと言を介して齊藤は感じ取った。ハッと我に返ったとき、熱いものが込みあげてきた。

「いままでは努力すれば、勉強にしても英会話の習得にしてもすべてモノにしてきましたけど、サッカーだけは上手くいきません」

 幼稚園から小学校卒業まで神奈川・藤沢市内のアメリカンスクールに通っていた賜物として、流暢な英語を操る齊藤が頬に涙を伝わせながら、胸中に秘めてきた苦悩を訴える。指揮官はすべてを受け止めたうえで、チームがあって初めて個人が生きると、愛弟子が進んでいくべき道を説いた。

「それは当たり前だろう。勉強は自分一人でやればいいけど、サッカーはみんなでやるものだから。それなのに(一人で)上手くいったら、お前の人生はどうなっちゃうんだよ」

 この言葉だけで十分だった。ぼやけていた視界が一気に良好になった夜を、齊藤は「今シーズンにおける最初の転機になると思う」と笑顔で振り返るが、一方で素朴な疑問も残る。曹監督と白石コーチの前で流した、涙の意味は何だったのか。ひとつは自身へ募らせた不甲斐なさがあるだろう。

「曹さんや他の選手たちには、それまで自分ができていたはずのプレーをしていないと映っていた。それを突きつけられ、自分がやりたいことばかりしていると気づいたときに、込みあげてくるものがあったというか。チームが苦しいときに走力やボールを奪うところでみんなを助けて、嫌な流れを変えられるのが自分の武器なのに、自分の土台を忘れてしまっていて」

U-20ワールドカップではキャプテンマークを託される

 涙腺を緩ませた2つ目の理由は、目の前にいる曹監督の大きな存在感だろう。安易に手を差し伸べずに、齊藤がヒントをつかみ、白石コーチに相談するまで機会を待ち続けた。あれこれと思い悩み、試行錯誤したことで、呪縛から解き放たれたときには大きくジャンプできる。

「本当は自分で気がつくのが一番なんですけど。でも、(曹監督のような)指導者が身近にいることは僕にとって本当に大きいし、このチームにいることができて本当によかったと思う」

 以心伝心と言うべきか。曹監督もまた「もう少し早く気がついてほしいけど」と齊藤と同じニュアンスの言葉を、苦笑いを浮かべながら紡いでいる。そして、齊藤を涙させた3つ目の理由は、迷い込んでいたトンネルを抜け出せた、という喜びが全身を駆け巡っていたからだろう。

 本来のパフォーマンスをさらにすごみを増しながら完全に取り戻し、開幕戦からボランチのレギュラーの座をゲット。3月にはひとつ上のカテゴリーとなるU−22日本代表に招集され、おぼろげながら見えていた来夏の東京五輪の代表入り争いをしっかり視界にとらえた。

 迎えた5月7日には、FIFA・U−20ワールドカップに臨むU−20日本代表のメンバー21人のなかに、後輩でもある高卒ルーキーの鈴木冬一(長崎総合科学大附属高卒)とともに選出された。しかも、メンバー発表の席上で、影山雅永監督からはキャプテンを任せたいと期待を寄せられた。

 ワールドカップ予選を兼ねたAFC・U−19アジア選手権でも、左腕にキャプテンマークをまいてきた。出場資格のある1999年1月1日以降に生まれた選手たちのなかで、最年長であり続けた軌跡もあって、齊藤自身も心構えはできていた。もちろん、等身大の自分を貫く決意も忘れなかった。

「言動もそうですけど、僕はプレーでしっかり見せていきたい。具体的にはボールを奪うところと、そこから前へ出ていくところ、体を張るところ、そして奪われた後には全力で戻って守備をするところを見せていきたい」

自分自身を取り戻した齋藤がどのような活躍を見せるか

 背番号は「10」を託された。キャプテンで、なおかつエースナンバー。それでも、一度どん底を味わったホープが浮き足立つことはない。憧れるフランス代表のボールハンター、エンゴロ・カンテ(チェルシー)の名前をあげながら「カンテが10番をつけてプレーしている、と思って見てくれたら嬉しい」と人懐こい笑顔を浮かべた。

「日本代表の新しい10番のプレーを見せたい。安部ちゃんがいれば彼の背番号だったと思うし、だからこそ違う10番像を見せたいと思っています」

 安部ちゃんとは、鹿島アントラーズでも今シーズンから「10番」を背負うMF安部裕葵。GK大迫敬介(サンフレッチェ広島)、そしてMF久保建英(FC東京)ともに選外となり、コパ・アメリカに臨むフル代表に抜擢されることが濃厚となった盟友たちへ届けとばかりに、U−20日本代表は自分が背中で引っ張っていくと前を見すえた。

「U−20代表から選手が抜かれたとか、いろいろと言われていますけど、選ばれた21人がベストメンバーだと僕は思っているので」

 代表チームはすでに14日に開催国ポーランドに入り、17日には最終調整としてU−20コロンビア代表と対戦。自由交代制で数多くのメンバーが起用されたなかで1−2の逆転負けを喫したが、開始7分に先制ゴールを豪快に叩き込んだのは齊藤だった。

「それほど上手い選手じゃないけど、あの年齢でチームの結果に対する責任を背負いながら走る、競り合う、ボールを奪うといったプレーを高いレベルで実践できる選手は上手さに匹敵するし、それ以上にいま現在のサッカーで求められる選手でもあると思う。違った特徴をもっているあいつが、肉体的な特徴をもつ外国勢とあたったときにどうなるのか。必ず自分のなかへ入ってくるものがあると思う」

 日本時間24日未明に行われるU−20エクアドル代表とのグループリーグ初戦へ向けて、すでにチームとともに会場のビドゴシュチュ入りしている齊藤へ曹監督はエールを送る。

 同26日のU−20メキシコ代表との第2戦、同30日のU−20イタリア代表との第3戦、さらにその先に続く戦いへ。アンタルヤの夜に流した涙とともに自分自身を取り戻した齊藤は、前だけを見すえて世界へと挑む。

(取材・文:藤江直人)


関連記事

フットボールチャンネルの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索