29年目を迎えたJリーグでは、これまで様々な外国籍選手がプレーしてきた。浦和レッズでも、多くの外国人選手がクラブの歴史に名を残している。今回は、浦和レッズでプレーした外国籍選手の中から、所属時の得点ランキングを紹介する。※成績はJリーグ通算

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5位:元ドイツ代表の実力者

バイン(ドイツ)
生年月日:1960年9月26日
Jリーグ通算成績:68試合/25得点
在籍時期:1994-97

 ギド・ブッフバルトとともに1994年に加入したバインは、ブンデスリーガで300試合以上に出場した元ドイツ代表プレーヤーだ。

 1995年に18得点を挙げた決定力はもちろんだが、アシスト面でも大きく貢献。バインの正確なパスが、福田正博を得点王の個人タイトルに近づけたのは間違いない。

 実際、バインはブンデスリーガで3回のアシスト王に輝いた実績を持っている。浦和レッズの成長をアシストした一人だ。

4位:ギドが呼んだ天才プレーメーカー

ポンテ(ブラジル)
生年月日:1976年11月6日
Jリーグ通算成績:143試合/33得点
在籍時期:2005-10

 浦和レッズに大きな成功をもたらした一人、ロブソン・ポンテは2005年に加入した。ドイツのレバークーゼンで活躍していた同選手は、当時の指揮官であるギド・ブッフバルトに誘われる形で日本にやってきている。

 すると1年目から大活躍。2006年には浦和レッズのJ1初優勝に貢献。2007年はAFCチャンピオンズリーグの優勝の原動力にもなり、この年はJリーグ最優秀選手賞を受賞している。

 現在は、ポルトガルのポルティモネンセでテクニカルディレクターを担当。中島翔哉の飛躍にも一役買った形で、欧州とJリーグの架け橋になっている。

3位:J1初制覇に貢献した得点王

ワシントン(ブラジル)
生年月日:1975年4月1日
Jリーグ通算成績:52試合/42得点
在籍時期:2006-07

 前線で圧倒的な破壊力を見せたワシントンは、2006年から2シーズンにわたって活躍した。

 東京ヴェルディで活躍したあとで浦和レッズにやってきたワシントンは、190cmの長身と体格をいかしたパワフルな攻撃が魅力。2006年は最終節で優勝を争うガンバ大阪との大一番があった。この一戦で2ゴールを決めて、クラブのJ1初優勝に貢献するとともに、自身はガンバ大阪のマグノ・アウベスと並んで得点王に輝いた。

 2007年も16ゴールを決めたワシントンだが、ホルガー・オジェック監督との対立。問題行動を繰り返すようになり、浦和レッズは契約を更新せず。日本でのキャリアは2007年で幕を下ろした。

2位:3シーズン連続の2ケタ得点

エジミウソン(ブラジル)
生年月日:1982年9月15日
Jリーグ通算成績:110試合/47得点
在籍時期:2008-11

 アルビレックス新潟で4シーズン活躍したエジミウソンは、2008年から浦和レッズでプレーし、多くのゴールを記録した。

 加入したシーズンは新天地適応にやや時間を要したものの、最終的に11ゴールを記録。2009年は17ゴール、2010年は16ゴールを挙げ、アルビレックス新潟時代から続いた連続2桁ゴールを7シーズンまで伸ばした。

 2011年は背番号を17から9に変更。さらなる活躍が期待されたが、シーズン途中にカタールのアル・ガラファへの移籍が決定した。

1位:浦和レッズの絶対エース

エメルソン(ブラジル/カタール)
生年月日:1978年12月6日
Jリーグ通算成績:100試合/71得点
在籍時期:2001-05

 浦和レッズの歴代最強外国人ストライカーであるエメルソンは、J1で100試合に出場し、71ゴールを記録した。

 圧倒的な個人技とスピード、決定力を持ちあわせたエメルソンは、2001年7月に浦和レッズに加入。相手守備陣の脅威になり続ける。2004年は特に驚異的で、26試合で27ゴールを挙げた。もちろんこの年の得点王で、2位の大黒将志(ガンバ大阪)に7ゴール差をつけている。

 日本帰化の意思を口にしたこともあるエメルソンだが、2005年には高額年俸を用意したカタールのアル・サッドへ移籍。2016年にはカタール国籍を取得し、同国のA代表でプレーした。