29年目を迎えたJリーグでは、これまで様々な外国籍選手がプレーしてきた。鹿島アントラーズでも、多くの外国人選手がクラブの歴史に名を残している。今回は、鹿島アントラーズでプレーした外国籍選手の中から、所属時の得点ランキングを紹介する。※成績はJリーグ通算

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5位:鹿島から欧州トップへ

レオナルド(ブラジル)
生年月日:1969年9月5日
Jリーグ通算成績:49試合/30得点
在籍時期:1994-96

 ジーコが連れてきたタレントの一人。ブラジル代表として2度ワールドカップに出場した世界的な選手がレオナルドだ。

 1995年は特にまばゆい輝きを放ち、28試合で17ゴールを決めた。その翌年もゴールを量産したが、当時の日本の枠にはとどまらず、1996年にパリ・サンジェルマンへの移籍を決断している。

 ハイペースでゴールを挙げたことももちろん衝撃的だったが、プレーの華麗さがそのすごさを引き立てた。1995年の横浜フリューゲルス戦で決めたリフティングからのゴールは、多くの人が一度は見たことがあるであろう伝説のゴールだ。

4位:功労賞を受賞した10番

ビスマルク(ブラジル)
生年月日:1969年9月17日
Jリーグ通算成績:137試合/33得点
在籍時期:1997-2001

 レジェンドの一人、ビスマルクは、1997年から鹿島の10番を背負った。

 1993年からヴェルディでプレーしていたビスマルクは、すでに日本で実績のあるブラジル人だった。アントラーズでも期待に応え続け、1年目は11ゴールを記録。その後もプレーメーカーでありながら、コンスタントにゴールを決めた。

 1997年はその活躍により、Jリーグベストイレブンに選出された。現役引退後の2005年にはJリーグ功労賞を受賞している。そのことからも、ビスマルクが日本サッカーに与えた影響の大きさがうかがえる。

3位:人気も実力も兼ね備えた点取り屋

アルシンド(ブラジル)
生年月日:1967年10月21日
Jリーグ通算成績:71試合/50得点
在籍時期:1993-94

 レジェンド・ジーコが鹿島アントラーズに連れてきた点取り屋は、わずか2シーズンで50ゴールを挙げた。

 1993年にグレミオからアントラーズに移籍したアルシンドは、1年目に22ゴールを決めると、2年目には28ゴールを記録。特徴的な外見でも注目を集め、テレビCMも大人気だった。

 アルシンドの息子イゴールは、2011年にアントラーズでプロC契約を交わした。親子2代にわたってアントラーズと契約した外国人は彼らが初めてだ。

2位:バイエルンからやってきた元ブラジル代表

マジーニョ(ブラジル)
生年月日:1965年12月26日
Jリーグ通算成績:100試合/52得点
在籍時期:1995-99

 ブラジル代表経験のあるマジーニョは、1995年に加入。鹿島アントラーズの攻撃の柱としてゴールを量産した。

 ドイツの名門バイエルン・ミュンヘンなどでプレーしていたマジーニョは、世界のトップレベルを経験している中でアントラーズにやってきた。すぐにゴールを量産し始めたが、圧巻だったのは1997年だ。リーグ戦31試合に出場して22ゴール。得点ランキングで3位に入った。それだけではなく、リーグカップでは12試合で6得点、天皇杯では5試合で7得点と大暴れしている。

 その後は、出場機会も得点数も減少。1999年で戦力外となると、2000年に川崎フロンターレに加入したが、J1で8試合に出て1ゴールという数字で日本でのキャリアを終えている。

1位:Jリーグ3連覇に貢献

マルキーニョス(ブラジル)
生年月日:1976年3月23日
Jリーグ通算成績:119試合/59得点
在籍時期:2007-10

 鹿島アントラーズの歴代外国人得点ランキング首位は、マルキーニョスだ。長く日本で活躍した同選手だが、その中でも2007年から10年にかけて所属したアントラーズでの活躍が特に際立っている。

 2007年に清水エスパルスからやってきたマルキーニョスは、2年目の2008年に21ゴールを挙げて、J1得点王に。JリーグMPVにも選ばれている。マルキーニョスは2007年から3連覇、マルキーニョスは4年連続で2ケタ得点を記録した。

 2011年、マルキーニョスはベガルタ仙台へ移籍。しかし、東日本大震災の影響で4月に退団してブラジルに帰国した。それでも翌年には日本に復帰して2015年までプレーしている。