GK紹介

 1897年に創設されたユベントスはこれまで数々の舞台で頂点に立ってきた。21世紀になってからはカルチョ・スキャンダル発覚によりセリエBへ降格し昇格後も低迷に陥る苦しさを味わったが、2011/12シーズンからは前人未到のセリエA9連覇を成し遂げるなど一つの黄金期を迎えた。そんなユベントスにはこれまで数多くの名手が在籍してきているが、今回は21世紀に同クラブで大活躍した11人をピックアップ。歴史に名を刻んだメンバーを紹介していく。(選手の成績は2021年10月17日現在)

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ジャンルイジ・ブッフォン(元イタリア代表)
生年月日:1978年1月28日
在籍期間:01年夏〜18年夏、19年夏〜21年夏
クラブ通算成績:685試合539失点322無失点
代表通算成績:176試合146失点77無失点

「ユベントス最強のGKは誰?」と問われれば、皆が口を揃えてジャンルイジ・ブッフォンの名前を出すだろう。2001年にパルマから当時のGK史上最高額となる5288万ユーロ(約63.5億円)という移籍金で加入すると、そこから計19年間をビアンコネロに捧げている。そして、セリエAやコッパ・イタリアなど、実に22個ものタイトルをその手中に収めてきた。もちろん、個人賞も数多く獲得している。

 ユベントスでの公式戦通算685試合出場はクラブ歴代2位の数字。セリエA通算657試合出場は、ミランで24年間を過ごした伝説的DFパオロ・マルディーニを抜いて歴代1位の記録となっている。この成績が塗り替えられることは今後しばらくないだろう。そんな同選手が唯一やり残したことが、チャンピオンズリーグ(CL)制覇。その夢は、これからを担う後輩たちに託されることになった。

DF紹介

リリアン・テュラム(元フランス代表)
生年月日:1972年1月1日
在籍期間:01年夏〜06年夏
クラブ通算成績:204試合1得点5アシスト
代表通算成績:142試合2得点9アシスト

 フランス代表としてワールドカップ制覇も経験した名DFだ。2001年にジャンルイジ・ブッフォンと共にユベントスへ加入すると、1年目からレギュラーとして活躍。本職はセンターバックだが、同クラブでは右サイドバックとして起用されることも多かった。結果的に2006年夏までの5年間、白と黒のユニフォームを身に着け、公式戦204試合に出場。クラブの外国籍DFとしては史上5番目の成績だ。

 圧倒的に高い身体能力を武器にFWを無力化するイメージが強いかもしれないが、実はかなりのインテリであり、鋭い読みや正確なポジショニングで相手を上回ることも多かった。だからこそ、守備大国であり戦術大国でもあるイタリアで長く活躍できたと言えるだろう。ちなみに、ユベントスで記録した唯一のゴールというのが2002/03シーズンのセリエA第9節ミラン戦のものとなっている。

ファビオ・カンナバーロ(元イタリア代表)
生年月日:1973年9月13日
在籍期間:04年夏〜06年夏、09年夏〜10年夏
クラブ通算成績:128試合7得点1アシスト
代表通算成績:136試合2得点2アシスト

 インテルでは監督との確執により評価を落としたが、2004年に加入したユベントスで見事復活。パルマ時代にも共闘したジャンルイジ・ブッフォン、リリアン・テュラムらと強固なディフェンスを築き上げ、2004/05シーズンには最少失点でのセリエA優勝に大きく貢献していた(後に優勝剥奪)。最終的に在籍期間は計3年と少なかったが、観る者に与えたインパクトはそれ以上のものがあった。

 身長175cmとセンターバックとしてはかなり小柄な部類に入っていたが、そのハンデを感じさせないほど対人戦に強く、常に相手より先にボールへ触れるなど飛び抜けた瞬発力も兼備。大柄で圧倒的に強い選手のみがCBを務められるという、一種の固定概念を見事に打破した人物と言ってもいいだろう。バロンドールを受賞したので改めて言うまでもないが、記憶に残る守備職人であった。

ジョルジョ・キエッリーニ(イタリア代表)
生年月日:1984年8月14日
在籍期間:05年夏〜
クラブ通算成績:541試合36得点24アシスト
代表通算成績:114試合8得点4アシスト

 現在もユベントスでプレーし続けるレフティーをファビオ・カンナバーロの相棒に選出した。2005年にローマから加入して以降一度も他チームへ移籍することなく、ここまでクラブ史上4位となる公式戦541試合に出場。低迷期を知るだけでなく、セリエAの9連覇すべてを経験した唯一の人物でもあるなど、この男はまさにビアンコネロと共に成長を遂げてきた。サポーターからの人気も当然高い。

 闘争心を前面に押し出したパワフルかつタイトなディフェンスで相手FWを潰す能力はワールドクラス。とくにレオナルド・ボヌッチとのコンビは鉄壁であり、過去には名将ジョゼ・モウリーニョから「ボヌッチとキエッリーニはハーバード大学でCBになるための講義を担当できる」と大絶賛されている。そんなCBは今夏、ユベントスとの契約を2023年まで延長。冒険はまだまだ続いていく。

ジャンルカ・ザンブロッタ(元イタリア代表)
生年月日:1977年2月19日
在籍期間:99年夏〜06年夏
クラブ通算成績:296試合10得点17アシスト
代表通算成績:98試合2得点5アシスト

 22歳でユベントス移籍を掴み取ったイタリア屈指のDFだ。当初は攻撃的ポジションを担っていたが、在籍4年目に転機。ワールドカップで負った怪我が響いて2002/03シーズンのスタートダッシュに失敗し、その間にマウロ・カモラネージがスタメン定着したことでマルチェロ・リッピ監督によって左サイドバックへとコンバートされている。するとこれがハマり、以降DFとして名を上げていった。

 右利きだが左足のレベルも高く、そこから繰り出されるクロスの精度も素晴らしかった。左SBにすんなりとフィットできた要因の一つとも言えるだろう。また、当初はディフェンス面に問題ありとみられていたが、プレータイムを重ねるにつれそのウィークポイントを着実に解消。より安定感あるプレーを示すようになるなど非凡な適応力をみせ、ユベントスを後方からサポートし続けていた。

MF紹介

アンドレア・ピルロ(元イタリア代表)
生年月日:1979年5月19日
在籍期間:11年夏〜15年夏
クラブ通算成績:164試合19得点38アシスト
代表通算成績:116試合13得点23アシスト

 ミランで一時代を築いたMFがフリーでユベントスにやって来たのは2011年の夏。当時32歳とすでにベテランであり、さらに前シーズンに長期離脱をしていたため、サポーターからは「終わった選手」や「ピークは過ぎた」など補強に対し厳しい声も挙がっていた。しかし、世界屈指のレジスタはさすが。自らの力で限界論を払拭し、結果的にユベントスの歴史にもその名を刻むことになった。

 1年目から主力としてプレーし、なんといきなり無敗での9シーズンぶりとなるスクデット獲得に貢献。その後もゲームメイカーとしての仕事を全うし続け、在籍した4シーズン全てでチームをリーグ優勝へと導いている。21世紀におけるユベントスの黄金期は、この男の加入と共に始まったのである。ちなみに元ミランCEOのアドリアーノ・ガリアーニ氏は「彼の放出は早すぎた」と後悔を口にしていた。

クラウディオ・マルキージオ(元イタリア代表)
生年月日:1986年1月19日
在籍期間:06年夏〜18年夏
クラブ通算成績:389試合37得点41アシスト
代表通算成績:55試合5得点4アシスト

 下部組織時代を含め実に25年をユベントスで過ごしたMF。豊富な運動量を活かした守備に隙を見た前線への飛び出し、ゴールネットを突き破るようなミドルシュートを武器に持っており、中盤ならどこでも高いレベルでこなすことができるなど、実にユーティリティーな選手だった。甘いマスクの持ち主でプリンチピーノ(王子)という愛称がつけられるなど、サポーターの人気も絶大なものがあった。

 クラブがセリエBに降格したシーズンにトップチームへ上がっており、すぐにプレータイムを確保した。そこから中盤には欠かせない選手として活躍し、退団するまで公式戦389試合に出場。1980年以降に生まれた選手の中では、クラブ史上3番目の成績となっている。ちなみに2018年に移籍したゼニト・サンクトペテルブルクで10番を選んだ理由は、憧れの存在アレッサンドロ・デル・ピエロの影響。

ポール・ポグバ(フランス代表)
生年月日:1993年3月15日
在籍期間:12年夏〜16年夏
クラブ通算成績:178試合34得点40アシスト
代表通算成績:89試合11得点8アシスト

 ユベントスへの在籍期間は4年間。決して多い数字とは言えないのだが、衝撃度はまさに絶大であった。加入当時はまだ19歳だったが、1年目から主力として起用されると凄まじい速度で成長。大柄ながら抜群のテクニックを誇っており、チームメイトのサポートを受けながら主に攻撃面で特別な存在感を放つなど、ビアンコネロの“武器”になったのである。見た目もプレーも、まさに派手だった。

 2015/16シーズンには背番号を伝統ある10番に変更。この事実からも、いかにクラブでの存在が大きかったかわかるだろう。結果、フランスの大型MFは公式戦178試合に出場し、在籍した全てのシーズンでセリエA優勝に貢献する輝かしい実績を残した。なお、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍した際の金額は当時の世界最高額。そういった意味でも、ユベントスに残したものは大きかった。

パベル・ネドベド(元チェコ代表)
生年月日:1972年8月30日
在籍期間:01年夏〜09年夏
クラブ通算成績:327試合65得点59アシスト
代表通算成績:88試合17得点5アシスト

 ラツィオにスクデットをもたらした後、2001年にユベントスの一員となったチェコの大砲は、瞬く間にクラブの大黒柱となっている。人間離れしたスタミナと逞しいフィジカルを武器にピッチを駆け回り、左右両足を遜色なく使って違いを作り出しては複数ポジションをこなすなど、攻守に貢献することを常に約束していた。これほど献身的で頼りになる男は、クラブの歴史を振り返ってもそう多くない。

 2006年、クラブはカルチョ・スキャンダル発覚による処分でセリエBに降格。多くの戦友が別の場所に活躍の場を求めた。しかし、このバロンドーラーは「ユベントスをセリエAに復帰させたい。そこがふさわしい場所だ」とコメントを残し残留を決意。見事1年でのセリエA昇格に貢献するなど、クラブへの忠誠心を貫いた。そして現役引退後も副会長として、ユベントスを懸命に支え続けている。

FW紹介

アレッサンドロ・デル・ピエロ(元イタリア代表)
生年月日:1974年11月9日
在籍期間:93年夏〜12年夏
クラブ通算成績:705試合290得点92アシスト
代表通算成績:91試合27得点8アシスト

 ユベントスというクラブを語る上で、アレッサンドロ・デル・ピエロの名前を出さないわけにはいかないだろう。1993年にパドヴァから移籍すると、そこから19年間に渡り、白と黒のユニフォームを着用し続けた。2006年、クラブがカルチョ・スキャンダル発覚による処分でセリエB降格となった際には、真っ先に残留を表明。クラブを深く愛したが、それ以上にサポーターから愛された存在であった。

 先述した通り19年間をユベントスで過ごしたFWは、公式戦705試合出場を記録。2位ジャンルイジ・ブッフォンが同685試合なので、断トツの数字である。また、通算290得点と同92アシストもクラブ史上ナンバー1の成績となっている。これらの記録を超える存在が現れることは、もうないだろう。忠誠心、実績、実力。すべてが揃ったクラブ史上最強のレジェンドということに、疑いの余地はない。

ダビド・トレゼゲ(元フランス代表)
生年月日:1977年10月15日
在籍期間:00年夏〜10年夏
クラブ通算成績:320試合171得点25アシスト
代表通算成績:71試合34得点7アシスト

 22歳でユベントスの一員となったストライカーはすぐにその非凡な才能を発揮。1年目でリーグ戦14得点をマークすると、2年目にしてさっそくセリエA得点王に輝き、同リーグの最優秀選手にも輝いた。以降は怪我に泣かされることも何度かあったが、試合に出れば高い確率でゴールをマーク。セリエB降格時も懸命にチームをサポートした。結果的に10年在籍し、公式戦320試合出場を記録している。

 身長190cmという申し分ない体格を誇っているため、そのパワーは圧巻。それに加えストライカーとしての思い切りの良さもあったので、豪快なゴールを決めることが珍しくなかった。また、伝説的FWアレッサンドロ・デル・ピエロとのコンビネーションも抜群で、何度も対戦相手にとっての悩みの種となっていた。ちなみに、ユベントスでの通算171得点は外国籍選手としては史上最多の数字である。

ユベントス21世紀ベストイレブン

▽GK
ジャンルイジ・ブッフォン

▽DF
リリアン・テュラム
ファビオ・カンナバーロ
ジョルジョ・キエッリーニ
ジャンルカ・ザンブロッタ

▽MF
アンドレア・ピルロ
クラウディオ・マルキージオ
ポール・ポグバ
パベル・ネドベド

▽FW
アレッサンドロ・デル・ピエロ
ダビド・トレゼゲ