2024年2月24日『世界を変えた20人のアーティスト』(日本テレビ)で、美輪明宏さんが登場、自身が作詞作曲した「ヨイトマケの唄」のノーカット版が放送された。盟友である司会の黒柳徹子さんとともに、同性愛を苦に亡くなった友人たちへの思いやこの歌の成り立ち、芸能界や文学界からの後押しも語った。美輪さんが当時を振り返った記事を再配信します。 ******** 歌手、俳優の美輪明宏さんがみなさんの心を照らす、とっておきのメッセージと書をお贈りする『婦人公論』に好評連載中「美輪明宏のごきげんレッスン」。 10月号の書は「水の世は波のまにまに風のように ゆらりゆるりと参りましょう」です

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ときには、なりゆきにまかせて

私が《元祖ビジュアル系》として物議をかもしたのは、今から70年近く前。シャンソンの店「銀巴里」を盛り上げようと、髪と爪、衣裳を紫色に仕立てて、全身紫色で銀座の数寄屋橋に立って歌いました。

ビジュアル系を始めたのは、「ホモセクシュアルの何が悪いの?」という思いがあったから。同性愛者への差別に対して「よし、闘ってやろう」と、わざとかぶく恰好をしたのです。当時は「銀座に紫のお化けが出る」などと言われました。

その後、シンガーソングライターとして、苦しむ人を励まし、慰め、力づける歌を作るようになって。わが子のために肉体労働をする母親の無償の愛を歌った「ヨイトマケの唄」や、戦争反対の叫びを歌にした「祖国と女達」などを歌いました。私の前半生は、いわば闘いの連続。そのため、ときにはバッシングされ、困窮を極めることもありました。