『光る君へ』で定子や倫子は「十二単」を着ていない。十二単は女房たちの仕事着、中宮は「普段着」で過ごしていた【2025編集部セレクション】

婦人公論.jp5/16(金)12:30

『光る君へ』で定子や倫子は「十二単」を着ていない。十二単は女房たちの仕事着、中宮は「普段着」で過ごしていた【2025編集部セレクション】

平安装束の「かさね」と呼ばれる配色には独特の美しさがある(提供・雪月花苑)

なんと20枚重ねる人も

競い合ったのはセンスだけではありません。平安中期になると、華やかさを誇示するように内に着込む袿の数がどんどん増え、なんと20枚近く重ねる人もいたようです。

平安時代後半の院政時代には、装束がさらに絢爛豪華に。そこで、平安末期から鎌倉時代には、袿の数を5枚までに規制する「五衣(いつつぎぬ)の制」が定められたのです。


由緒正しき「五衣唐衣裳(十二単)」(提供・雪月花苑)

ちなみに、現代の皇室で着用される宮廷装束の正式名称は「五衣唐衣裳(いつつぎぬ からぎぬも)」であり、その俗称が「十二単」なのだとか。

袴を履き、単の上に五衣、さらに打衣、表着、唐衣の順に重ねて、裳を着用するという形で、それが21世紀の私たちが漠然とイメージする「十二単」ということになるのです。

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6/16(月) 17:03更新

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