ADHDの監督が描いた発達障害の生きづらさ『星より静かに』「社会」や「会社」に受け入れられるための努力が必須<簡単には分かり合えない誰か>と繋がることの意味を感じて
婦人公論.jp5/29(木)12:30

(C)ステューディオスリー
「簡単には分かり合えない誰か」と繋がる
人間は能力にも身体的な条件にもばらつきがある。体が動かない人に支援が必要なのは当然だし、発達障害者のような「普通のことができない」人にも、自然に支援できる社会はより素晴らしいのではないか。其れは「普通の人々」に負担だけを強い、損をさせることとは違うと思う。なぜなら発達障害者には、「普通の人にはできない」ことができる人が多いからだ。
そんな人間の心身の凸凹を見ていると、「すべての不均衡は、人をつなぎ合わせ、社会を繋ぐためにある」のではという気がしてくるが、どうだろう? 体も心も、そのままで自然に繋がれるように不均衡にできているのかもしれない。
冒頭とエンディングでつかわれる糸電話は、私達と社会、そして「繋がれる誰か」との、細いけれども「理解しあえる可能性」のように見える。私達と他者を結ぶ糸は細い。でも耳を澄まして静けさの中で耳を澄ましあえば、自分の気持ちが伝わるかもしれない。誰かの助けを求める叫びを聞き取れるかもしれない。
星より静かに耳を澄ませて、「簡単には分かり合えない誰か」と繋がることが、これからの社会には必要なのだ、きっと。











