編集者で作家、そしてサックスプレイヤー、複数の顔を持つ末井昭さんが、72歳の今、コロナ禍中で「死」について考える連載「100歳まで生きてどうするんですか?」。母、義母、父の死にざまを追った「母親は30歳、父親は71歳でろくでもない死に方をした」が話題になりました。第6回は、懇意にしていたパチプロ・田山幸憲さんの生と死についてです。

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第5回●「墓はいらない主義の僕が、ダイナマイト心中をした母のために墓を作った理由」

パチンコ台が「もうすぐ出るよ」と話しかけてくる

1988年3月、白夜書房で、ぼくが編集していた『写真時代』という雑誌が発禁になり、多くの人に迷惑をかけてしまいました。ライフワークのようなつもりで編集していた雑誌だったので、次に何をやったらいいのかわからなくなりました。それに、前年の10月に商品先物取引で大損したこともあってウツ状態になり、人と会うのが辛くなっていました。

そんな時、たまたま打ったパチンコで少し勝ったのが発端となり、毎日のようにパチンコに通うようになります。朝10時からパチンコを打ち、1時か2時にやめて会社に行っていたのですが、会社に行こうとすると、パチンコ台が「もうすぐ出るよ」と話しかけて来たりするので、その台から離れられなくなることもありました。パチンコ依存症の一歩手前まで来ていたのです。

パチンコに夢中になり過ぎて、気が付いたら夕方になっていることもありました。そのまま家に帰る訳にもいかず、とぼとぼ歩いて会社に向かっている時の侘しい気持ちが、のちに爆発的ヒットとなる、『パチンコ必勝ガイド』という雑誌を作らせたのだろうと思います。