作家・作詩家としてヒット作を世に出し続けた、なかにし礼さん。心臓病やがんなど、病から幾度も復帰し、活躍を続けていたが、2020年12月23日に心筋梗塞のため82歳でこの世を去った。父の傍らで仕事もプライベートも見てきた長男・中西康夫さんが、父・なかにし礼を語る(構成=篠藤ゆり 撮影=本社写真部)

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「秘密の携帯があるから、処分しておいてくれ」

父が入院したのは、20年11月14日でした。体調が悪いというので車で迎えにいくと、帽子をかぶりピシッとファッションを決めて、「これから打ち合わせ?」みたいな恰好で待っている。ただ、いつもと違って車内でほとんど会話がなかったので、つらいのかなと思いました。勝鬨橋(かちどきばし)を渡るとき、「康夫、勝鬨橋って今も開くの?」と聞かれ、「いや、昭和から開いていませんよ」。それが最後の会話となりました。

車を降りるときもつらそうだったので、車いすに乗ってもらうことに。でも本人は嫌だったと思いますよ。永遠にカッコいい男でいたかったはずですから。

そのまま退院できないとは考えていませんでした。27歳のときに心臓を病んで以来、心臓とはなんとか折り合いをつけてきた。16年にはペースメーカーを入れる手術もしていますし、実は20年の8月にも一度、入院しています。でも1ヵ月くらいで退院でき、10月は両親の結婚記念日を祝うため、妹夫婦、その娘、僕も参加して食事会をしています。そのときは、普段と変わりありませんでした。

エッセイの連載も決まっていました。12年に患ったがんが15年に再発したとき、余命2週間と言われたのに、そこから小説『夜の歌』を書き始めた。「書きたい」という意欲が病気を遠ざけたと思っていたのでしょう。だから今回も、書けばまだ生きられると思ったのかもしれません。

一方で、がんが再発したときは、「もしかしたらダメかも」という思いもあったようです。戒名も決めていましたし、携帯電話の履歴も全部消去していましたから。手術室に行く前、母がトイレに行っているすきに「康夫、本棚の3段目の本の裏に秘密の携帯があるから、処分しておいてくれ。うっかり忘れてた」と僕に頼んできた(笑)。でも今回はその指示がなかったので、戻ってこられると思っていたのではないでしょうか。