俳優やミュージシャンとして活躍する武田真治さん。デビュー後すぐにブレイクするも、そこから一歩を踏み出すことが出来なかったため、次第に長いトンネルに入ってしまったと言います。特に事務所から「売り時は終わった」と言われた20代後半は、精神的にも肉体的にも追い込められ、仕事以外は北海道の実家に戻って閉じ籠っていたそう。辛い毎日のなか、頭をよぎるのは「人生をリセットしたい」という思いばかりとなり――。

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ただただ苦しんでいた20代後半

17歳で単身親元を離れ上京、夜間の定時制高校に通いながら芸能活動を始め、20代前半では「ファッションリーダーで、ティーネイジャーが憧れる新しい時代のスターとはこういうものだ」という理想像を勝手に思い描き、まわりにも作られ、その呪縛で自分を精神的にも肉体的にも追い込んでしまったことがあります。

「利害関係から人は自分に近づいてくるんだ」とプライベートでも心を閉ざし、友人はごく少数。過労や栄養不足から顎関節症になり、サックスが吹けなくなって鬱っぽくなり……。『めちゃイケ』の収録に参加するのもやっと。他のことはなにもできなくなりました。

若くしてある程度の成功を得たことで、燃え尽き症候群になった部分もあると思います。当時はおそらくそんな言葉はなく、原因がわからないまま、ただただ苦しんでいました。

人から見たら、限りなくモテているんだろうと思われていた20代後半の3年間ほど、僕は女の子とつき合うどころか、会話すらできなくなっていたのです。ひょっとしたら自分のセクシャリティの転換期かもしれないと思ったほど。

一時北海道の実家に閉じ籠もり、『めちゃイケ』の収録のときだけ上京するような生活をしたのもこの頃です。