漫才コンビ「太平サブロー・シロー」として漫才ブームの波に乗り、島田紳助さんに「『サブロー・シロー』や『ダウンタウン』には勝てない」と漫才の道を断念させた大平サブローさん(66)。天才肌の二人が組んだコンビでしたが、才能があるがゆえの衝突を繰り返し1992年にコンビは解散となりました。 その後、互いにピン芸人として活動し、サブローさんは関西で数々の番組の顔として活躍。シローさんはものまね芸人を率いてユニット活動をするかたわら、大阪・難波で小さなたこ焼き店を経営するなど副業にも精を出していた最中に55歳で急逝しました。解散から永遠の別れとなり、幾重にも複雑な思いが絡まり合い、これまでサブローさんが取材などでシローさんについて語ることはありませんでしたが「これが時間が経つということなんですかね…」と今の思いを吐露しました。(取材・文・撮影◎中西正男)

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生まれ変わったらもう芸人はやらない

もう一回生まれ変わったらね、もう漫才もしないし芸人にもならないと思います。

そこには二つの思いがあるんですけど、一つはもともと自分は芸人をするようなタイプの人間ではないということ。もし次の人生があるならば、輪島塗や信楽焼の職人さんだとか、人ではなく物と対話するような仕事をしたいと思っています。

今回の人生はね、だいぶ無理をしてきた。そう思います。本来、こんな仕事をする人間ではない者が「やるしかない」状況に追い込まれて走り続けてきた。そんな人生でした。

そもそもの話、会社をクビになったのがきっかけで、そこから縁が重なってこの道に入りました。

その中で(大平)シローさんに会って、コンビを組んで、80年代の漫才ブームという波にいつの間にか乗っていた。

今でも忘れられませんけど、当時すさまじい視聴率を取っていたフジテレビ『THE MANZAI』(1980〜82年)という番組。これに出て、一晩で人生が変わりました。

翌朝、いつものように劇場に行こうと思って歩いていたら、若い女性が自分の方を指さすんです。誰か後ろに有名な人でもいるんかなと思って振り返るけど、誰もいてない。「…え、オレ?」。ウソみたいに景色が一変しました。