2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えました。その記念企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第33回は、社会学者の上野千鶴子さんに伺います。

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上野千鶴子(うえの・ちづこ)

1948年富山県生まれ。東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。日本の女性学、ジェンダー研究のパイオニアとして活躍。高齢者の介護とケアもテーマとしている。著書に『おひとりさまの老後』『女ぎらい ニッポンのミソジニー』ほか多数。近著は『フェミニズムがひらいた道』『最期まで在宅おひとりさまで機嫌よく』『上野千鶴子がもっと文学を社会学する』。

大人の日記が読みたくなって

50代になったとき、『〜の現在』とか『今日の〜』とかいった、時流に乗る書物がとことんイヤになった。最新のものは、早く古びる。時代に追いつかなくてもよい。歴史は待ってくれる。時間にかかわらないもの、永遠に近いものが読みたくなった。若いひとが書いたものより、年をとったひとの書いたものが読みたくなった。年齢を重ねるとはどういうことかを、知りたくなった。

アメリカの詩人、作家のメイ・サートンが日記を書いていたことは知っていた。サートンが58歳のときに書いたのが『独り居の日記』(みすず書房、1992年/新装版2016年)。わたしはそのとき、60代だった。それから彼女は1995年に83歳で亡くなるまで、次々に『70歳の日記』『82歳の日記』を書いている。70代のいま、わたしは彼女の『70歳の日記』(みすず書房、2016年)を読んでいる。

森の中の家で庭仕事をしながらひとりで暮らしているのに、『独り居の日記』は少しも静謐でない。彼女は怒り、うろたえ、ぐちをこぼす。家に出入りする手伝いのひとに不満を漏らし、遠くに離れた娘が母親を心配して訪ねてくるのを、それさえうっとおしく感じる。初老期とは、こんなに成熟しないものか、と逆に安心する。