雑草で飢えしのぐ、絶望の生活救った制度

雑草で飢えしのぐ、絶望の生活救った制度

 2018年5月、福井県内の60代男性が自宅近くの店舗で倒れ、救急搬送された。公園の水道水と雑草で飢えをしのぐ暮らしが続き、栄養失調になっていた。「もうどうなってもいいと思っていた」。絶望の人生に光を見い出せたのは、市町の「生活困窮者自立支援制度」があったから。支援を受けながら、やりがいのある仕事を見つけ、「普通の生活」を取り戻すための一歩を踏み出した。

 県内の定時制高校を22歳で卒業後、職を転々とした。建築工事会社での勤務は「現場仕事が性に合って」長く続いた。だが、代替わりした経営者とそりが合わず、うつ状態に。熱中症やけがで入院が重なり、「気力を失った」。50代前半で退職した。

 父と弟を早くに亡くし、一軒家で母と2人暮らしだった。「生きてるのがすぐ嫌になるタイプだった。けど、母親がいる限りは我慢できた」。11年春、その母が自宅の風呂場で亡くなった姿を目の当たりにした。心臓まひだった。

 「それがトラウマになってるんかな」。再びうつ状態になり、「先のことを考えられなくなった」。再就職した会社も辞め、親の遺産や貯金で暮らし始めた。「全く誰も自分のことを知らないところに行きたい」。県外に一人で行って1週間ほど滞在し、また福井に戻る。その繰り返しを2年ほど続けた。「計画性がなくて、お金はいくら使ったか分からん。たぶん数百万」。自暴自棄になっていた。

 蓄えが底を突いた。電気や水道は料金不払いで止められた。飲み水は近くの公園に頼った。摘んできた雑草をアルミホイルに載せ、ろうそくの火であぶって食べた。18年2月の大雪で雑草が覆われると「もう食べることさえ嫌になった。どうでもよくなった」

 「せめて最後に何か食べよう」と5月に入った店舗内で、力尽きて立ち上がれなくなった。店員が呼んだ救急車で運ばれた病院で、生活困窮者自立支援制度を知った。

 生活保護の申請も視野に入れながら、米やサバ缶など週数千円分の緊急食糧援助を受け、少しずつ体力を回復。支援員の訪問を何度も受け、相談に乗ってもらううち、「元の生活に戻る望みが見えてきた」。7月には付き添いを受けながらハローワークに通えるようになり、「生き物相手の仕事を」と選んだ農業関連会社のパート勤務が10月に決まった。

 「毎日が楽しくなった。今があるのは支援のおかげ」。月8万円余りの給料を浪費しないように、次は家計管理の支援を受ける予定だ。水道はまだ止まっていて、トイレは近くのスーパーで買い物ついでに済ませている。「まだ50〜60%ぐらい前向きになったばかり。時間はかかるかもしれないけれど、もう一度生活を建て直したい」


関連ニュースをもっと見る

スゴ得でもっと読む

スゴ得とは?

関連記事

おすすめ情報

福井新聞の他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

社会 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

社会 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索