2004年に日本球界復帰の舞台を作ってくれた“恩人”への思い

 まだ風に冬の面影を残す長野の地に、真夏のようにまぶしい男がやってきた。ダークグリーンのロングコートにサングラス、そして黄金に輝くグラブ。グラウンドに足を踏み入れた新庄剛志氏が、笑みを絶やさず球を投げる。独立リーグ「ルートインBCリーグ」の信濃グランセローズ-新潟アルビレックスBC戦の試合前。実現した始球式には、恩人への感謝の思いが込められていた。【小西亮】

「いやー、本当に来てくれるなんてびっくりですよ。すごく嬉しかった」

 信濃球団の相談役を務める三澤今朝治氏は、目尻のしわを深く刻んだ。自身こそ、今回のきっかけとなった張本人。日本ハムのチーム統括本部長だった2004年、北海道移転に合わせてメジャー帰りだった新庄氏の獲得に尽力した。2006年以降は会っていなかったというが、突如訪れた15年ぶりの“再会”。ひとつの記事が、2人を引き寄せた。

“新庄劇場”の舞台裏を三澤氏が振り返る記事を、3月中旬にFull-Countで掲載。Web上で読んだという新庄氏は心を動かされ、「三澤さんにはお世話になった。何か恩返しがしたい」と即座に行動に移したという。当初は4月10日の開幕戦に来場する案もあったというが、「せっかくなら縁の場所で」と企画。長野オリンピックスタジアムで試合が開催される18日に合わせた。

「伝説のホームスチール」決めた思い出の地に感慨「一生忘れられない」

 思い出すのは、2004年のオールスターゲーム第2戦。走者として三塁にいた新庄氏は、球宴史上初の単独本盗を決めた。ファンの記憶に刻まれた“伝説のホームスチール”が生まれた地に再び立ち「この球場にはたくさんの思い出がある。記憶が蘇ったというか、その記憶は一生忘れられない」と噛み締めた。

 スタンドのファンに姿を見せたのは30分にも満たなかったが、やはり「新庄劇場」は健在だった。始球式の際に使用した金色のグラブは、自身が1993年に初めて受賞したゴールデングラブ賞の“実物”。この日の試合で勝利したチームに贈呈すると宣言した。「僕は10個持っているので、1個くらいは」と粋な演出。「プロを目指す子たちが、ゴールデングラブ賞を獲りたいと思ってもらえれば」と思いを寄せた。

 2019年11月に現役復帰を突如宣言し、昨年12月の「プロ野球12球団合同トライアウト」を受験。NPB球団からオファーはなく断念する結果となったが、今でもメディアに露出すると注目を集める。そんな派手な姿も紛れもない新庄剛志だが、三澤氏は“もうひとりの新庄剛志”を知っている。

「みんなが見ているとやらないんだけど、見えない部分で地道に努力をしたり、他人のために何かをやってあげたり。律儀で、本当にナイスガイ。熱いものを持っている男ですよ」

 今回の始球式も「気持ちでいくんだから」と、ノーギャラで引き受けた。日本球界復帰の舞台を作ってくれた恩人へ、17年たっても忘れない感謝。情に溢れる姿こそ、「新庄劇場」が放つ真の魅力なのかもしれない。(小西亮 / Ryo Konishi)