今年7月で43歳「最後にもう一度、体を作り直して1年やりたい」

 阪神、オリックス、ヤンキースでプレーし、日米通算95勝をマークした井川慶投手。2017年を最後に公式戦のマウンドから遠ざかっている左腕は、今でも無所属のまま現役を続けている。今回、Full-Countのインタビューに応じ、現役引退を明言しない理由、古巣タイガースへの思いなどを赤裸々に語った。

 井川は2015年オフにオリックスを自由契約となり、2017年には前年から練習参加していた独立リーグ・兵庫ブルーサンダーズに正式入団。同年は14試合に登板し、11勝0敗、防御率1.10と圧倒的な成績を残したものの、NPB復帰は叶わなかった。同年でブルーサンダーズを退団すると、その後は無所属でトレーニングを続けている。

 無所属となって5年目。いまだに引退を発表しない理由を問われると、「一番は肩、肘が元気なこと。最後にもう一度、体を作り直して1年やりたいと思っている」とマウンドへの意欲をにじませる。コロナ禍の影響もあり、練習は思うようにできていないが、人が少ない深夜などに公園でランニングや壁当てなどを行って、体を作っているという。

阪神の4監督に感謝「全ての出会いがなければ、僕の活躍はなかった」

 現在はトレーニングに励む傍ら、日本プロ野球OBクラブの活動に参加し、同クラブのYouTubeにも出演。昨年からはプロ野球の解説を務めることもあり、古巣・阪神の戦いぶりはこまめにチェックしている。その阪神は今季、開幕からリーグワーストの9連敗を喫するなど苦しい状況が続いたが、4月24日から6連勝。少しずつではあるが、復調の傾向が見えてきた。

 また、キャンプイン前日には矢野燿大監督が今季限りでの退任を発表し、賛否を呼んだ。だが、現役時代にバッテリーを組んだこともある井川氏は、独自の見解を口にする。

「僕自身はハッキリしていて、いいんじゃないかと思っています。これがシーズン中(の発言)なら問題ですが。結果が悪ければ『辞めろ』の声も出ますが、どうせ辞めるのですから。そこはプロなので」

 阪神では吉田義男氏、野村克也氏、星野仙一氏、岡田彰布氏と4人の指揮官の下でプレーしたが、全ての監督に対して感謝の気持ちに溢れている。

「吉田さんにはプロでの心構え、野村さんからは心理学やバッターとの駆け引き、星野さんにはエースとしての振る舞いを教えていただき、そして2軍監督時代から一緒だった岡田さんには最高の環境を作っていただいた。全ての出会いがなければ、僕の活躍はなかった」

甲子園での伝統の一戦は「リリーフカーで待機している時に…」

 阪神といえば、熱狂的なファンの存在が大きい。特に、甲子園で行う巨人との“伝統の一戦”は別格だ。甲子園は毎回、異様とも言える雰囲気に包まれる。エースとして、熱気と興奮に満ちたマウンドに何度も上がった井川氏は「僕はどっちかというと好きでしたね。巨人戦でいい投球をすれば、他のチームの時よりも評価されますから」と落ち着いたもの。一方で「逆に、巨人の選手は大変だったと思いますよ」と苦笑いを浮かべる。

 井川氏が所属した1990年代後半から2000年代中頃は、甲子園のスタンドからは強烈な野次が飛び交う時代だった。特に宿敵の巨人戦となれば、阪神ファンのボルテージは最高潮となる。憎き敵の一挙手一投足を見逃すまいと、阪神が守備になると客席からの視線は大半が巨人の打者に注がれ、「ファンの方もこっちを(マウンド)見てないので楽でした」というほどだった。

 最近になり、当時の思い出を元巨人の高橋尚成氏と話す機会があったという。

「リリーフカーで待機している時に、物がバンバン飛んでくると(笑)。水やお酒も飛び交っていたようで、投げる前から『びしょびしょだったよ』って。ある意味、甲子園が本拠地で助かりましたよ」

 甲子園が舞台の伝統の一戦では、巨人の選手たちはいろいろな苦労を強いられていたようだ。

 2003年には20勝をマークし、沢村賞も獲得した井川氏。伝統の一戦でも感じたマウンドでの高揚感は、今も鮮明に覚えている。「いろいろと厳しい世の中ですが、また投げられる姿を見せることができればと思います」。今年で43歳。再びマウンド上でファンからの声援を全身に浴びる日を目指しながら、コロナ禍の中で孤独な練習を続けている。

取材協力:プロ野球OBクラブ(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)