海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は日本語翻訳が正式リリースされたハードコアFPS『Escape from Tarkov』の公認日本語翻訳ボランティアチームに話を訊きました。

日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。

有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。


連載第16回は、『Escape from Tarkov』公認日本語翻訳ボランティアチーム(以下、翻訳チーム)に話を訊きました。インタビューに応じてくれたのはリーダーの狐峯太一氏と校正班リーダーのY.H.氏です。翻訳チームはボランティアで翻訳を行い、その成果は公式日本語訳として採用されています。

前代未聞の自己紹介
他の有志翻訳にとっての他山の石にしていただければ

――『Escape from Tarkov』とはどのようなゲームですか?

狐峯太一氏(以下、敬称略)広義にはオープンワールドFPSですが、今はまだ箱庭ですね。数キロ四方のマップに8人程度が放り込まれて、各々が目的地に向かいます。

Y.H.氏(以下、敬称略)ロビーから出撃するマップを選んで、マッチング時間を経てPvPvEが始まる感じです。これがマップ選択画面になります。

狐峯デベロッパーはこのマップが将来的にはすべて繋がると言っています。

――本作のデベロッパーはロシアのBattlestate Gamesですね。本作の魅力はなんですか?

Y.H.とにかく硬派なところです。他のFPSよりもかなり死にやすく、死んでしまえば持っていたアイテムはすべて失います。お腹も空けば喉も乾く。一般的なFPSで表示されるようなユーザーインターフェイスがまったくないので、残弾数や体力の管理も別途操作が必要になります。かなりストレスのかかるゲームですが、だからこそ敵を倒してアイテムを奪ったり、偶然レアアイテムを見つけて無事に持ち帰れたりした時は爽快です。

狐峯他にはない緊張感ですね。足音がするたびにガタガタ震えてしまいますし、逆に命からがら脱出したときの安堵感が癖になります。

――本作の有志翻訳に携わるようになったきっかけはなんですか?

Y.H.設定言語に日本語があればもっと多くの日本人にプレイしてもらえるはずだと思ったのがきっかけです。本作は言語の違いが大きな壁にはならないゲームです。やることと言えば、荒廃した架空都市をさまよって敵を撃ち、ゴミを漁り、脱出するだけですから。それでも日本語がないからという理由でプレイを諦めている人々へ手を差し伸べられればと思い、翻訳チームに志願しました。

狐峯昔から『Battlefield 1942』、『Red Orchestra: Ostfront 41-45』、『ARMA』、『Operation Flashpoint』、『S.T.A.L.K.E.R.』といったやや東に偏ったゲームをよくプレイしていました。その流れで本作にも興味を持ち、ハマったという形です。本作はかなり初期からプレイしていましたが、ゲームは英語でプレイする派なので翻訳にはまったく関わる気がありませんでした。

――それがどのような経緯でリーダーになったのですか?

狐峯初期の多言語対応は、ユーザーが自由に訳を提案したりレビューしたりできる参加型翻訳サイトで行われていました。その中で活動の盛んな人が志願して各言語の管理者となり、訳語の修正や統一を行う。つまり、コミュニティの善意に頼る仕組みだったのです。しかし、そこで日本語の管理者に選ばれた方は翻訳に対するこだわりが強く、原文にない文を大幅に加筆したり、異を唱えた他のユーザーを追放したりしていました。

――その時点ではまだ翻訳に参加していなかったのですね。

狐峯私は海外のゲームを英語でプレイするので他人事でした。しかし、さすがに自分の好きなゲームがこうした事態に見舞われることは快く思わず、強く非難しました。“ネタにした”と言う方が正確かもしれません。これに関しては批判を受けても仕方がないと思います。

また、デベロッパーの問い合わせ窓口に翻訳のサンプルを送り、「こういうことが起きているが把握しているか。」、「英語は得意なので何かあれば協力させて欲しい。」と伝えました。協力については半分社交辞令のつもりでしたが、気がつけばそのまま翻訳チームに参加していました。

要するに、いったん炎上沙汰があってリーダーを引き継いだという形です。

――事情があることは承知していましたが、インタビューの冒頭で語られるとは思いませんでした。

Y.H.私もここまで語られるとは思いませんでした。

狐峯申し訳ありません。参加の経緯を説明すると、どうしてもこうなってしまうのです。

――経緯を記事として公開しても問題ありませんか?

狐峯全部インターネットの大海原に公開して構いません。恥ずかしいことはしましたが、間違ったことはしていないと思います。私に関しては、むしろ他の有志翻訳にとっての他山の石にしていただければという気持ちです。

――ありがとうございます。リーダーの交代についてはインタビューの後半で詳しくお訊きします。

――なぜボランティアで活動しているのですか?

狐峯好きなゲームのデベロッパーが困っていたからという気持ちが半分。残りは、関わった手前引っ込みがつかなくなったというのが正直なところです。

Y.H.ボランティアで活動しているというよりも、参加した作品が偶然ボランティアでの契約だったというだけですね。おかげで好きなゲームの設定言語に日本語を追加できたので不満はありません。

――もしデベロッパーが報酬を提示していたら、それは受けましたか?

狐峯迷わずもらっていました。ちなみに、実際にもらったのはTシャツと帽子、ゲーム内のモシンナガンとPPShをそれぞれ5丁です。

Y.H.同じく、喜んで頂きますね。Tシャツと帽子は私ももらいました。部屋着にしています。

――有志翻訳に一番必要な能力はなんだと思いますか?

狐峯翻訳だけであれば、なにより母国語の国語力。プロジェクトを回すという意味であれば、コミュニケーションを取る能力です。

Y.H.同じく、コミュニケーション能力だと思います。疑問に思ったことは素直に共有して解決し、翻訳に関して反対意見があるなら対案を示す。話し合いから良い翻訳案や校正案が生まれることは多々あります。常に一人で仕事をしたいという場合を除けば、コミュニケーション能力は何より大事だと思います。

――国語力が必要なのはどんなときですか?

Y.H.キャラクターの語彙を考えるときです。作品に出てくるキャラクターにはそれぞれの生い立ちがあり、性格も違えば知識量も違います。理知的で静かに話す大人、高圧的で厳かな上流階級の人、わんぱくで何も知らない子供。そのセリフを話す人物によって、英文をどう訳していくか深く考えなければいけません。そのようなときに国語力は大いに必要です。

狐峯微妙なニュアンスや感情を出すときです。例えば、普段は冷静な人物があくまで静かに、だが怒りを抑えきれない口調で話す場合ですね。「あいつらにはもう我慢できない。厳しく対処してきて頂戴。」というセリフが殺害依頼であることを伝えるには日本語の表現力が問われます。

作品の雰囲気まで届けるために
議論を重ねてキャラクターにふさわしい知識と語彙、話し方を探っていきました

――現在の翻訳チームはどのように結成されましたか?

Y.H.最初の翻訳チームが解散しそうになったとき、残ったメンバーでなんとかチームを立て直そうと思いました。そこでデベロッパーから英語に精通している狐峯さんを紹介していただきました。その後、TwitterやEmissary(各国のプレイヤー代表)を通じてメンバーを募集し、なんとか新体制で翻訳作業を再開しました。

狐峯参加型翻訳サイトに投稿していた人にも事情を説明して協力を求めました。きっかけはどうあれ全員志願したプレイヤーです。

――翻訳者同士のコミュニケーションはどのように行われていますか?

狐峯やりとりは主に専用のDiscordサーバーで行っています。意見が分かれてどちらにも理があるときは、Discordのリアクション機能を利用した投票で決めます。翻訳方針については、あまり割れなかったのが幸いでした。クエスト名を翻訳するかどうかくらいですね。

Y.H.多数決が一番お互いに納得できますからね。固有名詞を翻訳するかどうかの方針もすぐに決まりました。

――日本語に翻訳するか英語のまま残すかはどのように判断しているのですか?

狐峯雰囲気を損なわないこととプレイの支障にならないことのバランスを取っています。雰囲気に直結するユーザーインターフェイスは極力英語のまま残しました。アイコンもありますしね。一方で、INSURE(保険適用)のように理解できないとプレイの支障になる部分は日本語に訳しました。

狐峯クエスト名や脱出地点はあえて英語のままにしています。本作には攻略情報や動画サイトを見ないとクリア困難なクエストが多数あり、安易に訳すとかえって支障が出ると予想されたからです。例えば、“Operation Aquarius”を「みずがめ座作戦」のように訳すこともできますが、検索の邪魔になってしまいます。

Y.H.私はどちらかと言えば、公式日本語版として世に出ている作品の翻訳スタイルが好きなんです。『Grand Theft Auto』シリーズや『Call of Duty』シリーズでは、ミッション名やキャラクター名まで完全に日本語として翻訳していますよね。しかし、数々の作品を追って行く中で、有志翻訳ではこうした固有名詞を翻訳しないのが主流だと気づき、そのスタイルに合わせて翻訳をしていく形になりました。

――他にもゲームの雰囲気を損なわないために気をつけていることはありますか?

狐峯セリフ回しについては、一次訳、二次訳を経て校正や統一を行います。最後は、ボイスチャットで一つ一つ「ここの言葉遣いは乱暴すぎないか?」、「部下を殺されて怒っているからこのくらいで良いと思う。」などと話し合いました。

Y.H.私たち校正班の主な仕事は、その二次訳についてあれこれ検討することでした。一次訳をもとに文法や誤字脱字のチェックをするのはもちろん、多くの議論を重ねてキャラクターにふさわしい知識と語彙、話し方を探っていきました。

――セリフを翻訳するためにキャラクターの考察まで行っているのですね。

Y.H.本作に登場するキャラクターは癖のある人物ばかりだったので、世界観が崩れてしまわない程度にキャラクターを立たせたかった意図もあります。

狐峯デベロッパーから簡単なキャラクター設定が提供されたので、それも踏まえて訳しました。出身はカフカスのあたりといった小さな設定です。

――翻訳チームとデベロッパーはどのような契約関係にありますか?

狐峯秘密保持契約を結んでいます。実装前のテキストやショートムービーの翻訳も行うため、リーク対策ですね。

――秘密保持契約はリーダーが代表して結んでいるのですか?

狐峯各々が結んでいます。デベロッパーに本名と住所と本人確認書類のコピーを渡して、契約書類に電子署名しました。全員そうしているはずです。契約書面は英語なので、ある意味一番神経を使って読みました。

Y.H.生まれて初めて電子署名というものをしたので、かなり緊張しましたね。

――翻訳チームとデベロッパーはどのように連絡を取っていますか?

狐峯私を含むメンバー5人くらいにTelegramのグループ連絡が行くようになっています。Telegramはロシアで使われているアプリで、日本のLINEのようなものです。なぜか私にだけ直接「この単語の訳わかる?」といったメッセージが飛んで来ることもあるので、ちょっと責任は重いですね。

――公式フォーラムのフィードバック用スレッドはなんのために設けているのですか?

狐峯第一に、我々だけでは手が回らないところの指摘を頂くためです。第二に、提案や批判を聞き入れる場を設けることで、翻訳の中立性を多少なりとも確保するためです。作業過程をすべて公開することで透明性を高められれば良いのですが、アップデート前には未公開テキストを扱うため、それはできません。経緯が経緯ですし、「新しい翻訳チームも好き勝手に訳しているのではないか?」という疑いは持たれたくなかったのです。

――翻訳にはどのような辞書やツールを利用していますか?

狐峯Google検索で出てきたサイトを複数見る感じです。Weblio辞書や英辞郎 on the WEBですね。ただし、怪しい部分は例文まで見て用法を確認した上で訳しました。

Y.H.私は校正班なので、Weblio類語辞書を使っています。英語に関してわからないことがあれば、狐峯さんをはじめとする翻訳班に逐一質問しています。元の英文をDeepL翻訳とみらい翻訳でそれぞれ翻訳して、どんな言い回しになるかの検証もしていますね。たまに非常に良い言い回しを出力してくれます。

狐峯逆に、私は機械翻訳を使わないようにしています。特にDeepL翻訳は人間らしいミスや読み飛ばしをしてくれるので、チェックに使うのは怖いです。

Y.H.もちろん、機械翻訳にすべてを頼っているわけではありません。最終的に翻訳班にも校正した文章を確認してもらっているので、今のところは大丈夫そうですね。

――翻訳がゲームに正しく反映されているかの検証はどのように行っていますか?

Y.H.実際にゲームをプレイして検証しています。事前に確認できないので、アップデートが来るたびにドキドキしながら確認しています。

狐峯マップ名で、翻訳せずに英語のまま残すはずの“THE LAB”が「研究所」になっていた失敗があります。

――冒頭のスクリーンショットに写っていましたね。

Y.H.今も直ってないじゃん!

狐峯え?

Y.H.これ昨日撮ったやつですよ。デベロッパーに報告しなきゃまずいですね。

狐峯巻き戻りやがった……。

Y.H.滅茶苦茶巻き戻ることがあるんですよね。

狐峯とまあ、こんな感じです。こういうことがあるので、たまに全ファイルをもらって私が手動で突合した上で、巻き戻っている部分を直して、「これで全部上書きしてくれ。」と依頼しています。

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稀によくある海外デベロッパーの話
大きな目標に向かって皆で手分けして作業するのは純粋に楽しかったです

――本作の日本語フォントは途中で読みやすいものに変更されました。デベロッパーとはどんなやり取りがありましたか?

狐峯最初は日中韓共通フォント(俗に“中華フォント”と呼ばれるもの)でした。私が参加した2019年10月頃の段階で、メイリオなどのゴシック体が良いのではないかとデベロッパーに伝えていました。

Y.H.日本語フォントの重要性について説いたものの、あまりピンと来なかったようです。

狐峯デベロッパーとしては、とりあえずテキストだけ反映させれば良いだろうという判断だったのかもしれませんし、後からフォントを増やすのが技術的に難しかったのかもしれません。いずれにせよ、日中韓共通フォントのまま日本語がテスト実装されて我々は驚きました。

Y.H.本作は設定言語が日本語の場合にも、英数字には英字フォントがそのまま使われます。そこで、英字フォントに合う日本語フォントを見つけようと考えました。とにかく、その日中韓共通フォントは避けたかったのです。

――その後、翻訳チームが指定したフォントに変更されたのですね。

狐峯余談ですが、韓国語もテキストだけ実装されてフォントは放置だったので、しばらくは韓国語を選択すると未定義文字を表す四角が表示されていたそうです。

――本作は現在クローズドベータテスト中です。頻繁なアップデートではどんなことが起こりますか?

Y.H.大規模アップデートの前には時々サプライズでクエストが追加されますが、翻訳する暇もなく追加されるのでチーム全員でびっくりしています。本作を長く遊んでくださっているプレイヤーの方々には覚えがあると思いますが、日本語設定にしているのに英語のクエストやメールが出てきたときは大概裏でこういうことが起きています。

狐峯アップデートの少し前に「差分が来るから日曜日までに訳しておいて。」と連絡が来るので間に合うように提出するのですが、アップデート後に確認したら反映されていないのは日常茶飯事です。ゲーム内で表示されるテキストが翻訳用データに含まれていなかったり、その逆に、開発途中で放棄されたテキストが翻訳用データにゴミとして残っていたりすることもあります。突然ほぼすべてのテキストが差し替わることも……。

――翻訳対象の英文がほとんど変わってしまったのですか?

狐峯数ヶ月前のことでしょうか。元々アイテムの説明文は長さがバラバラで、詳細に解説されているものもあれば、防弾ヘルメットとだけ書かれているものもありました。それが大幅に加筆訂正され、新たなスペルミスや文法ミスも追加されて、全部やり直しに近い状態になったのです。正直これに関してはまったく手が回っていません。

――他にもデベロッパーとのやり取りで苦労したことはありますか?

狐峯サプライズ的に動画を公開したりアップデートを発表したりするときの連絡が、その数時間前や事後に来るのです。お国柄なのかデベロッパーの方針なのかはわかりません。

時差の関係で、日本時間の深夜に連絡があると気づかないことがあります。翌日連絡したら、「昨日からバケーションです。ハッピーホリデー!」と返されたことも一度や二度ではありません。12月30日の深夜にショートムービーが公開されて、1月2日に実家から慌てて帰って連絡したところ、1月20日までバケーションを取られていたこともありましたね。

Y.H.ショートムービーの件はさすがに困惑しました。年始に急いで仕上げてくれと言われた実写ムービーの字幕も、結果的にかなり遅れて反映されましたし。すごいホワイト企業っぷりで羨ましいやら腹立たしいやら。

狐峯ショートムービーも映像なしで字幕ファイルだけ渡されるので、「このセリフは誰だ?」、「どういう状況だ?」と首をひねりながら訳しました。他の言語の翻訳者と推測しながら翻訳するのはクイズみたいで楽しかったですけどね。公開後に答え合わせです。

Y.H.すぐに字幕ファイルを提出したのに反映まで数ヶ月掛かったときもあります。すでに提出しているにもかかわらず、ゲームをプレイしてくださっている皆様から「翻訳チーム仕事しろよ!」と言われ始めた時は、「もう提出しているのに……。」と枕を濡らす日々でしたね。

――本作の有志翻訳に参加して嬉しかったことや困ったことを教えてください。

狐峯かなり妙なきっかけで翻訳に参加することになりましたが、学園祭の実行委員会みたいなもので、何か大きな目標に向かって皆で手分けして作業するのは純粋に楽しかったです。久々に学生気分を味わえました。逆に、完成に近づけば近づくほど、語句の統一や誤字脱字のチェック、差分の反映といったつまらない作業が増えて“仕事”になっていきました。仕方がないとは言え、モチベーションの維持が大変です。

Y.H.本作をプレイしていなかった人々が、日本語の正式実装を機にプレイし始めてくれたことが一番嬉しかったです。最初は知る人ぞ知るゲームでしたが、日本の有名な動画配信者やゲーム系メディアが続々と取り上げてくれたことで、ついにはデベロッパーが日本のサーバーまで用意してくれました。ロシア発のマルチプレイヤーゲームが日本語に翻訳され、プレイするサーバーに東京を選べる日が来るとは思っていなかったので、とにかく嬉しかったです。

――公式翻訳を手掛けて見方が変わったことはありますか?

狐峯実際にやってみて、翻訳は最後の方の工程なのにとても時間がかかることがわかりました。ですから、翻訳が原因で国内での発売が遅れるゲームがあるのも仕方がないと思うように……なりませんでしたね。やっぱりゲーマーなので、英語版で良いから海外での発売と同時に遊ばせていただきたいです。“おま国”を許さない派なので(笑)。

Y.H.ボランティアによる有志翻訳のため仕事に取り掛かる時間も自由で、期限による拘束も最小限に止められているおかげでなんとかやってきました。逆に言えば、お金をしっかりもらって仕事として翻訳に取り組んでいる方々は遥かに大変なんだろうと思いますね。

――本作の翻訳で一番難しかったことを教えてください。

狐峯思い返すと翻訳自体で難しいと思ったところはあまりないですね。突然テキストを渡されたり、差し替えがあったり、ロシア人の書く英語の文法が怪しかったりといったことはありましたが。それでも、常にデベロッパーの担当者や他の言語の翻訳者に相談できる環境があったので、苦に感じたことはありません。私一人ではかなり苦労したであろう会話文は、校正班のおかげでとても良い文章が出来たと思います。

Y.H.翻訳に違和感を覚えるけれど、それに代替する言葉が自分の語彙では見つからないときです。ひたすら腕を組んで唸ったり、類語辞典を調べたりしました。それでもなんとか新しい表現を提案して、狐峯さんをはじめとする翻訳班から「いいね。」と言葉を頂いたときはかなり舞い上がりました。

炎上騒動から学ぶべき教訓
翻訳は書き手と読み手を繋ぐものだと考えています

――冒頭で話題に上ったリーダーの交代とその後の経緯についてお尋ねします。言葉の壁がある海外のデベロッパーに、翻訳が原文からかけ離れている状況をどう説明しましたか?

狐峯前リーダーの翻訳を再び英語に戻して原文と一緒に送り、「原文がこれで翻訳がこうなっているが、大丈夫か?」と質問しました。細かい言い回しであれば伝えるのに苦労したでしょうが、彼の場合はちょっと加筆が多すぎたので一発で伝わりました。

――前リーダーを失った翻訳チームはその後どうなりましたか?

狐峯前リーダーと数名が抜けた後、残された旧翻訳チームのメンバーと炎上をきっかけに参加したメンバーが集まって、現在の翻訳チームが出来ました。その後、一ヶ月くらい作業が停滞したのです。私は以前から参加しているP氏(仮名)がリーダーだと思っていて、一方でP氏は新しく来てやる気がある人にリーダーになってもらいたいと考えていました。このままでは埒が明かないので、「ええい、俺がやってやる。」とリーダーを引き受けました。

――混乱した翻訳チームをどのように立て直しましたか?

狐峯正式に私が仕切ることになってからは、大まかな方針の確認、Google ドキュメントの整備、Emissaryや大手Discordサーバー管理者への事情説明、Twitterでの状況報告などを進め、“やってる感”を出しました。そうして私が動き始めたら、チームも動き始めた感じですね。言い出しっぺの法則というか、誰も貧乏くじを引きたがらなかったのです。一度動き出したら、その後はとてもスムーズでした。

Y.H.狐峯さんと彼が集めたメンバーのおかげで、振り出しに戻ったはずの作業が嘘みたいに進んでいきました。

――旧翻訳チームの立場から見て、チームの立て直しになにが一番効果的でしたか?

Y.H.やはり狐峯さんをリーダーに据えたのが大きいと思います。私たちも翻訳チームを立て直すために必死でした。自分の中では、前翻訳チームを崩壊に追いやった大きな原因は狐峯さんだと思っていますが、同時に彼の言い分は概ね正しく思えました。また、英語の読み書きにかなり長けていることはTwitterを通じて知っていたので、彼をなんとか新翻訳チームのリーダーに据えようとP氏と画策していました。

結果はご覧の通りです。すぐにチームを束ね、そこからわずか数ヶ月で翻訳データをデベロッパーに提出できる状態までになりました。狐峯さんは自分を面倒くさがりだと言っていますが、このチーム内で一番動き回っている人です。彼がいなければ、もう少し翻訳チームの再出発も遅れていただろうと思います。

狐峯まさかのヨイショでびっくりです。スタートとゴールを明確にして役割を分担したのが良かったのではないでしょうか。

――直訳では原文のニュアンスが正確に伝わらない場合、原文の意味を汲んで別の言葉で訳す“意訳”や、その国の文化や風習に合わせて訳す“ローカライズ”という翻訳手法が一般的に用いられます。これらの手法についてはどう思いますか?

狐峯まず、翻訳は書き手と読み手を繋ぐものだと考えています。その目的であれば、意訳もローカライズも問題ないと思います。

意訳に関してですが、“No mercy!”を「慈悲を与えるな!」と訳すのが直訳です。しかし、大体は「容赦するな。」とか「徹底的にやれ。」と訳した方がしっくりきますので、直訳にこだわる意味は薄いと思います。

ローカライズだと少し匙加減が難しいですね。本作でも「忙しすぎて天才ロボットのエレクトロニクが欲しいくらいだ。」という言い回しがありますが、これを「ドラ◯もんの手を借りたい。」と訳すと作品の雰囲気を壊します。

ですから、意訳はOK。ローカライズは必要であればやっても良いですが、雰囲気維持とのバランスないし優先順位決めが必要ですね。

――書き手の意図をなるべく正確に読み手に伝えることが大前提なのですね。

Y.H.同じく、意訳もローカライズもまったく問題ないと思います。節度を守って欲しいだけなのです。

キャラクターのセリフに関しては、むしろ翻訳者が一番張り切って訳すべき箇所のはずです。ただ機械的に訳すよりも、キャラクターに命が吹き込まれるような意訳やローカライズなら大歓迎です。あくまで世界観を崩さない範囲ですけれど。

逆に言えば、機械的な説明文に対して命を吹き込んだりするのは、いくら意訳と言えども私は好みません。意訳もローカライズも、訳に正解や不正解はないと思います。原文を尊重しつつ、なるべく多くの人が受け入れてくれる訳を探し出すのが翻訳者の務めだと考えています。

――原文の書き手であるデベロッパーとの意思疎通についてはどう思いますか?

狐峯一部の大手デベロッパーであればそのあたりまで理解しているでしょうが、「指輪物語」のような映画ですら相当揉めましたし、実際の意思疎通は難しそうですね。とはいえ、最近のゲームは翻訳やローカライズが非常に良くできていると思います。

Y.H.デベロッパーとの意思疎通は本当に大事だと思います。狐峯さんはこう言っていますが、最近私がプレイしているゲームはそうでもないことが多いです。明らかに子供の見た目をした人物が厳かな口調でしゃべっていたり、しゃべり方が定まっていなかったり。明らかに渡されたテキストだけを見て翻訳をしているなと思うことが多々あります。

――本作に限らず、有志翻訳で原文からかけ離れた意訳を避けるにはどうすれば良いと思いますか?

狐峯難しい質問ですね。月並みですが、変だなと思ったらすぐに言える環境でしょうか。「その訳は飛躍しすぎてないか?」、「言われてみればそうだな。」と言い合える空気があれば良いと思います。職場の雰囲気作りみたいな話になってしまいますが、翻訳チーム内の空気が悪くならないようには配慮しています。他人の訳に指摘を入れるときは別の部分を褒めるとか、その分自分も指摘を受け入れるとか、正直どちらでも良い部分はあえて合わせるといったことですね。

Y.H.チームでの仕事ならば、翻訳された文章に目を通して忌憚なく意見が言える場を設けることだと思います。今回起こった件は、出された訳文を見てはっきりノーと言うことが出来なかった我々、前翻訳チームメンバーの責任でもありますから。

狐峯忌憚なく意見が言えたのは、校正班という役割を設けたメリットかもしれません。

――校正班はどのような役割を果たしたのですか?

狐峯翻訳チームには翻訳班と校正班の役割分担があります。翻訳班は英語から日本語にガリガリ訳す人で、校正班はその日本語をブラッシュアップする人です。役割を分けた結果、訳文には複数人が目を通すことになり、校正班はチェックするのが仕事なので忌憚なく意見が言えるという効果がありました。翻訳だけしている人同士ですと、どうしても“俺の訳の方が強い”という気持ちがありますから。

Y.H.翻訳者は複数人いるわけですが、“原文に忠実”を掲げていても訳に個性が出て来るのは当然なので、それをまとめて平滑にするのも校正の役割だと考えています。

――今回の事例から得た教訓を教えてください。他の有志翻訳者はそこからなにを学ぶべきでしょうか?

狐峯多人数が関わるプロジェクトであれば、仕組みとして安全装置を用意しておいた方が良いですね。結局、リーダーが仕切る必要はありますが、権限が集中しすぎるのも良くないと思います。

Y.H.本当にそのゲームを翻訳したい思いがあるなら、人間関係の不和を恐れず何度でも話し合って欲しいです。それを言うことで現状が良くなると少しでも思ったなら意見を言って欲しいし、逆に他のメンバーの意見もよく聞いてあげて欲しいですね。何事も“話し合う”のが一番大事なんだと思いました。

狐峯まとめると、「事故を起こさないように話し合おう。それでも事故が起きたとき、最悪の結果にならない仕組みは確保しておこう。」という感じですね。

現場からのメッセージ
校正は翻訳者が仕上げた99%の仕事を100%にすることだと考えています

――これから有志翻訳を志す方へ一言アドバイスをお願いします。

狐峯もし、自分の好きなゲームがあって翻訳で貢献したいと思うのであれば、物怖じせずにとりあえずデベロッパーにコンタクトを取ってみると良いと思います。他の有志翻訳者のインタビューも拝読しましたが、自分からコンタクトを取っている人が多いですしね。

Y.H.翻訳をする際は、どうかその作品を愛してあげてください。その世界がどう動いて、その世界で暮らすキャラクターたちがどう生きているのか、想像を隅々まで張り巡らせてください。翻訳はきっと二次創作と同じようなもので、作品への愛と知識を持つことが第一歩だと思います。

――有志翻訳者としてゲーム開発者やゲーム業界に伝えたいことはありますか?

狐峯プロの翻訳者に任せるのが一番だと思いますが、事情があって有志翻訳を使うのであれば、最低でも一部を抜き出してチェックしたり、要望を寄せられるフォーラムを用意したりといった仕組みがあるべきです。ボランティアを疑えと言っているわけではなく、品質を確保するのはあくまでデベロッパー側の責務だと思うからです。

また、いくら熱意のある人が集まったとしても、何度も手戻りや修正が発生するとモチベーションを維持するのは相当に厳しくなります。お金がもらえる仕事でもそうなのですから、そのような点も気にしていただきたいです。切実に(笑)。

Y.H.本作の有志翻訳に関わる中で、最初は翻訳スタッフと校正スタッフを分ける必要があるのだろうかと思う時もありました。しかし、今は自信を持って言えます。翻訳プロジェクトにプロの校正スタッフを入れておけばきっと重宝します。

校正というものは、翻訳者が仕上げてくれた99%の仕事を、100%にすることだと考えています。「たった1%?」と思うでしょうが、この1%こそプレイヤーが違和感を覚えたり、不満に思ってしまうものです。外国語を日本語に訳すプロを雇うなら、その日本語が正しい表現なのかを判断する日本語のプロも雇ってしまいましょう。

――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。