ここ数年、「インク沼」という言葉をよく耳にするようになりました。万年筆のインクにハマってコレクションすることを指します。

かつて、黒やブルーブラックといったシックな定番色ばかりだった万年筆のインクが、近年はカラフルになっていることで人気が加熱。さらにブランドや店、地域とコラボレーションした限定インクや、インクをミックスして好きな色にカスタマイズできる店が登場するなど、コレクター心をくすぐる商品や仕掛けが次々と生まれ、その人気に拍車をかけています。

 

今回は、そんなインク沼にハマったひとり、FM OZEで文房具をテーマとしたラジオ番組『他故となおみのブンボーグ大作戦!』を担当しているふじいなおみさんに取材。なかでもコレクションがライフワークとなっている“ご当地インク”の魅力を教えていただきました。

 

ご当地インクとは? すでに1000種類以上も存在

万年筆のインクは、手軽に扱える「カートリッジタイプ」が定着しているため、万年筆を日常的に使わない人には、ボトルタイプのインクは縁遠い存在かもしれません。ところが今、そのボトルタイプのインクが続々と発売されているのです。さまざまなカラーのボトルインクを手軽に楽しむために、最近では“ガラスペン”も注目されるなど、万年筆のインクを取り巻く話題は尽きません。

 

元々文房具マニアだったふじいさんも、店でカラフルな万年筆用のインクを見かけて一気にのめりこんでいったと言います。とくに沼にハマったのが、「ご当地インク」というジャンル。

↑文房具プレゼンターとして活動するふじいなおみさん

 

「“ご当地インク”とは俗称で、コレと言った定義があるわけではありません。広義では各地の文具店やメーカーが製造・販売する“お店限定インク”を意味しますし、狭義としては“その土地の色を表現したインク”と解釈できると感じています。2006年、北海道にある大丸藤井セントラルさんがセーラー万年筆とともに、店舗オリジナルインクを製造・販売したことがご当地インクの起源と言われていますが、2007年に兵庫県にあるナガサワ文具センターさんで『Kobe INK物語』を売り出したことが、ブレイクのきっかけとなりました。インクの色味が個性豊かでどれも可愛いのはもちろんですが、瓶も可愛くてコレクター心をくすぐるんです。現在では、1000種類以上のご当地インクがあると言われています」(ふじいなおみさん)

↑北海道の四季からイメージした植物などをモチーフにした「セントラルオリジナルインクシリーズ」。「これがご当地インクの元祖と言われています。『四季』というシリーズで、2020年に復刻されました。この3つに加えてラベンダーがあるのですが人気で入手できず……」とふじいさん

 

↑種類も豊富な「Kobe INK物語」

 

自宅には、600種類以上のインクを保管しているふじいさん。今回は特別に“インク沼”入門編におすすめのインクを紹介していただきましょう。

 

迷ったら“地元のインク”から探してみよう

まず、どのようにお気に入りのインクを探したらいいでしょうか?

 

「直感で選んでもらってもいいですが、インクと一言に言ってもたくさんの種類があるので、個人的なおすすめは“地元のインク”から始めることです。私は北海道出身なので、『函館トワイライトブルー(北海道・石田文具)』はもう、たまらない色ですね。函館山から見た夕暮れの空をイメージしたインクなのですが、インクを使うたび思い出が蘇り、懐かしく感じられます」

↑北海道の石田文具が展開するオリジナルインク。左から「函館トワイライトブルー」「函館山」「函館がごめ」

 

↑「函館トワイライトブルー」をオーナメントニブというペン先を装着したつけペンで書いてみると……青に加えて“夕焼けの赤”もうっすらと。液体として見える色味、書きたての色味、インクが乾いてからの色味と、同じインクでも表情が変わってきます

 

「また、最近では“香り付き”のインクも出ているんです。群馬県にある文具店・三田三昭堂さんと『からっぽペン』を作っている文具メーカー・呉竹さんがコラボレーションした『墨インク 珈琲』は、高級感ある切子ガラスの瓶に入ったインクなのですが、ちゃんとコーヒーの色と香りがするんです。また、長崎県にある文具店・石丸文行堂には、岩下食品とコラボレーションした『岩下の新生姜』の香りと色が楽しめるインクもありますよ」

↑墨インクには「墨インク 珈琲」の他にも、龍脳、伽羅、檜など6種類が展開されています

 

↑「岩下の新生姜万年筆インク」。長崎にある石丸文行堂からの提案で実現したインク。製造は文具女子からの熱い信頼を集める“トノリム”ことTono & Limsが担当

 

「岩下の新生姜万年筆インク」は、通販でも購入が可能。オンラインストアでは万年筆とセットになったスターターセットも販売されているので、ここから始める! というのも楽しいかもしれません。

 

「他にも、『どうしてこれを?』と思うような面白いインクも多数あります。例えば、北海道北斗市公式のキャラクター“ずーしーほっきー”の尻尾部分をイメージして作られた『ほっきーるーじゅ』(北海道・石田文具)、COLOR TRAVELERシリーズの中でも攻めたカラーの『讃岐うどんだしゴールド』(広島・多山文具)。また北関東を中心に展開している趣味の専門店JOYFUL2が手がけた群馬県『上州焼きまんじゅうブラウン』と茨城県の『納豆ブラウン』は、色比べをするのも楽しいカラーです」

↑北海道の石田文具が展開するオリジナルインク。左から「函館八幡坂ブルー」「渋墨」「ほっきーるーじゅ」

 

↑同じく北海道の石田文具が展開するオリジナルインク。左から「金森赤レンガ」「遺愛学院」「函館カレー」

 

↑「讃岐うどんだしゴールド」は、広島県の多山文具が手がけるCOLOR TRAVELERシリーズのひとつで、他にも「牡蠣(オイスター)シルバー」「広島ソウルフードブラウン」など、名称も個性的なカラーがたくさん

 

↑左が群馬県「上州焼きまんじゅうブラウン」、右が茨城県の「納豆ブラウン」。他にも群馬・茨城・栃木にまつわるカラーが展開されています

 

「王道ながら攻めているインクもあって、紙の上で旅する万年筆をコンセプトに作られた『京阪電車ステーションカラー万年筆用インク』(京都・文具店TAG)や、スズキのジムニーや日産のスカイラインGT-Rなど車体カラーをイメージした車好きにはたまらない『名車インクコレクションシリーズ』(神奈川・湘南garage)、『セントラルオリジナルインクシリーズ』(北海道・大丸藤井セントラル)は、北海道に由来する植物や生物をイメージしたインクも人気のご当地インクです」

↑京都の文具店TAGと京阪電車が共同開発したインクは「七条駅(うすふじ)」、「清水五条(せいじ)」(写真左)、「祇園四条(うこん)」(写真右)、「三条(うすあけ)」の4駅が販売されました

 

↑「名車インクコレクションシリーズ」は、スズキと日産がそれぞれ監修も行なった本格アイテム。オンラインショップ湘南garageで購入可能

 

通販で購入できるもの、直接店舗に行かないと買えないもの、電話で取り寄せできるもの、イベント出展で購入できるものなど入手方法はさまざま。SNSのハッシュタグ「#ご当地インク」「#インク沼」などでインク仲間と情報交換を行うのも楽しいと教えてくれました。

 

インクの可能性は無限大。楽しみ方もさまざま!

たくさんのインクを紹介していただきましたが、ふじいさんは集めたインクをどのように保管・管理しているのでしょうか? 集めた後の楽しみ方について教えていただきました。

 

「コレクションして飾っておくのもいいですが、せっかくなら“書いて”楽しみたいですよね。ガラスペンがあれば、ボトルインクに直接ペン先を入れて紙に書くことができますし、万年筆もコンバーターを装着すれば、好きな色のインクを使うことができます」

※色が混ざってしまうこともあるので、使う前にはペン先&コンバーターをしっかり水洗いしましょう。

↑取材時にもたくさんのペンを持参してくれたふじいさん。書き味やインクとの相性なども考慮していると、インク沼から万年筆沼、さらに紙沼にもハマってしまい、沼の広がりは止めど無し

 

「実は、インクには消費期限(開封から2〜3年が目安)があるんです光による変色もあるので、なるべく箱に入れて暗所で保管するのがいいでしょう。でも、正直この期限内に使いきれない! ということもあるので、お迎えしたら(手に入れたら)まず、カード型の『インク帳』に書き溜めておくことを習慣にしています。私は、1枚目に書き味、色味、購入した日など自分で作ったフォーマットに記入し、2枚目は『ヌルリフィル』(特殊加工したユポ紙)という最高の書き心地を味わえる特殊な紙に記入、3枚目としてインクにどんな色が配合されているのかチェックできるクロマトグラフィーにまとめています」

↑ふじいさんのインク帳。眺めているだけでも個性豊かなご当地インクの楽しさを味わえます

 

「また最近では、『インク採集キット』という蝶をモチーフにしたキットも販売されています。水の入ったビーカーの上に蝶を吊るし、羽の下にインクを垂らしてしばらく浸しておくと、羽全体にきれいな模様が浮かび上がってくる“インク蝶”を作るキット。小さなお子さんでも簡単にできるので、自由研究やおうち時間のお供としても楽しく使ってもらえると思います。同じ青でも、インク蝶を使うことでインクに含まれる色の分析ができるので、化学の勉強にもなりますよ」

↑これまでふじいさんが集めてきたインク蝶たち。本物の蝶のように鮮やかです

 

↑インク蝶を『岩下の新生姜万年筆インク』で作ってみると、ピンクだけでなくうっすら黄色の色味も浮かび上がってきました。インクを垂らし、水につけてから10分ほどでインク蝶は完成

 

さらにふじいさん、この度とうとう、オリジナルインクを作ってしまったのだそう! 一体どんなインクを作ったのでしょうか?

 

「今回、トークライブに合わせて『なんでもない日の小さな思い出』という名前のインクを、セーラー万年筆さんとのコラボで制作させてもらいました。ボトルについているイラストも、このインクで万年筆画家のサトウヒロシさんに描いてもらったもの。2020年末くらいからこの企画が始まり、セピア色のインクが完成しました」

↑2021年10月16日に行われたトークライブ『ご当地インクでSHOW!』に合わせて完成したオリジナルインク「なんでもない日の小さな思い出」

 

こうしてインクを集めていくうちに、ふじいさんの暮らしも華やかに楽しくなってきたそう。インク好きの仲間との交流を通じて新しいインクを知ったり、「あの子は名古屋出身だから、名古屋のインクでお手紙を書いてみよう」とインクが縁を深めてくれたり、ふじいさんを日々刺激してくれていると話します。

↑耳元にはインクボトルインクのイヤリングが。「ご当地インクの正装で来ました」とのこと。ありがとうございます!

 

↑この日履いてきてくれたスカートまで手作り! インク柄の布からオーダーし、自作したのだとか

 

手書きの機会は減っていますが、だからこそインクを通じて書く楽しさ、知識を深め広げていく楽しさ、日本の魅力を再発見する楽しさを感じられるはず。まずは、ご当地インク沼に浸かる所から始めてみてはいかがでしょうか。

 

【プロフィール】

ラジオパーソナリティ、文房具プレゼンター/ふじいなおみさん

北海道札幌市生まれ。FM OZEで放送中のラジオ番組「他故となおみのブンボーグ大作戦!」のパーソナリティ及び制作・技術を担当。他故壁氏さんとユニット「たこなお文具堂」として、文房具の楽しさを伝える活動を開始。万年筆インク(中でもご当地インク)コレクターであり、2015年生まれの娘とともに学童文具の観察を行う。

 

 

取材・文/つるたちかこ 撮影/我妻慶一