こんにちは、書評家の卯月 鮎です。「だまされるほうが悪い」なんていう人もいますが、一昔前の「オレオレ詐欺」に代表される特殊詐欺は、最近ますます巧妙かつ大胆になってきているそうです。想定していないことが起こると頭が真っ白になって、次々と連鎖的にミスをしてしまう私は、本当に気をつけないとすぐに詐欺に引っかかってしまうかもしれないなと、ニュースを見ていて思います。

 

直接の被害者はお金をだまし取られる側。しかし、実行犯である末端の若者もまた、だまされたり、脅されたりして加担しているケースがほとんどのようで、「だまされるほうが悪い」で済まない複雑さが特殊詐欺のたちの悪いところかもしれません。

末端メンバーから見た特殊詐欺の実像

さて、今回紹介するのは新書『ルポ 特殊詐欺』(田崎 基・著/ちくま新書)。特殊詐欺というと「どうしてだまされたか?」など被害者側の事情を追うことが多いですが、本書は「犯人の側から事件を見たルポルタージュ」になっています。どういう組織で犯罪が行われているか、末端のメンバーはどのような人たちか、そして、そこにどのような動機があるのか。特殊詐欺の裏に隠れている社会問題までも透けて見えてきます。

 

著者の田崎 基さんは神奈川新聞記者。デジタル編集部、報道部遊軍記者、経済部キャップ、報道部(司法担当)を経て、現在報道部デスク。著書に『令和日本の敗戦』(ちくま新書)があります。本書は神奈川新聞の連載に加筆修正、追加取材してまとめられたものとなっています。

SNSで拡散される危ない仕事とは?

まずは、「はじめに」で特殊詐欺の被害額などのデータが示されています。警察庁が特殊詐欺を類型化して捕捉したのが2004年。以来、年間200〜300億円の被害が続き、ピークの2014年は年間565億円に! 摘発の強化で多少減ってきてはいるものの、昨年も282億円といまだ多額の被害が発生しています。認知件数も年間およそ1万5000〜2万件。単純計算で1日40〜50件発生していると考えると恐ろしいですね。

 

第1章「暗躍する捨て駒たち」では、特殊詐欺グループのメンバーそれぞれの事例が、取材や裁判資料、供述から掘り下げられています。まずはATMから現金を引き出す役割の「出し子」だった川上博(仮名、逮捕当時28歳)のケース。

 

借金がかさんで紹介された危険な「仕事」は、引き出し額のたった1.5%という報酬。あるとき、ATMから通帳が戻ってこず、焦って繰り返し操作をしていたところ、背後から通帳を持った警察官に声をかけられ、とっさに「拾いました」と嘘をつきます。その場はなんとか乗り切ったものの、指示役の男に報告した数日後、その男から失敗の損害の合算として「1000万円出せ」と脅され、追い詰められた川上は……。

 

詐欺の実行犯として電話をかける「かけ子」、被害者から現金やカードを受け取る「受け子」、特殊詐欺グループを率いる「主導役」。さらにその上の人物もいるようで、まるで会社組織のように役割分担がなされ、数人を逮捕しただけでは、全容が解明されないことがよくわかります。

 

グループ上層部からの過激化する指示に末端が暴走し、凶悪犯罪を起こしてしまったケースに焦点を当てた第2章「粗暴化する特殊詐欺」、特殊詐欺グループの上がりを持ち逃げする「飛び」専門の犯罪者を追った第3章「より巧妙に、より複雑に」……。第5章では神奈川県内で高齢者からキャッシュカードや現金をだまし取った実行犯2人の生い立ちにも迫っています。

 

読んでいて見えてくるのは、生活苦などを理由に、SNSを通して「稼げるバイト」に応募し、深みにハマってしまう若者たちの姿。これは匿名で簡単に人を集められるSNS社会の負の側面でしょう。

 

取材に裏打ちされたルポは厚みがあり、事件の裏側に潜む社会問題にもしっかり触れられています。ことさら読者の興味をかき立てるようなスキャンダラスな描き方は抑えめで、新聞連載らしい誠実さを感じます。

 

自分が被害者になる可能性はもちろん、うっかり加害者側に加担してしまう場合もあるかもしれない。他人事ではない、身近な闇がそこにありました。

 

【書籍紹介】

ルポ 特殊詐欺

著:田崎 基
発行:筑摩書房

強盗まがいの凶行で数百万円だまし取られる被害者。「家族を殺すぞ」と脅され、犯行から抜け出せない末端従事の若者。今最も身近で凶悪な犯罪のリアルに迫る。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。