Illustration: Elena Scotti (Photos: Getty Images, Wikimedia Commons)

いま私たちが受けている便利な「ウェアラブル」の恩恵は、先人たちの壮大な挑戦と敗北の上に成り立っているのです…。

今「ウェアラブル」と聞いたなら、おそらくApple Watchや各社が出している様々なフィットネストラッカー、またOculus等のVRヘッドセットを頭に思い浮かべるでしょう。しかしこれらのガジェットたちは、突然降って湧いて栄華を極めているわけではありません。過去に死屍累々と散っていった先人の存在があってこそ、今のウェアラブルガジェットたちが繁栄することができているのです。

ウェアラブルガジェットが本格的に普及しだしたのは2010年代に入ってからですが、実はウェアラブルには長ーい歴史が存在しています。遡ること17世紀、中国の学者たちは、小さな指輪型の「ウェアラブルそろばん」を発明しました。つまり世界初のスマートリングがこの頃から存在していたのです。お、おう、確かに「ウェアラブルでスマートなリング」と言えなくもない。そんなはるか昔から、世界中の技術者たちは一般人も使えるウェアラブルを開発するために、多くの試行錯誤が行ってきました。

今回は、もう忘れ去られてしまったか、忘れ去られてしまいそうな、過去華麗に散っていったウェアラブルガジェットたちに思いを馳せてみたいと思います。

セイコー テレビウォッチ

Image: EPSON

およそ40年前、時は1980年代、技術大国ニッポンの至高のテックを詰め込んだ一品が存在していました。

1982年12月に発売された、1.2インチ液晶モニターを搭載した世界初のテレビ付き腕時計、セイコーのテレビウォッチ「Seiko T001 Watch」です。当時の「Journal of Electronic Engineering」誌では、「SFの世界から飛び出してきたようだ」と評し、1983年に公開されたジェームズ・ボンドの映画「007 オクトパシー」にも登場しました。

ブラウン管テレビの時代に、1.2インチ液晶モニターを搭載した腕時計というのは、非常に斬新で画期的でした。問題は画質が異常に悪いこと、そしてウォークマンサイズの受信機を持ち歩かなければならないことでした。黒いケーブルで受信機とテレビウォッチを接続するのですが、当時セイコーは、ケーブルをジャケットの袖に通して使うことを推奨していました。音を聞きたい時は、テレビウォッチに受信機を接続して、さらにヘッドフォンも接続しないといけません。腕時計でテレビを見るのに大変な努力が必要だった時代です。当時の定価は10万8000円だったそうです。ジェームス・ボンドには大した額ではありませんが、当時の一般人からしたらかなり高額でした。

1983年当時のNew York Timesによれば、発売から9ヶ月間で売れたのは、日本でたった2200個のみ。

最初はアメリカの小売店でも熱狂的に支持されていたようですが、「限られた市場にしか受け入れられないのではないか」という懐疑的な意見もあったようです(そりゃそうだろう)。

また、セイコーの技術者が「この液晶画面は7年しか持たない」と言ったことも懸念でした。今の常識的には、スマートウォッチが7年持てば十分だと思いますが、当時は「7年しか持たないテレビ」は、一般には受け入れられづらかったでしょう。

ちなみに当時、ソニーや英シンクレア社からもっと安価な「ポケットテレビ」を発売していました。ソニーの「ウォッチマン」は約80ドルで、受信機を接続するような手間もありませんでした。

ニンテンドー パワーグローブ

1989年、ファミコン用のコントローラーである「パワーグローブ」というものが発売されました。任天堂公式ライセンス製品として、アメリカの玩具メーカー・マテル社が開発、販売したのですが、任天堂は設計や発売には関わっていません。

グローブの中にファミコンのコントローラーが内蔵されていて、コマンド用のボタンがあり、手の動きでキャラクターを操作することができます。今でこそジェスチャーによるモーション・コントロールは珍しくありませんが、パワーグローブは一般消費者向けに発売された最初の製品のひとつとして画期的でした。

実はこのグローブ、当初はゲーム用に開発されたものではなく、当時MITの学生だったトーマスジマーマン氏が考案した「Data Glove」から始まりました。ジマーマン氏は、Atari社でバーチャルリアリティの創始者の一人であるジャロン・ラニアー氏と出会いますが、1983年に、ジマーマン氏とラニアー氏は解雇されてしまいます。その後2人はVPLリサーチ社を設立し、「Data Glove」を開発しました。

このグローブは、NASAをはじめとする科学者たちの関心を集めましたが、ジマーマン氏とラニアー氏は、より多くの人に使ってもらいたいと考えたようです。Abrams/Gentile Entertainment(AGE)社とライセンス契約を結び、それがマテル社へつながっていきます。彼らの挑戦は、本来なら1万ドル近くするハイテク機器を、一般の人でも買える100ドル以下の商品にすることでした。1990年8月号のNew York Magazineの記事の言葉を借りると、「8800ドルのハイテクグローブを89ドルで、耐摩耗性があるおもちゃにするには、デザイン上の妥協が必要でした」とのことです。

このグローブは、80年代のビデオゲーム映画「The Wizard」に登場。この映画はちょうどクリスマスに公開されたので、パワーグローブは1989年に最も人気のあるおもちゃになるはずでしたが、問題は、実際に使ってみると、そこまでクールじゃなかったことです。

キャリブレーションが難しくてすぐに入力に失敗してしまうこともありましたが、そもそもこのグローブの専用ゲームは2つしかなく、そのうちひとつは発売されるまで1年近くかかりました。既存のファミコンソフトで使うには困難だったのです。

子どもたちは、途端に「パワーグローブに騙された」「パワーグローブは最悪だ」と気づいてしまったのでした。そして…、1年持たずに製造中止となったのです。時代が早すぎた。

今では、任天堂のWiiリモコンやジョイコン、そしてOculusコントローラーなどにパワーグローブの面影が見られます。そして、今も生き残るパワーグローブたちは、音楽や、ストップモーションアニメストップモーションアニメなどのプロジェクトに活用されています。

Google Glass Explorer Edition

初代Google Grass Photo: Peppinuzzo / Shutterstock.com

Google Glass 初代モデルなら、覚えている方も結構いるのではないでしょうか。

2012年、グーグルは一般消費者向けのAR(拡張現実)メガネのビジョンを世界に示すコンセプトビデオを公開しました。いま見てもクールです。そして2013年に発売されたGoogle Glassは、デバイスを操作するためのタッチパッドが側面に組み込まれていて、写真や動画を撮影するためのカメラも搭載されていました。自分の周りにホログラムを投影するまでには至りませんでしたが、LEDディスプレイに画像を投影し、それを目に映すこともできました。

当時の中でも間違いなくもっとも先進的な消費者向けのデバイスのひとつだったのですが、なぜ失敗しちゃったのでしょうか?

それは、1500ドルという高価格のわりにはできることが少なかったからです。ハンズフリーで写真が撮れたり、いくつか便利なアプリはあったのですが、そのコストに見合うだけのキラーアプリがありませんでした。さらに世界はGoogle Glassを受け入れる準備ができていませんでした。Google Glassユーザーは「グラスホール」と揶揄され、メガネを装着すると悪目立ちするので、その姿が「歩く監視カメラ」と言われたり、プライバシーに関する議論を巻き起こしました。バーで、女性の顔からGoogle Glassが奪われた事例もありました。

一般市民がこのメガネをかけて日常を過ごす未来が完全に潰えたわけではありませんが、グーグルは、現代の制約上ではこのデバイスは消費者向けではなく、企業向けの方がよいだろうと方針転換をしました。Northといった企業も一般消費者向けのスマートグラスの夢を追い続けていますが、今のところ成功はしていません。そして今、Facebookや、サムスン、アップルなどの企業も独自のスマートグラスの開発に取り組んでいます。もちろん、Googleも諦めていません。

Fossil Wrist PDA

このPalm OSを搭載したスマートウォッチのデビューは2003年、PDAが流行っていた時代です。Fossil Wrist PDAは、モバイルデバイス部門で「best of COMDEX award」を受賞するなど、評判も上々でした。ディック・トレーシー(アメリカの映画)の時計に似ているとレビューされたりしましたが、実際のところそれなりにソフトウェアを動かすことができました。

しかし、初期のスマートウォッチの多くがそうだったように、Fossil Wrist PDAは、かさばる、見た目がダサい、普通のPDAと比べてもそこまえで軽くない、小さい画面、バッテリーが持たない、防水性の低さなどなど、数々の難点がありました。

もちろん、2000年代前半に登場したスマートウォッチはFossil Wrist PDAだけじゃありません。Suunto、Garmin、シチズンなどが、マイクロソフトの 「MSN Direct SPOT service」(インターネットに接続する腕時計のためのワイヤレス情報配信サービス)を活用していました。

このサービスは、Bluetooth、Wi-Fi、2Gも普及していない前時代に、既存のFMラジオ信号を利用して、ワイヤレスでコンテンツをデバイスに配信するという、よくできた仕組みでした。Fossil Wrist PDAは今見ると古臭いですが、カスタムウォッチフェイスや、天気、カレンダー、交通情報、スポーツのスコアなど、スマートな通知機能を備えた初の時計でもありました。

当時の残酷な米CNETのレビューでは、「マイクロソフトの「MSN Direct SPOT service」は不十分で、スマートウォッチの歴史は浅く、特にPDAタイプの製品は、このジャンル全体で成長していかなければならない。つまり、マイクロソフトのSPOTウォッチには良いものがたくさんあるが、Fossil Wrist PDAにはあまり良いところがあまりない」と評しています。

しかし、この時代のスマートウォッチの登場は、タイミングが悪かったと言わざるを得ません。2003年に発売されるはずだった「Fossil Wrist PDA」ですが、実際は発売まで2年間を延期され、2005年1月にようやく市場に登場。しかし結局、販売不振でその年末には販売終了となってしまいました。南無…。

「MSN Direct SPOT service」対応のウォッチも2Gの無線ネットワークの登場によってその役目を終えました。2007年には、初のスマートフォンが登場し、先駆的なウェアラブル製品でもより多くの機能が搭載できるようになりました。2012年1月1日に、マイクロソフトはSPOT FMシステム全体を終了したのでした。

Xybernaut Poma Wearable PC

Photo: Hulton Archive / Getty Images

「ウェアラブルコンピューティングの父」であるスティーブ・マン氏が開発した「EyeTap」に代表されるように、初期のウェアラブル製品には独特でSF的な雰囲気がありました。しかし、スティーブ・マン氏の開発方向性は、ウェアラブルのヘッドアップディスプレイ(人間の視野に直接情報を映し出すディスプレイ)のコンセプトを探ることに重点が置かれていましたが、「Xybernaut Poma」のウェアラブルPCは、一般消費者向けに開発されました。

2002年のCESでお披露目されたこのデバイスは、XybernautのウェアラブルPC「Mobile Assistant IV」を、もっとシュッとさせたものです。Windows CEを搭載したヘッドマウントディスプレイ(HMD)で、日立とのパートナーシップのもとデザインされました。128MHzのRISCプロセッサと32MBのRAMを搭載し、コンパクトフラッシュカードとUSBのスロットがありました。このヘッドセットは、顔の前に13インチの800×600のカラースクリーンがあり、指でカーソルをなぞったり、クリックしたりできる、ポインティングデバイスとして操作できます。 「移動して働く人」をターゲットにしていて、本体とHMDを合わせた重量は1ポンド(約453グラム)で、バッテリーは3時間、価格も1500ドルと高額でした。Scientific American誌では、「派手だけど機能的ではない」と評しています。

今見ても「Xybernaut Poma」の外観は笑えますが、当時はリアルタイムで録画ができることもあり、法執行機関や NASAからも注目されていましたが、めちゃくちゃ高い上に、あまり実用的ではなかったので失敗に終わってしまいました。また、このデバイスを開発したXybernaut社は詐欺罪で告発されたりして、2005年に自己破産。ワシントン・ポストによるとXybernaut社は、デバイスを売るよりも株を売る方が圧倒的に上手いと揶揄しています。それもそのはず、ウェアラブルPCの販売数は1万台に満たず、33四半期一度も黒字を出せないにもかかわらず、2億株以上を放出していたのです。そして2007年、Xybernautの創業者たちは詐欺罪で起訴されました。いろんな意味で幻のデバイスです。

Pebble

Photo: ギズモード・ジャパン

今から9年前の2012年、初代のPebbleがKickstarterに登場。1週間足らずで330万ドルを調達するという記録的な成果をあげ、最終的には1030万ドルの支援を受けるという、当時のKickstarterの過去最高額を達成しました。Pebbleは当時黎明期だったクラウドファンディング発で、そしてコアなファンが多いプロダクトとして脚光を浴びました。

2013年から2016年にかけてPebbleは200万個以上の時計を販売しました。当時のPebbbleは、適切なタイミングに適切なポジションにいるという幸運にも恵まれました。2014年のCESはウェアラブルが話題となり、この分野の波が一気にやってきました。同年末のGoogle I/OでAndroid Wearが発表され、Fitbitはプロダクトラインを拡大し始めました。

フィットネストラッカー系が多数を占める領域で、Pebbleは7日間のバッテリー寿命、iOSとAndroid両方にペアリング機能で、アプリは第三者も開発が可能な健全なエコシステムが保たれ、この領域ではしばらく一定の地位を保つことができました。さらにPebbleには、GPS、Bluetooth、カスタムウォッチフェイス、スマートな通知機能など、現代のスマートウォッチに求められるすべての機能をすでに備えていたのです。そして独自のEインクスクリーンは、Pebbleファンの間では今でも語り継がれるほど愛されていました。また、多くのその他の初期ウェアラブルとは違い、Pebbleは150ドル前後と最初からお手頃な価格でした。

Pebbleは愛されていましたが、もちろん完璧ではありませんでした。生産が遅れがちなのは言わずもがな、大きな問題は市場の判断を誤ってしまったことです。Pebbleは、消費者は健康状態を数値化するためのデバイスではなく、生産性を向上させるためのデバイスを求めていると考えていたのです。Pebbleの終焉について書かれたWiredの記事によれば、「Appleはファッション性を重視し、Pebbleは生産性とサードパーティからのイノベーションを重視したが、これはコストがかかる回り道だった。スマートウォッチ市場は、ヘルス&フィットネスに根ざしている」と分析しています。確かに、毎回PebbleはKickstarterのキャンペーンで数百万ドルの支援を達成し続けていましたが、それが懸念でもありました。

そんなに売れているのなら、なぜクラウドファンディングに頼って製品を市場に投入し続けたのか。Pebbleは、シチズンから7億4,000万ドル(約852億円)、インテルから7,000万ドル(約80億円)の買収オファーを受けていたそうですが、蹴りました。最終的に、Pebbleは2016年に2300万ドル(約25億円)でFitbitに売却され、ファンを多いに悲しませたのでした。Pebbleのサポートは2018年で終了し、そして2019年、かつてのPebble開発者達が、Pebbleを延命するための非公式グループ「Rebble」を爆誕させました。

Pebbleの優れた機能はFitbitにも引き継がれ、Open SDKも実装され、Pebbleの血は流れていると思います。

しかしPebbleの例で、いかに優れたプロダクトで熱心なファンがついていても、ビジネス判断を間違えてしまうと、それは不可逆的でプロダクト生命はあっさり絶たれてしまうことを思い知らされます。