日いずるかつての半導体帝国、「信頼できる2ナノ」で再興なるか
Gizmodo Japan6/16(月)18:00

日いずるかつての半導体帝国、「信頼できる2ナノ」で再興なるか
Image: Shutterstock / Edit: ギズモード・ジャパン
日本の2nmは日本車みたいに、「壊れにくい」という信頼性の高さを売りにしていく戦略なのかも。
ご存知ではない人もいるかもしれませんが、1970〜80年代、日本は半導体帝国だったんです。製造する半導体はもちろん、半導体製造機器や、研磨材などの周辺分野も日本勢が強かったんですよね。
でも90年代に入ってから、海外企業との熾烈な競争や貿易摩擦による日米の対立に巻き込まれた結果、CPUをはじめとするロジック半導体の分野から日本勢の多くが撤退。半導体製造の最前線はTSMC、インテル、サムスンといった海外企業が中心となり、今や彼らは2nm(ナノメートル)のプロセスルール*でバチバチとやり合う関係となっています。
*プロセスルール:半導体のトランジスタや配線のサイズの指標。微細化が進むほど、高性能・低消費電力・高集積化といったメリットが得られる。
ところがいま、2022年末に生まれた日本の半導体企業、ラピダス(Rapidus)に注目が集まっています。政府からとりつけた支援総額は3300億円超。トヨタ・ソニー・NTTなど、名だたるプレイヤーたちも出資したこの日本企業も、半導体の最前線・2nmの世界に飛び込むことを宣言しています。
いまから半導体産業に殴り込むラピダス、どうすれば半導体の巨人たちと渡り合えるのか...? しかし、半導体の専門家である、 安生健一朗(あんじょう けんいちろう) さんの分析によれば、ラピダスには他企業にはないストロングポイントがありそうです。
世界で戦える、日本生まれの2nmロジック半導体
──率直にお聞きします。日本の半導体製造の現状はどんな感じなのでしょうか。
安生: パワー半導体やイメージセンサーなど、ロジック半導体ではないものは今でも大きなシェアを握っています。特にイメージセンサーは強いですね。しかし今回のテーマとなるラピダスは、ずっと日本が競争力を失い続けていたロジック半導体分野でのシェア獲得を狙っています。彼らはTSMCやインテル、サムスンと同じように2nmロジック半導体の生産に着手しています。
──いきなり2nmですか?
安生: 近年になって作られた新興企業が、いきなり最先端である2nmのロジック半導体を作れるようになることには理由があります。実はIBMからライセンスを獲得しているんですよ。
IBMはかつて製造部門を持っていましたが、2014 年にグローバルファウンドリーズというAMD からスピンアウトしたファウダリー企業に売却しました。今は研究開発に特化して、半導体技術のライセンスでビジネスしているんですね。実は他社の半導体製造技術も、IBMのライセンスを利用しているケースは多いんですよ。
もちろん、技術をライセンスすればすぐ半導体を製造できるわけではないです。工場を立ち上げるには、高度な生産装置が必要で、ここが一番厄介な部分です。しかし、 日本には世界的な半導体製造機器メーカーがたくさんあります。
例えば、露光装置ではキヤノンや富士フイルム、加工装置だとディスコやサムコ、素材メーカーでは信越化学とか新光電機、パッケージ基板で言えばイビデンなどなど。そこで国策としての意向もあって、ラピダスが生まれ、日本にロジック半導体の工場を作ることになりました。
半導体製造機器メーカーたちにとっても、今までは先端の半導体技術についてはピースを海外に売る業務が主でしたが、日本に工場が生まれることによって、日本製の最新半導体テクノロジーをチップ化して世界中に提供していくビジネス形態を目指すことが可能になります。
いままでにも何度か触れてきましたが、半導体を海外のメーカーに頼りきることには、地政学リスクがつきまといます。国家間の関係が悪化した時にロジック半導体が入手できなくなったら、日本の主要産業である自動車産業なども大きな影響を受けてしまいます。今のアメリカと中国の関係がまさにそうですよね。だからこそ、ロジック半導体の調達を安定化させるっていう意味でも、ラピダスは重要な存在になります。
──ラピダスの工場はどこに作られるのでしょうか。
安生: 北海道の千歳です。すでに2024年4月に基礎工事がスタートしており、今年 2025 年にパイロット生産、2027年からの量産開始を目標としています。
立地としては工場に適していますね。AIデータセンターと同じように、半導体工場も多くの電力と水と必要とします。広大な土地でありながら、地震のリスクが比較低いことも踏まえると、合理的な用地選定だと考えています。
「故障しにくい半導体」が開くブルーオーシャン
──2nmの半導体について、TSMCなどは2025年の後半にも市場に製品を登場させる予定です。対して、ラピダスは2027年の前半からの量産を目指している。1年半近く他社より遅れますが、競争になるのでしょうか?
安生: 私は、ラピダスはユニークなポジショニングのビジネスをやろうとしていると分析しています。 他社より一歩遅いかもしれないけど、日本の装置メーカーといっしょに、高い信頼性を作り上げていく。「不良故障率の低い半導体チップ」を提供していこうとしているのだと考えています。
──不良故障率とは?
安生: これは歩留まりとは異なりまして、大量生産された製品の、市場に出てから一定期間内に故障する確率ですね。
ppm(Parts Per Million)という単位で表され、製品百万個あたりに対する、故障した製品の個数で表します。たとえば「100ppm」なら100万あたり100個、つまり1万個に1個壊れる計算になります。そして、メーカーの出荷基準にもよりますが、一般的にグローバル半導体企業の不良故障率は数百ppmあたりではないでしょうか。
そのような現状のなか、ラピダスは「高信頼性を実現する」と宣言しており、それはつまりダブルディジット(2 ケタ) からシングルディジット (1 ケタ)ppm も視野に入れた故障率の半導体の製造を目指しているのではないかと考えています。
例えば、自動車のエンジンやギアを制御している半導体が故障し、それが原因で事故が起きるとしたら。国内だけでもクルマは数千万台も走っていますし、1件だけでも大事件となります。そのため、自動車メーカーが調達する半導体は極めて厳しいクオリティガイドラインをクリアしなければなりません。そこで日本の半導体メーカーは、自動車メーカーには低ppmの高信頼性半導体を出荷していた、という経緯があるんです。
他にも、医療や発電所などのインフラの場も、高信頼な半導体を求めています。軍事産業や宇宙産業もそうでしょうね。しかし、特に先端半導体では高信頼な半導体を入手できないケースも想定して、安全策を二重三重に巡らせて冗長性をもたせ、故障したときは機材ごと切り替えるような体制を整えています。もちろん、通常のシステムの数倍のコストをかけています。また、現在手に入る高信頼な半導体は、いわゆる「枯れた技術」で製造されるため、最先端の半導体ほどの性能は持ち合わせていません。
しかし、「高信頼性」な「先端半導体」が手に入るなら、予備の機材を節約できます。ラピダスが狙っているであろうダブルディジット〜シングルディジットppmのアプローチは、その点に価値があるのです。高信頼性という付加価値を持つ、2nmクラスの先端プロセスを手がける工場はまだ世の中には存在していません。ブルーオーシャンなんですよ。
──どうやって信頼性の高い半導体を作るのですか。
安生: 高信頼性を実現するであろうキーポイントですが、ラピダスは半導体製造の前工程*において「枚葉式」を採用するそうです。これがすごいことなんですよ。
*半導体製造の前工程:シリコンのウェハー(薄板)を加工し半導体と回線を構成する行程。
通常、半導体の前工程は、数枚から数十枚ぶんを一気にまとめて処理します(多枚処理)。低コストで量産しやすい反面、不良故障率は上がります。しかし、枚葉式は、ウェハーを1枚ずつ丁寧に処理をしていく。ウェハーは1枚ごとに微妙に異なる反りや特性の違いが発生しますが、それを踏まえて1枚ごとに加工を微調整できる。何千もの工程をウェハーの状態に合わせながらリアルタイムに修正しながら作っていくので、より完成度が高いものができあがるんですね。
枚葉式を選択する時点で、そもそも大量生産は目指していないんです。その代わり、製品一個一個のクオリティを上げていく。ラピダスのやろうとしていることはそこじゃないかと考えています。
ラピダスの工場が稼働するころには、他社の先端プロセスは1.4〜1.6nm世代になっているでしょう。不良故障率についても、ダブルディジット(2ケタ)ppmの半導体までは他社でも視野に入れていると思います。もし、2nmのシングルディジットppmの半導体が生産できれば、半導体を製造するファウンダリを選択するオプションが増えたと捉えられるでしょうから、是非そこを目指してほしいですね。
ラピダスは、日本メーカーが安定して半導体を調達する目的もあるでしょうが、そのためだけに作られた存在ではなくて、グローバルでの需要を見越した、非常にユニークなポジションを狙っているんじゃないでしょうか。
極限の世界でAIを動かすための土台を作ってくれるかも
──故障しにくい高性能の半導体が作られるようになれば、信頼性重視の環境にもAIを持ち込めるかもしれませんね。
安生: AIという視点においては、高信頼×AI を実現する先端半導体は、すでに自動車産業では自動運転に対する取り組みで重要ですし、宇宙や医療の世界でもAI活用事例が増えていくかもしれませんね。
TSMCやインテル、サムスンより高価でもいいから、信頼性の高い2nmプロセッサを使いたいというニーズは潜在的にあると思います。こういったブルーオーシャンを狙った差別化戦略では、どのようにその価値を認識してもらうかが非常に重要なので、今後のラピダスのマーケティング戦略にも注目したいです。
大量生産によるスケールメリットを最大化できる市場が、グローバル半導体企業にとっての主要な戦場となっています。その一方で、車載・医療・宇宙といった分野は、長期の製品ライフサイクルや多品種対応、さらには厳格な認証要件が求められるため、コストやリスクの観点から後回しにされやすいのが実情です。
こうした「規模は限られるが社会的に重要な領域」こそ、真価を発揮できるフィールドだと私は見ています。ラピダスの製品の良さが生きるニーズをしっかりと掘り起こして、しっかりと価値訴求できれば、大きなインパクトをもたらす可能性があるのではないでしょうか。
安生 健一朗 (工学博士、株式会社 K-kaleido 代表取締役)
NECにて研究者として半導体回路からプロセッサーアーキテクチャーまで広い研究分野に9年間従事。その後、インテル株式会社にて17年間にわたり、主にパソコン製品の技術責任者として、日本におけるPC向け製品・技術戦略をリードしつつ、スポークスパーソンとして、製品発表やマーケティングイベントにて製品の魅力を解説。さらに、ゲーミング・クリエイター・AI PCというPCの新規マーケット活性化プログラムを推進。
現在はサイバーセキュリティ企業に従事する傍ら、2024年12月には株式会社K-kaleidoを起業し、技術コンサルティング事業やAI PC向けのアプリストアを中心としたビジネスを展開( https://k-kaleido.com )。
王の帰還は近い? AI時代にむけ技術を研ぎ澄ましてきたインテル 「Intel Inside(インテル、入ってる)」が鮮やかに響く時代もありました。かつて半導体産業の王者として君臨しながらも、近年では半導体の製造技術でTSMCが、そしてAIアクセラレータ分野でNVIDIAがイニシアティブを握ることを許してきたインテル。しかし、サンノゼで4月29日に開いた大型カンファレンス「Intel Foundry Direct Connect」の基調講演では、その差を縮める https://www.gizmodo.jp/2025/05/intel-foundry-direct-connect.html NVIDIAもアップルもチップは「TSMC製」。半導体・新時代のチャンピオンの強さとは かつてNVIDIAが「謎の半導体メーカー」と言われたことがありますが、TSMCもそろそろ「謎の工場」と言われるようになるかも。注目度が激上がりしているって意味で。工場を持たないメーカーのことをファブレス・メーカーと呼びますが、そういった組織からのオーダーに対して生産を受け持つのがファウンドリー企業です。半導体の分野では、台湾のTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)が https://www.gizmodo.jp/2025/04/champion-of-the-semiconductor-era-tsmc.html 新・半導体工場のすべて 設備・材料・プロセスからAI技術の活用まで 2,640円 Amazonで見るPR










