差別を見抜けなかった私 スタンフォード大が教えてくれたこと

差別を見抜けなかった私 スタンフォード大が教えてくれたこと

私の3人の息子の誕生日は、10月と11月に集中しています。

今年は私が3人が住んでいるアメリカに行って、一緒にお祝いをしました。

集まった夜に、三男が、スタンフォード大学で取り組んでいる哲学論文の話をはじめました。

彼の課題はイギリスの哲学者、ジョン・ロックの理論でした。

「人間はみんな自由で、平等で同じ権利の持ち主」とジョン・ロックは主張しています。

教授が論じて欲しいと求めているのは、「国という体制の中で、個人の平等と自由は守られるのか?」という問題でした。

私の理解では、ジョン・ロックは「国という共同体に参加する時は、一定の自由と権利はその体制に預け、その代わりに守ってもらう」という見解の持ち主です。

歴史を振り返ると、ジョン・ロックの思想に基づいて国づくりをしていた人々は、女性に選挙権を与えず、財産のある人や納税者にしか投票をさせなかった。また黒人を人間として認めなかった。決して平等に人間を扱ってきたとは言えないのです。

息子たちはそれぞれの意見を交わして、面白い会話になりました。

■「差別している自分」に気づかない

全ての人間は自分と同じ価値である事を当たり前のように思いますが、実際、差別は明らかに存在しています。

人種差別、宗教差別、女性差別、LGBTに対する偏見、年齢差別、病気に対する差別、学歴差別、体型や外見に対する差別、階級差別と、数えていくと、キリがありません。

お互いの価値を尊重することはグローバル教育の中で最も大事な項目です。

息子たちには小さい時から、

「人を差別してはいけない」

「差別されてもあわてない」

「相手の立場に立って物事を理解するように努力しましょう」

と教えてきました。

しかし、差別に気づかない時もあります。

私がスタンフォード大学の博士課程で学んでいたとき、道徳の授業は必修科目でした。

その授業で、ある日、教授が「今日は差別の話です。これから仮のシンポジウムを始めます。その中で、差別があったかどうか、見極めてください」という課題を出しました。

4人の学生が壇上に上がって、シンポジウムが始まりました。

1人は司会で、3人がパネラーでした。

30分が経ったころで、教授が「どうですか? 差別はありましたか?」と私たちに聞きました。

「アグネス、どうですか?」といきなり私に聞いてきたのです。

私は素直に、「なかったと思います」と答えました。

クラスメイトの間にざわめきが起こりました。「うそ! わからなかったの?」という反応です。

でも私は本当にわからなかったのです。

一人の生徒が立ち上がって、「黒人のパネラーは発言回数が少なかったし、話している途中に止められた」と説明してくれました。

そういえば‥‥。でも言われるまで、全く気づかなかったです。

「差別に気づかないのは、差別を見逃すのと一緒です」と教授は厳しく言いました。

自分が差別しなくても、差別に敏感にならないといけない。

それ以来、差別に敏感になろうと心がけると、いろいろと気づくようになりました。

2016年、スタンフォード大学で(本人提供)

この前も、友だちのAさんが「嫌韓はよくないですね。私は韓国人の友だちがいっぱいいるし、韓国ドラマも大好き。絶対に差別はしません」と話すのです。

そのとき友だちのBさんが「確かにあなたは韓国人に似てるよね」と言ったら、Aさんは急に「失礼ね」と怒り出したのです。

私は思わず、「それは差別ですよ」と言ってしまいました。

Aさんはそれに気づいていなかったのです。

また友だちの中に、「私は同性愛者に対する差別は反対です。みんな同じ人間だし、誰を愛するのは勝手ですよね」と主張する人がいます。

そこで「もし、あなたの子どもがゲイだったらどうする?」と聞いたら

「うちの子は絶対に違う。それは許せない」と言うのです。

これも明らかなに差別です。でもその友だちは気づいていませんでした。

「自分は差別しない」と思うのは危険です。

日本のような単一民族と近い国に住んでいると、差別に鈍感になりやすいのです。

でも、グローバル市民になるためには、まずは差別に敏感になることが大切です。

それが差別をなくしていくためのスタートです。

■戦乱、いじめを経験した子供の言葉

外国に出かけると、差別されることがあります。

東洋人というだけで、特別な目で見られてしまうこともあります。

母とフロリダでクルーズに乗った時のことです。

私たちが乗船する順番を間違って、次のグループが乗船し始めるときにあわてて乗船しようとすると、

船員が「後ろから並びなさい!この黄色やつら」と母に言ったのです。

乗船してから、母がオフィスに抗議しに行きました。

そうしたら、金髪の女性管理職の人が出てきて、

「大変失礼しました。彼に人を差別する資格はありません。彼はキューバ人ですから」と言うのです。

私は呆れました!

キューバ人はだめで、何人だったら、人を差別していいのでしょうか?母も私も絶句でした。

昨年ユニセフ・アジア親善大使として、ウクライナを訪ねた時に、戦争状態の地域に住む子ども達を訪ねました。

激戦の時にロシアに逃げた家族がいました。

子ども達はそこで、ひどいいじめにあい、仕方なく、戦争が終わっていないのに、危険と分かっていながら、家に戻ってきたのです。

その家の長男に「差別されて、大変でしたね」と言ったら、

「僕にとっては問題ないです。問題があるのは差別する側です」ときっぱり言ったのです。

素晴らしい考えだと思いました。

自分の価値観をしっかり持てば、差別に負けないのです。

しかし、人種差別や民族の違いにより争いや戦争につながるケースが数多くあります。

冷戦が終わって、未だに50カ国以上が戦時中か、対立中です。

主な原因は民族の違い、宗教の違い、主義の違いと歴史の認識の違いです。

自分と同じになってくれなければ、死んでもらうのか、出ていってもらう。

こんな愚かな考えは、2度も世界大戦を経験した人類はもう持たないと思っていたら、違っていました。

毎日のように、これらの原因で戦いが起きて、犠牲者がたくさん出ています。

差別と排他的な思想を軽く見てはいけないのです。

■「差別する理由」を考える

そんな荒い海に我が子を放り出していいのか?

しっかりとした心構えを持たせれば、大丈夫です。

私は息子たちに「人は差別するものです。その理由をわかってあげよう。そして、自分は差別しないように気をつけよう」と繰り返し教えました。

我が子たちは今、人種差別の激しいアメリカにいます。

彼らが住むカリフォルニア州は比較的に差別が少ない多人種の場所です。

でも南部や中部では保守的な人々が多く住んでいます。

日本人は比較的に差別されませんでしたが、最近は黄色人種を嫌う人々が増えて、決して他人事ではなくなってきました。

それでも、息子たちは自分たちの価値を疑った事がありません。

違いを認め合い、平等を信じる事で、社会に溶け込んで楽しく生活しているのです。

私が息子たちに、

「外国に住む時は、その国に何を貢献できるのか? それを考えなさい。貢献できるからこそ、その国にいる価値と理由があるのです」と言ったら、
「ママ、その考えは古いよ。むしろ、地球に住んでいるのだから、地球に何を貢献できるのかを考えないと。そうでないと、地球に住む資格がなくなりますよ」と息子たちに言われました。

その通りです。若者に一本取られた瞬間でした。


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