韓国出身で、歌人や起業家、研究者として活躍するカン・ハンナさん。昨年末には、歌壇に新風をもたらす歌人を表彰する「第21回現代短歌新人賞」を受賞するなど、10年前に来日してから始めた短歌で、評価を重ねている。「日本で生きる一人の女性として、感じたことを詠みたい」と語るハンナさんに、短歌への情熱と両国の人々への思いを聞いた。(澤木香織、写真・齋藤大輔)

プロフィール 1981年ソウル生まれ。淑明女子大学校卒業。韓国でニュースキャスター、経済専門チャンネルMCやコラムニストなどを経て、2011年に来日。2017年に第63回角川短歌賞次席など、入賞を重ねる。大学院の博士課程で日韓関係を学びながら、NHK Eテレ「NHK短歌」レギュラー出演。2019年に第一歌集「まだまだです」(KADOKAWA)を出版した。同年、コスメブランドを展開する「BEAUTY THINKER」を立ち上げた。

――2011年に来日されました。そのきっかけは何だったのですか。

日本に来る前は、韓国でニュースキャスターをしていました。もともと書くことが好きで、大学では大学新聞の記者もしていました。大学生の頃、国営放送のアナウンサーをしていた教授から「テレビに出る仕事をしてみない?」と誘ってもらい、始めました。

何でもチャレンジしてみたい、知らないことを知りたい、という気持ちが強くありました。20代の頃は、働いた分のお金は旅行に使い、世界をあちこち回っていました。日本は、初めて広島県の宮島を訪れたことをきっかけに、好きになりました。

ちょうど自分が進む道について悩んでいた時期でしたが、美しい風景の中で癒やされたんです。「この国に刺激をもらいたい」と思い、何が答えかはわからなかったのですが、答えを探して20回ほど日本に来ました。私は、夢中になると、答えが出るまで走るタイプ。そのときから、いまも日本に夢中です。

「韓国エンタメに見る多様性」オンラインイベント、カン・ハンナさん登壇します

「GLOBE+」では3月11日、カン・ハンナさんと韓国在住の映画ライター成川彩さんをゲストに迎えて、「韓国エンタメに見る多様性」をテーマにオンラインイベントを開きます。「愛の不時着」をはじめ、韓国エンタメ作品のジェンダーの描き方の敏感な視線は、どのようにして生まれたのか。韓国の視聴者や作り手の意識の変化、韓国エンタメ業界のグローバル戦略について、お二人にお聞きします。詳しくはこちらから。

■31文字の短歌に「心奪われた」

――短歌とはどのように出会ったのでしょうか。

日本で暮らし始め、2年目くらいのときに短歌に出会いました。当時は、テレビにも少しずつ出始めたタイミングでした。しかし、ちょうど日韓関係が難しくなる中で、孤独や悩みを抱えやすい時期でした。たまたまNHKの短歌の番組のオーディションがあり、マネージャーさんに声をかけてもらいました。

その1年ほど前、日本語の勉強で新海誠監督の映画「言の葉の庭」を見て、そこに出てくる万葉集の一首に心を奪われました。「31文字しかない歌に自分の心が奪われた」ということに衝撃を受けました。翌日には本屋に行き、万葉集を買いました。昔の言葉が使われているのでわからないことも多かったけど、「この世界が好きだな」と思ったんです。

《テレビ番組出演をきっかけに、本格的に始めた短歌。異文化に触れる中で感じる苦悩や情熱、女性としての葛藤、ソウルで暮らす母への思いなど等身大の日常を歌い、注目を浴びる。

「『三人目も娘を産んでごめんなさい』若き日の母は言ったんだろう」

「そよそよと風が吹くようソウルでもサルランサルラン風は吹くだろう」

2016年から「角川短歌賞」に3年連続で入選。19年12月に第一歌集「まだまだです」を発表し、20年12月には歌壇に新風をもたらす歌人を表彰する「第21回現代短歌新人賞」を受賞した。》

■日本語ネイティブではないからこそ

――身近に起きたことや日常で感じるモヤモヤとした感情も、リアルに描かれていますね。

ありがたいことに私の短歌が注目していただいている理由はそこにあるかもしれません。母国語が日本語でない私が、日本人の表現力にはたどり着かないと思っています。描写力などは、私の強みにはなりません。

スランプに陥ったとき、短歌の先生から「あなたの人間力があらわれているから良いんですよ」と言っていただき、自信になりました。「今の自分で良いんだ」「さらけ出して良いんだ」と思えました。

――母国以外の国で暮らし、言葉を学ぶ意味をどのように考えていますか。

実は私は、韓国から日本に旅発つその当日まで、わざと日本語を勉強しなかったんです。言葉は、本の中だけで勉強するのではなく、使われているニュアンスや表現が一番大事だと思っています。逆に本から始めてしまうと、本の中での使い方にとらわれてしまうと思うんです。だから、日本に来てから、とにかく出会った方々の話し方をずっと「まね」していました。

例えば「私で良ければ、ぜひやらせてください」や「まだまだです」といった表現は、本を読むだけではなかなか出てきません。使われるシチュエーションとともに理解しなければならない。短歌を書くときも、日本人にとって違和感のない表現を目指しています。

海外に暮らしながら学ぶことができない場合でも、言葉を学ぶポイントとして、ドラマを見ることをおすすめしたいです。私は日本のドラマを丸ごと暗記していました。文章をそのまま覚えていく。日本語の辞典も、単語だけでなく、例文をしっかり読むことがおすすめです。

■日本で生きる一人の女性として

――短歌では、日本と韓国の関係を題材にしたものもあります。

一人の人間として、日本で生きる一人の女性として、私自身が感じたことを詠うことが、リアリティーになると思っています。日本のことを尊敬する人がいるということが、日韓関係の小さな光になっていければ良いなと思っています。

私の短歌で、「韓国と日本どっちが好きですか聞きくるあなたが好きだと答える」という歌があります。まさにそれで、私は一人一人、お会いした方々との関係性を大事にしています。韓国人である、日本人であるという前に、「あなた」なんです。

日韓関係を背負っていると重く感じ過ぎたり、両国の関係性を「美しく歌わなければ」と考えたりしてしまうと、良い作品が作れないんじゃないか、とも思います。個人としての歌を作り続けたいなと思います。

――研究者としてはどんなことを研究していますか。

横浜国立大学の博士課程で、韓国と日本のコンテンツを分析しています。コンテンツに描かれる表象研究です。例えば、世界にグローバル化される韓国コンテンツの中で、歴史的な出来事がどのように描かれているか、それが海外でどのように受け入れられているか、といった点を見ています。

あらゆるコンテンツを見て、海外の受け止めを調べる。エネルギーが必要な研究です。研究者をやって良かったなと思うのは、社会をマクロで見られるようになったこと。社会が求めているメッセージは何か、そのうち世界で共通するものは何か、アジア特有のものは何か。そうしたことが把握できるようになり、経営者としてのビジネス感覚につながっています。