夜の朝鮮半島。光の海に輝く南と、闇に包まれた北を比べた衛星写真を見た方も多いだろう。北朝鮮の人々が強いられる電気のない生活は苦労の連続だ。食品の保存は効かず、洗濯は人力でやるしかない。脱北者らは「文化的な生活を経験したことがなかった」と告白する。70年前は韓国に電力を供給していたこともある北朝鮮が悲惨な状況に転落した原因は、北朝鮮が誇る「自力更生」路線だった。(牧野愛博)

韓国統計庁によれば、2019年の北朝鮮の総発電電力量は238億キロワット時(kWh)。韓国の5630億kWhのわずか20分の1にも満たない。これは北朝鮮全体の電力需要の2割程度しか満たしていないとされる。日本統治時代は発電施設の9割が北朝鮮地域にあった。韓国は1948年の建国当時、消費電力の7割を北朝鮮からの送電に頼っていた。その当時の面影は全く残っていない。

韓国の電気産業統一研究協議会によれば、北朝鮮で安定した電気供給を受けられるのは、軍需工場や朝鮮労働党の上級施設、夜間も照明する金日成主席の銅像などに限られる。韓国東亜大学の姜東完教授が撮影した中朝国境沿いの集落。夜になって一般住宅が闇に包まれるなか、金主席や金正日総書記を描いたモザイク画や政治スローガンの表示物だけに照明によって浮かび上がっていた。

スローガンやモザイク壁画だけが浮かび上がった夜の北朝鮮の集落=姜東完教授提供

慢性的な電力難で、北朝鮮市民は苦労の連続だ。2013年まで平壌市大同江区域に住んでいた脱北者によれば、毎年7〜10月ごろは、毎日、昼の時間帯を除く15時間程度は電気を使えた。主力の水力発電が河川凍結で使えなくなる12〜3月ごろは、1日平均3時間程度しか電気が来なかったという。11年まで平壌近郊の平城市に住んでいた脱北者の場合、電気が来るのは午後6時から9時くらいまで。冬になると、丸一日電気が来ないことも珍しくなかった。

電気がない状況で、どんな苦労があったのか。脱北者らは「娯楽を楽しむような、文化的な生活はできない」と口をそろえる。料理は練炭を使うため、問題なかったが、照明は使えない。ポンプでくみ上げる必要があるアパートの水道水は、電気が来ているときにためておく。いつ水が出るかわらかないから、住民たちは蛇口を少しだけ開けておき、水が出始めたら慌てて風呂などにためる毎日だったという。冷蔵庫は厳冬期、逆に食品が凍らないようにする保管庫として使い、それ以外の季節は物置代わりにしていた。

真冬の鴨緑江の川縁で洗濯する北朝鮮女性=姜東完教授提供

更に深刻な打撃を受けたのが産業や交通インフラだ。韓国統一研究院の金昔珍上席研究員が2月24日付で発表した論文は、北朝鮮の国家経済発展5カ年戦略(2016〜20年)が失敗した原因の一つが、慢性的な電力不足だったと指摘した。重視した鉱業や重化学工業が不振で生産目標を達成できなかったという。

電力不足は、韓国の約3400キロよりはるかに長い総延長約5200キロに及ぶ鉄道の運行に大きな影響を与えている。電化率が韓国の約30%に比べ、北朝鮮は約80%にも及ぶためだ。電力が豊富だった日本統治時代に鉄道が建設されたことに加え、金主席が朝鮮戦争を教訓に、重油などの輸入ができなくなっても運行できる電化を奨励してきた。

だが、度重なる停電から、列車の定時運行はほとんど不可能だという。今の北朝鮮で人々は、平壌から約150キロ離れた日本海側の江原道・元山まで3日、同約700キロ離れた咸鏡北道・清津まで1週間、さらに中朝国境の両江道・三池淵までは10日かかると覚悟しているという。
韓国の情報機関、国家情報院は昨年11月、国会情報委員会で北朝鮮の産業稼働率が、2011年末に始まった金正恩体制下で最低水準に落ち込んでいると説明した。最近では、2018年の南北首脳会談直後、韓国産業通商資源省が、北朝鮮への原発支援を検討する文書をまとめていたことも明らかになった。

北朝鮮・新義州の鴨緑江沿いに完成したビル。夜には明かりがともるが、電力の供給不足で各部屋の自家発電だという=2020年7月、対岸の中国・遼寧省丹東から、平井良和撮影

なぜ、北朝鮮は、深刻な電力難に陥ったのか。韓国・韓電経営研究院の資料によれば、北朝鮮は昔から電力産業を「社会主義経済建設の主要前線」として重視してきた。電力は現在も、石炭、金属、鉄道と並ぶ「4大先行部門」の一つに位置づけられている。

だが、金日成主席は「自力更生」を掲げ、外部の支援に頼らないエネルギー政策を提唱した。1960年代までは水力発電を中心に開発。現在も、発電能力の4割以上を水力に頼る。同時に、石油ではなく、国内で生産できる石炭による火力発電の整備も進めた。

ところが、北朝鮮は冬季になると、降水量の減少や河川の凍結によって水力による発電量が著しく減少する。水力発電所は北部の山間部に多く、送電線の老朽化から、首都圏などに送電する途中に電力が消失する割合も、韓国の3・5%を大幅に上回る20%に達する。脱北者が「冬になると電気が来ない」と証言する事情の理由がここにある。

また、1970年代に無理な石炭増産路線を取ったため、坑道の無理な拡大から、生産量が逆に低下した。石炭の質も落ち、火力発電量も減少。1960年代半ばには、北朝鮮の発電量は韓国の4倍もあったのに、その10年後には逆転を許した。

旧ソ連などの支援による発電施設の整備も、1990年代の旧ソ連・東欧圏の崩壊によって停滞した。朝鮮中央テレビは2月25日、新たな国家経済5カ年計画に基づき、電力増産に励む平壌火力発電所の様子を紹介した。日本エネルギー経済研究所の黒木昭弘研究顧問によれば、1967年にソ連の援助で建設された。黒木氏は「燃焼室の監視カメラがカラーになっており、少しずつ改良しているようだが、制御盤などは当時のままだ」と語る。

金正恩総書記も電力増産のためには、施設の更新が必要だと認識していたようだ。実際、北朝鮮は17年まで水力タービンや変圧器、ボイラーなどの発電用設備を次々に輸入していた。だが、2017年の国連安全保障理事会決議によって、北朝鮮への金属と機械類の輸出が禁じられたため、この試みも頓挫した。

逆に、政治の混乱が電力難を加速させたこともあった。

18年7月17日付の労働新聞は、金正恩氏が北東部の咸鏡北道にある漁郎川発電所の建設現場で、「30年以上経っても工事が完了していない。言葉が出ない」と激怒した様子を伝えた。金昔珍上席研究員は「漁郎川発電所を無理に完成させたため、他の経済に悪影響を与えてしまった」と語る。

北東部の咸鏡北道にある漁郎川発電所の建設現場で現地指導する金正恩氏。2018年7月17日付の労働新聞などが伝えた=朝鮮中央通信ホームページから

金正日総書記の時代にも、「平壌の電力難を解消する」として、金日成主席生誕100周年の2012年に合わせた完工を急がせた慈江道・熙川発電所も最近、全く報道されていない。平壌と欧米を往来する専門家は「保水能力や送電に問題があり、想定した発電量を大きく下回っているのが原因だ」と語る。

正恩氏は2月の党中央委員会総会で「電力部門の生産目標が低すぎる」と厳しく批判。北朝鮮は今後、目標を修正するとみられる。

だが、北朝鮮の電力事情を改善するためには国連制裁の緩和などが必要だ。金上席研究員は「金正恩氏は核・ミサイル開発で簡単には譲歩しないだろう。電力部門だけではなく、経済全般で苦しい状況が続く」と指摘。「電力部門の担当者は責任を逃れるため、虚偽の報告で取り繕うしかないだろう」と語った。