外務省担当記者だった25年前、欧州を担当するある課長が「我々の仕事の中心は文化と経済。安全保障を巡る激しいやり取りなど考えられない」と語った。ところが今、中国の台頭が、日本と欧州の関係を一変させている。茂木敏充外相は最近、欧州を歴訪し、様々な協力文書を発表したが、どの文書にも安全保障に関する項目が盛り込まれた。イギリス海軍最新鋭の空母「クイーン・エリザベス」も5月1日、インド太平洋を目指して出港した。私たちは、東アジアに目を向ける欧州諸国の動きに何を期待できるのだろうか。日本と欧州に住む専門家の分析を交えて考えた。(牧野愛博)

ロンドンで5月に開かれ、茂木外相も参加した主要7カ国(G7)外相会議は「台湾海峡の平和と安定の重要性」などに触れた共同声明を採択した。新疆ウイグル自治区やチベットでの人権侵害も指摘するなど、中国に厳しい姿勢を示す内容になった。

欧州の安全保障に詳しい今田奈帆美・青山学院大非常勤講師は「共同声明は、ミャンマーの人権問題への言及に比重を割くなど、アジアに強い関心を示す内容になった」と指摘する。

今田氏によれば、かつての欧州には中東欧諸国を中心に、中国の投資を受け入れることで早期に経済発展を進めたいという期待感があった。だが、南シナ海での中国の法の支配を守らない行動の影響から、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」への警戒感が高まっている。

今田氏は「欧州諸国の間ではここ4、5年、中国とは価値観が異なるという声が強まっている。中国の影響力を欧州に持ち込ませると、結果的に支配を許しかねないという認識ができつつある」と語る。

今田奈帆美・青山学院大非常勤講師(本人提供)

また、G7外相共同声明は、中国によるサイバー攻撃にも触れた。防衛省防衛研究所の吉崎知典特別研究官は「これまでEUが重視してきた気候変動や感染症といったソフトな安保と、軍事・防衛を含むハードな安保を組み合わせたハイブリッドな内容になり、ここにサイバーが位置づけられる」と語る。

吉崎氏によれば、日本は2010年代に入って尖閣を含めた平時でも有事でもない「グレーゾーンの事態」対処の必要性を唱えてきた。欧州でも14年、ロシアが演習名目でクリミア半島を占領し、併合する事態が起き、「欧州の考えが日本に追いつき、日欧の目指す安全保障が一致した」という。

欧州連合(EU)は4月、包括的な「インド太平洋戦略」文書を公表した。吉崎氏は、EUがこの文書で「like-minded partners(志を同じくするパートナー)」重視を打ち出し、ここに日、韓、米、印、東南アジア諸国連合(ASEAN)が含まれると説明する。他方、長年「戦略的パートナー」として重視されてきた中国については、包括的投資協定への言及がある。吉崎氏は「EUにとって、中国は国際貿易でのルールや制度の共有を促す対象であり、価値観や理念を共にする相手ではないという意味だ」と説明する。

■ロシアに直面する国との連携も

ハンガリーとセルビアを結ぶ在来線を走る機関車。19世紀末から整備された古びた鉄路を、中国主導の工事で高速化する=2018年12月、セルビア・ベオグラードセンター駅、吉岡桂子撮影

そして茂木外相は今回、G7会合だけではなく、バルカン諸国やEU内での重要性が増しているV4(ヴィシェグラード4=ポーランド、ハンガリー、スロバキア、チェコによる地域協力の枠組み)首脳らとの会談を行った。日本はこうした首脳との会談で、中国による東・南シナ海での行動への懸念を伝えた。

今田氏は「中東欧諸国はロシアの脅威に対する前線は自分たちだという意識を共有している。中東欧諸国の加盟で、NATO(北大西洋条約機構)の重心も東に動いている。日本は元々、英独仏などとは強い関係がある。新興勢力との関係もつくっていこうという狙いは悪くない」と語る。

チェコ・カレル大学社会学部の細田尚志講師(安全保障学)も、V4諸国に接近する日本の動きには意味があると評価する。同時に、V4にはハンガリーのように依然、中国からの投資に期待感を持つ国もあるとし、日本による一層の働きかけが重要になると指摘する。細田氏と親しいチェコの専門家は「なぜ、日本がV4に接近してくるのか」と尋ねる一方で、日本による投資や防衛協力に期待感を示している。

チェコ・カレル大学社会学部の細田尚志講師(本人提供)

実際、チェコのクルハーネク外相は、5月7日に行われた日本とチェコの外相会談直後、「日本は、チェコにとってドイツに次ぐ2番目の投資国」とツイートした。吉崎氏が4月に参加した、日本とV4諸国との官民合同のオンライン会議でも、日本の質の高い投資に期待する声が相次いだという。

■欧州の関心、どこまで本気か

では、欧州はどこまでインド太平洋に関与しようとしているのだろうか。

細田氏は、5月1日に母港の英・ポーツマス港を出発した英空母「クイーン・エリザベス」の艦隊に注目している。細田氏によれば、空母打撃群には米海軍のアーレイバーク級駆逐艦とオランダ海軍のデ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン級フリゲート艦が加わっている。

細田氏は「NATO諸国の団結誇示の一方で、英海軍の艦艇には空母を弾道ミサイルから守る能力が備わっていないからだろう」と語る。米艦には弾道ミサイルを探知・追尾して迎撃する能力が、オランダ艦には探知・追尾能力がある。「英国防予算の削減が続いてきた影響だ。英空母が向かう南シナ海は、中国がすでに何度も対艦弾道ミサイルの試験を行った場所。空母は外交手段として英国のプレゼンスを示すためには、インパクトがある。日本にとっても重要な一歩だ。でも、今のままでは、張り子の虎だし、それは中国もわかっている」と指摘。現状では、英海軍単独では南シナ海で有事になっても接近することすらできないだろうとみる。

細田氏は「中国のA2AD(接近阻止・領域拒否)戦略に対抗するなら、空母のような大型艦ではなく、小型艦の分散や対艦ミサイル部隊、ドローン(無人機)の使用などが効果的だ」と指摘。英国の関与を担保する仕組みもできていないのに、日本のなかで、「英空母が応援に来てくれる」と手放しで喜び、「日本も中国に対して強く出るべきだ」という強硬論に安易に流れるのは危険だと指摘する。

また、今田氏は、日本と欧州諸国は早晩、同じ課題に直面すると予言する。米国が昨年、旧ソ連と1987年に締結した中距離核戦力(INF)廃棄条約から離脱した問題だ。米国は離脱の理由として中国もINFに参加するべきだと主張しているが、ロシアはかつて条約によって禁じられていた射程500キロから5500キロまでの中距離ミサイルの配備を急ぐ姿勢を示している。

今田氏は「INFの再配備が議論の俎上に載せられれば、欧州では(ポーランドやルーマニアなど)中東欧を中心に受け入れる国があるだろう」と説明。「日本も、今のミサイル防衛だけでは、中国や北朝鮮、ロシアのミサイルを防ぎきれない。戦略的には、在日米軍基地に配備するのが一番簡単な方法でもあるが、非核三原則に関わる問題になる。今、議論を始めないと手遅れになる」と語る。

ワシントンの米航空宇宙博物館には、INF条約で米ソが廃棄に踏み切った旧ソ連の弾道ミサイル「SS-20」(中央左)と米国の「パーシングⅡ」(同右)が並んで展示されている=ランハム裕子撮影

そして、細田氏はロシアの脅威に直面した欧州と、中国の脅威にさらされた日本が、お互いに同盟国である米軍を取り合うような事態は避けなければならないと指摘する。

5月10日には、NATO加盟の中東欧9カ国(V4、ブルガリア、ルーマニア、バルト3国)と米国が参加したオンライン会議が開かれた。細田氏によればこの9カ国は「ブカレスト9」と呼ばれ、ロシアの各種脅威に直接さらされている国々のグループだ。この日の会議では、同地域に配備する米軍の強化を求める声が聞かれた。

細田氏は「別の言い方をすれば、インド太平洋ではなく、欧州に米軍を回してほしいという意味だ。ただ、日本が必要なのは米海空軍であり、米陸軍が必要な欧州とは事情が異なる。日本は丁寧な説明を重ねる必要があるし、日本と欧州諸国が米軍を取り合う関係になってはいけない。そのためにも安保対話・防衛協力の強化が必要だ」と語った。

こんだ・なおみ 青山学院大学大学院国際政治経済学研究科国際政治学専攻博士後期課程修了。博士(国際政治学)。防衛大学校総合安全保障研究科特別研究員、笹川平和財団安全保障研究グループ研究員などを歴任。専門分野は、安全保障論、同盟論、同盟政治。著書に『大国の不安と同盟力の影響力―ベルリン危機をめぐる米独関係』など。

よしざき・とものり 慶應義塾大学大学院修了、ロンドン大学キングスカレッジ防衛研究学部客員研究員や米ハドソン研究所客員研究員を歴任。専門分野は戦略論、同盟研究、平和構築、ヨーロッパの安全保障。

ほそだ・たかし 日本大学大学院国際関係研究科博士後期課程修了。博士(国際関係学)。日本国際問題研究所研究助手、在チェコ共和国日本国大使館専門調査員を経て現職。専門分野は、ヨーロッパとアジアの安全保障、海洋安全保障。共著書に『Geopolitics in the Twenty-First Century: Territories, Identities, and Foreign Policies (NOVA, 2021)』など。