「あるベトナム女性の夢」③(全4回)

日本での技能実習を終えて一昨年6月にベトナムに帰国したファム・ティ・チャー・ミーさんは、家族の反対を押し切って4カ月後、今度は英国で働こうと密入国を試み、身を隠したコンテナの中で命を落とした。同じコンテナで亡くなった人がいたというベトナムの農村の町に向かうと、そこには豪邸が立ち並んだ光景があった。(宋光祐)

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チャー・ミーさん自身も、英国までの旅がどれだけ危険なものか分かっていなかったのかもしれない。

トラックのコンテナに隠れた密航は、英国だけでなく欧米の先進国ではありふれた事件だ。チャー・ミーさんが亡くなった後も、英国ではコンテナに隠れていた不法移民が何人も逮捕されている。同じ類いの事件はドイツや米国でも報道されているが、命まで落とすケースを目にすることは少ない。ましてや入国の「成功事例」はニュースにならず、「自分は大丈夫」と思えるのかもしれない。

日本にいた時にチャー・ミーさんが母親のフォンさんに送った写真。着物姿でポーズを取っていた。写真には白いラインで装飾がされている=家族提供

私は、チャー・ミーさんとともに同じコンテナで亡くなった人がいたというゲアン省ドータインへ向かった。彼女の家から車で北へ約2時間の農村地帯にある町だ。

幹線道路から住宅地への通りに入ると、田畑が広がっていた目の前の風景は一変した。装飾を凝らした立派な門と塀に囲われた2階や3階建ての邸宅が連なっている。ハノイやホーチミンでも見たことがないような屋敷もあった。

この辺りは「億万長者の町」とも呼ばれている。かつては貧しい農村だったが、2000年ごろから出稼ぎに行く人が増え、大きな家が建ち始めたという。

欧州に出稼ぎに行ったことのある人を探し歩いていると、グエン・スアン・フオンさん(38)という男性に出会った。親類が10年前からドイツに出稼ぎに行っており、ここ数年は欧州や日本、韓国、アフリカ南西部のアンゴラに行く知り合いが目立つという。

「日本と韓国は合法的な制度であらかじめ働く会社が決まっているから安心だ。収入も比較的高い。欧州とアンゴラは稼げるけど、大半が不法入国で仕事は選べないリスクがある。コロナが収まれば、私は韓国に行くつもりだ」

行き先ごとによどみなく収入とリスクをてんびんにかける説明に驚いた。どこに行くかを選ぶ上で、合法的な制度かどうかはあまり重要ではないようだった。チャー・ミーさんたち39人が命を落とした英国の事件に何か思うところはないのか。

彼はこう答えた。「事件直後は怖がっている人も多かったけど、時間が経つにつれて印象が薄れている。コロナが収まれば、欧州に行く人は以前と変わらないと思う」

地域は異なるが、国連開発計画(UNDP)が18年に欧州に渡ったアフリカからの不法移民3000人を対象に実施した調査がある。そこでは、9割が渡航のさなかに危険な目に遭ったと答えた。しかし、あらかじめ道のりがどれほど危険かを知っていれば渡航をやめたと答えたのは2%だった。

ベトナムの経済発展と海外労働者派遣

ベトナムは2019年までの5年間、年平均7%近い国内総生産(GDP)の成長を実現した。製造業の工場など北部と南部に外国企業の投資が集中し、大都市では富裕層が現れている。

だが、農業が中心の中部は発展が遅れ、政府は失業対策や経済対策の面から海外への出稼ぎを奨励してきた。16年の統計によると、ハティン省とドータインがあるゲアン省からの海外出稼ぎ労働者は合計約2万7000人。63ある省と市のうち、この2省で海外派遣労働者全体の5分の1を超える。英国の事件では、亡くなった39人のうち31人が両省の出身だった。

日本は昨年まで3年連続最多の派遣先で、コロナ前の19年には全体の半数を超える約8万人が日本向けの労働者だった。欧州への不法入国者は、17年の国連の推計によると年間1万8000人。2番目の労働者派遣先の台湾に次いで多い。

世界銀行によると、20年に海外のベトナム人が自国に送金した金額は約170億米ドル(約1兆8500億円)でGDPの5%を占める。東アジア太平洋地域では中国とフィリピンに次いで3番目に多い額だった。

ベトナムでは今、ハノイとホーチミンを中心に北部と南部が急速に発展する一方、中部は目立った産業がなく取り残されている。コネがなければ、都会に出ても良い仕事に就くのは難しい。自分には変えようがない厳しい現実のせいで、今いる場所に未来を見いだせなければ、外国に働きに行くことが人生を変えるための有力な選択肢になる。

道を尋ねるために、ドータインの路上でココナツを売っていた女性に声を掛けた。ゴー・ティ・チュン(38)と名乗った彼女が突然、思いもかけない言葉を口にした。「私はこの町で一番貧しい人間です」

ドータインの路上で果物を売って暮らしているチュンさん(中央)と長女のニャンさん(左)、次女のタオさん=2021年4月、ベトナム・ゲアン省ドータイン、宋光祐撮影

夫は薬物の使用で3年前から服役しており、子ども3人を一人で育てている。毎朝午前3時に起きて果物の仕入れに出かける。路上販売を終えてからは収入の足しにするため、知り合いの畑で農作業を手伝う。仕事や家事を終えて眠るころには午後11時を過ぎる。その表情は、過酷な毎日に疲れ切っているようだった。

「周りで良い暮らしをしているのは、英国やドイツ、カナダに働きに出た家族がお金を送ってきてくれる人たち。私は子どもを外国に出稼ぎに行かせるお金さえ用意できない」

チュンさんにとって、日本の技能実習だけが希望の光だ。16歳の長男と13歳の長女には学校を終えたら日本に行ってほしいと願う。欧州や北米に行かせる資金は用意できないが、日本なら地元の行政の貧困対策として渡航費を借りられる制度があると聞いたという。

話している最中に長女のニャンさんが学校から帰ってきた。私を見つめる彼女に思わず、「将来の夢は何ですか?」と聞いた。

「日本に働きに行って、お母さんを助けてあげたい」。そう答えるニャンさんに、チュンさんも「私の夢は子どもたちが日本で働いて貧困から抜け出してくれることです」と言葉を継いだ。

日本に行くという彼女たちの夢が実現するのを願った方がいいのか、私には正直分からなかった。

法律に基づいて制度化された技能実習と、不法な入国と就労を前提にした英国行きは本来、まったく別物のはずだ。

しかし、ベトナムの海外労働者派遣に詳しい日本の関係者は以前、私にこう漏らした。「英国に密航して働くことと、技能実習には共通点がある」

チャー・ミーさんが日本で書いた作文を読んだ後、涙をこらえる父親のティンさんと母親のフォンさん=2021年4月14日、ベトナム・ハティン省ゲン、宋光祐撮影

どちらの国でも、働きにきた多くのベトナム人たちが、渡航や就職の仲介手数料をブローカーや人材派遣会社に支払うために高額の借金を背負っている。海を渡った異国でマイナスからのスタートを強いられる構図が同じなのだ。

その借金が足かせになり、日本では劣悪な労働環境に我慢を強いられたり、英国では大麻栽培など違法な仕事に追い込まれたりする事例が後を絶たない。(続く)

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