アメリカはいま、7月4日の独立記念日を「新型コロナ克服の日」にしようという目標を掲げている。ワクチン接種が進み、レストランやショッピングモールは大勢の人々でにぎわっている。

私も5月末、米国に赴任してから初めての旅行を楽しんだ。長女の大学卒業式に合わせて、家族でメイン州の国立公園に行ったのだ。
その帰り道、フリーポートという小さな町に立ち寄ったときのことだ。

道路を渡ろうとしたところで、少し離れたところを歩く男が何か言っているのが聞こえた。

「チャ〜イナ〜、タイワ〜ン」

どうやら自分たちに向かって言っているようだ。長女が「何あれ?」と気づいたが、このときは相手にせず、道路を渡ってその場を離れた。
ところが、買い物を終えて同じ場所を通りがかると、再び同じ男に遭遇した。こちらに向かって歩いてきたので、私たちも立ち止まった。すると男は、こう繰り返した。

「ゴォ〜バック トゥー ユア カントリ〜」

「ゴォ〜バック トゥー ユア カントリ〜」

自分の国へ帰れ。

いま多発しているアジア系に対する嫌がらせや暴力事件で、加害者がよく使う言葉だ。

男は中年の白人で、動作や言葉が妙にゆっくりしている。酒かドラッグかわからないが素面ではなさそうな様子だ。

言い返そうとしたが、ここが自分の母国ではないのは確かだ。とはいえ黙っているわけにはいかない。一緒にいた二人の子供と、子供の母親である元妻は、生まれたのはそれぞれ日本とベトナムだが、幼少から米国で育った米国人だ。とっさに言葉が出た。

「この人たちはこの国の人間だ」

すると男は、こんな事を言い出した。

「お前たちは俺の父親を殺したんだ」

私と長女が、何を言っているんだと言い返したところで、元妻が「放っておいて、行きましょう」と間に入り、私たちはその場を去った。

■「恐怖や怒りに支配されるな」

レストランは再び、大勢の人々で賑わうようになった=ペンシルベニア州ヨーク

その日の夜、ホテル近くのレストランで食事をしたとき、この一件のことを話し合った。いつまでも引きずって楽しい旅行を台無しにはしたくなかったが、皆どこか浮かない表情で、あの一件が引っかかっていることが明らかだったからだ。

男はまともに話ができるような相手ではなかったが、私が一つ気になったのが、「お前たちが自分の父親を殺した」という言葉だった。

そもそも本当かどうかもわからないが、もし本当だとすれば、新型コロナウイルスで亡くなったということなのだろう。

新型コロナは、米国で60万人の命を奪った。閉店を余儀なくされた飲食店や失業した人は数知れない。男と遭遇した町の小さなアウトレットモールも、空き店舗がいくつもあり櫛の歯が抜けたようになっていた。

なぜ、こんなことが自分に起きたのか。誰のせいなのか。そう考えているうちに、行き場のない負の感情が、ゆがんだ形でアジア系に向かったのかもしれない。

そんな話をしていると、「あの人も卒業式で言っていたね。恐怖や怒りに支配されるなって」と長女が応えた。

長女の大学の卒業式で演説をしたのは、貧しい人々やマイノリティのために闘う弁護士ブライアン・スティーブンソンだった。冤罪で死刑判決を受けた黒人を助ける活動を描いた著書は、ベストセラーになり映画化もされた。

彼は演説で、人々の不安や怒りをあおる政治を「恐怖と怒りの政治」と呼び、「恐怖や怒りに支配されるな」と訴えたのだ。

あのとき、男になんと言えばよかったのだろう。

恐怖や怒りに支配された人間に、怒りの言葉をぶつけても、自分たちも同じく怒りに支配されるだけだ。かといって、理不尽な差別を受けて黙っているわけにもいかない。

しばらくあれこれ話していたが、いい言葉が浮かばない。すると、長女が「友達がこんなメッセージを送ってきたよ」と読み上げた。

「お前なんか、トレイルで足を滑らせて、ブルーベリーでのどを詰まらせて、ロブスターのはさみに挟まれればいいんだ!」

メイン州は自然が豊かで、ブルーベリーとロブスターが名産だ。メッセージを送った友人も、私たちと同じ国立公園を訪れ、ハイキングを楽しんだばかりだった。

長女の友達のユーモアのおかげで、重苦しかったテーブルの空気が、ようやく和んだ。

■「見えない存在」

メイン州の名産ロブスターの料理=メイン州バーハーバー

新型コロナウイルスの拡散と共に表面化したアジア系差別だが、これまで差別がなかったわけではない。

アジア系に対する差別を語るとき、鍵となる言葉の一つが「インビジブル(見えない)」だ。

アメリカ社会には黒人に対する差別がいまも根強く存在するが、彼らに対して「自分の国へ帰れ」という言葉が投げられることはない。ヒスパニックもいまや人口の18%を占め、最大のマイノリティグループとして存在感は増す一方だ。

それに比べると、アジア系はアメリカ社会で長年生きているにもかかわらず、社会の一員と認められず、あたかも存在しないかのように扱われる――。

「インビジブル」とは、こうしたアジア系が置かれた状況を指す言葉だ。

米国では5月、アジア系を念頭に置いた、ヘイト犯罪対策を強化する法律が成立した。この法律ができた背景にあったのも、アジア系に対する差別が、ほかの人種や民族に対する差別と比べ、見過ごされがちだったという問題意識だった。

バイデン大統領はこの法律に署名をしたとき、5人のアジア系女性が銃撃で殺された事件が起きたジョージア州を訪れ、アジア系住民と対話をしたときのことをこう振り返った。

「彼らは、自分たちが見えない存在で(社会から)見られていないと感じている」

「アジア系アメリカ人は何世紀もこの国の建設を助けてきたのに、見過ごされ、忘れられ、無視されてきた。何世代にもわたって住んでいるのに、よそ者扱いされてきた」

一本の法律だけで差別がなくなるわけではない。実際、アジア系への嫌がらせや暴力事件は今も続く。一方で、アジア系差別に抗議するデモが大都市で開かれ、メディアがアジア系差別の問題を取り上げる機会も、以前よりも増えた。

「見えない存在」から社会の一員へ。少しずつではあるが、アメリカ社会も変わりつつある。