英国のコーンウォールで今月開かれた主要国首脳会議(G7サミット)。共同声明に「台湾海峡」が盛り込まれ、日米主導の結果だと解説した報道も目立った。本当だろうか。バイデン米大統領の欧州歴訪は成功したのだろうか。欧州の政治や国際安全保障に詳しい慶応義塾大学総合政策学部の鶴岡路人・准教授に聞いた。(牧野愛博)

■台湾問題よりもウイグル問題

――G7首脳共同声明をどのように評価しますか。

台湾海峡への言及は、5月のG7外相共同声明と同じで驚きはなかった。G7のなかで争点になっていないのだろう。

15日にあった米国と欧州連合(EU)首脳会議の共同声明も、台湾海峡と東シナ海、南シナ海の問題に触れている。表現は4月の日米首脳共同声明と全く同じだ。日本が参加しない会議でも同じ表現になっているわけで、米国はともかく、日本が台湾海峡や南シナ海の問題を主導しているとは言えないだろう。

むしろ、G7首脳共同声明で「あらゆる形態の強制労働の利用について懸念する」とした第29項目が重要だ。中国を名指しはしていないが、新疆ウイグル自治区の人権問題を念頭に置いているのは明らかだ。声明は今年10月のG7貿易大臣会合に向け、強制労働の利用根絶を巡る具体的な取り組みを指示している。

今月12日付の米ホワイトハウスの記者説明でも、強制労働が重点的に取り上げられ、この問題を重視するバイデン政権の姿勢をうかがわせた。今回のG7で最も「激論」になったのはこの問題であり、より厳しい行動を求める米国の方針を英国やカナダが支持したようだ。フランスも同調していたという報道もある。米国は強制労働問題でも中国を名指ししたかったようであり、共同声明の該当箇所は、ぎりぎりの妥協の産物だったのだろう。

鶴岡路人慶大准教授=本人提供

これに関連し、日本も昨年10月、「ビジネスと人権」に関する行動計画を発表したが、その後の進展は迅速とは言えない。外務省と経済産業省の間など、政府内でも立場の相違がある。政府はG7サミットでの強制労働問題についての日本の発言を紹介していない。この問題で日本が積極的役割を果たしていないことは、容易に想像がつく。

というのも、日本はG7のなかで、新疆ウイグルの人権問題を巡って中国に制裁を科していない唯一の国だ。制裁を伴う人権外交の是非については日本国内でさまざまな議論があるが、強制労働の問題は、企業活動にも直接関係するため、日本としても避けてとおれない。自由や人権といった価値の問題を日本外交にいかに位置付けるかが問われている。

今回、G7の議長国だった英国は「価値」を強調し、G20との差別化を図っていた。G7直前には、米英首脳が新大西洋憲章を発表し、自由と民主主義を高らかに謳いあげた。これらを単なるレトリックであると批判することは簡単だが、両国は本気だと思った方がよい。背後には、中国やロシアに自由と民主主義が破壊されることへの強い警戒感が存在している。米ロ首脳会談後の記者会見で、バイデン大統領が冒頭から自由と民主主義を強調し、それらは「米国のDNAの一部」であるために、繰り返し訴え続けるのだと述べていた姿は印象深かった。

――「日米は中国を批判したかったが、経済を重視する欧州は慎重だった」という分析もあります。

「安全保障か経済か」という対立は欧州のなかで当然ある。しかしそれは、国家間の相違や対立というよりは、各国の国内で対中姿勢がばらばらで、コンセンサスが存在していないということだ。ドイツでは経済界はもちろんのこと、国防省と首相府でも意見が違うし、米国でもトランプ政権時代の米中第1段階合意で利益を上げた人々がいる。日本は与党内にも異なる立場が同居しているし、安全保障の担当部局と経済の担当部局とでも利害が異なる。加えて、日本の中国への経済依存度は欧州よりも高い。

欧州では従来は、経済一辺倒の姿勢が目立ったが、近年は対中感情が急速に悪化していた。G7や北大西洋条約機構(NATO)の共同声明が中国を批判しているのは、欧州自身の対中観の変化の結果でもある。

G7サミットで英国のジョンソン首相夫妻に出迎えられる菅義偉首相と妻の真理子さん=6月11日、英国・コーンウォール、代表撮影

■読むべきは文書の行間

――日本では、欧州の中国に対する厳しい姿勢を歓迎する声が多いようです。

欧州の対中姿勢が日本のそれに接近したということであれば、当然歓迎すべきだ。ただし、欧州における変化の背景や関心の重心を正しく理解する必要がある。

例えばNATOは、新しい戦略文書をまとめることになった。日本の一部メディアは「対中戦略が中心になる」と伝えたが、そうではない。今回、NATO首脳会議で発表された共同声明では中国への言及が10回なのに対し、ロシアへの言及は61回もあった。欧州・大西洋地域の安全保障の主たる課題は依然ロシアだ。

ただ、そこに中国が進出してきたことで欧州では警戒が強まった。具体的には中国によるサイバー攻撃が挙げられる。EUは昨年7月、中国のサイバー攻撃に対する制裁を発動した。ロシアと中国の共同軍事演習にも神経をとがらせている。「中国は欧州にまで進出して何をやりたいのか」という疑念が高まっている。

NATOでは、アジェンダとしてのサイバーや宇宙、新興技術の比重が高まれば、中国が直接言及されなくても、結果として対中国の考慮が強まることになる。そのため、首脳共同声明などの文書を読む際には、中国という単語のみならず、行間に顔を出す中国を探すことが重要になる。

同時に、対中政策が重要になるなか、ロシアと直接相対しているバルト3国や中東欧諸国では、「ロシアに対する防衛がおろそかになるのではないか」という疑念が芽生えている。

NATOは、ロシアへの備えもおろそかにしないというメッセージを出して同盟を管理する必要がある。日本が欧州に働きかける際にも、そうした背景を踏まえる方が効果的だ。

――16日には米ロ首脳会談も行われました。

バイデン大統領もロシアのプーチン大統領もお互い、責任ある大国のリーダーとして理性的に振る舞った。大量の核兵器を保有する両国指導者がののしり合えば、世界は不安になる。戦略的安定に関する今回の米ロ首脳共同声明が用いた「核戦争に勝者はない」という言葉は、1985年のレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長による会談に由来する。「冷戦後最悪」と言われた米ロ関係が、今回の首脳会談を通じてたどり着いたのは、1985年、つまり、いまだ冷戦時代だということだ。

意義のある会談だったが、元々、成功のハードルは低かった。お互いに任地を離れていた両国の大使を戻すとしたが、当たり前の話でもある。米ロは、話し合いを続けることで合意したが、米政府内でもロシア政策では意見の食い違いがある。バイデン政権内では、中国の脅威に傾注するためにもロシアとの安定的な関係が必要だとの声もあるが、ロシア重視派の巻き返しも十分に考えられる。

――バイデン米大統領にとって今回の欧州歴訪は成功だったのでしょうか。

全体的にかなりの成功だったが、成功すべくして成功したとも言える。バイデン氏が「米国は戻ってきた」と言っただけで成功した。トランプ大統領でなければ成功だという、何とも低いハードルだ。欧州側もそれでよしとした。米仏首脳会談が象徴的だった。バイデン氏が「強い欧州、欧州の統合を支持する」という当たり前の発言をしただけで、駐米フランス大使がその場面の動画をツイートした。それに対しては、「これを待っていた」という反応が多かった。ただし、これが通用するのは初回のみである。次からは中身と具体的成果がより厳しく問われることになるだろう。

各国首脳との記念撮影を終えた菅義偉首相(中央)=6月11日、英国・コーンウォール、代表撮影

■「菅首相ぼっち」本当か

――G7サミットの写真撮影で「菅義偉首相が孤立していたのではないか」と話題になりました。

まず、写真には色々な解釈が成り立つ。菅首相がひとりぼっちの写真もあるし、談笑している写真もある。どの写真を見るかで、受けるイメージは大きく変わる。メディアも首相官邸も、それぞれの意図をもって写真を選ぶ。当然のことだ。

そのうえで言えば、G7における日本は、誰が首相でもひとりぼっちになりがちな構造がある。外交における「居場所」の問題だ。日米カナダ以外は欧州だ。欧州首脳は、EUなどの会議で常に顔を合わせている。また、米国は別格であり、カナダは欧州との親和性が高い。今回、インド、豪州、韓国、南アフリカがゲストだったが、このうち韓国以外は英連邦の諸国だ。

日本が「アジアからの唯一の参加国」というステイタスを死守する限り、居場所確保の難しさという構造的な問題が残る。自然な仲間が欲しいなら、G7の拡大に賛成し、インド太平洋や非欧米のグループをつくるしかない。難しい課題だ。

つるおか・みちと 1998年慶応義塾大学法学部卒業。英ロンドン大学キングスカレッジで博士号。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、防衛省防衛研究所主任研究官、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを経て、2017年4月から慶応義塾大学総合政策学部准教授。