『わたしは、ダニエルブレイク』『パラサイト 半地下の家族』『ノマドランド』など、格差問題を扱った映画がここ数年相次いで公開され、カンヌ国際映画祭パルムドールやアカデミー賞などを受賞している。5年間にわたり車で生活をしながら歌手を目指した、映画コメンテーターでタレントのLiLiCoさんに、自身の体験から格差社会を生き抜くうえで大切なことは何かを聞いた。

いまの映画業界は、多様性をとても大事にしています。格差をテーマに扱うこともそのうちの一つ。みんなで考えなければいけない問題だからこそ、いま映画業界がここに目を向けているのだと思います。今までもそうしたことを題材にした映画はありました。でも、恵まれてなくてもがんばれば成功できますという内容だった。最近の映画はもっとリアリティーを追求しています。

『ノマドランド』はさらに先に行っています。主人公のファーンはリーマン・ショックで会社がつぶれ、街自体がなくなって仕事も失ってしまうが、自らノマドとしての生活を選んでいる。映画に出てくるノマドたちは自分でその人生を選んでいる。格差にも注目していますが、そうした生活を選ぶ権利もあることを『ノマドランド』は伝えたかったんだと思う。家はないけど、その方がハッピーだと考える人たちがいる。

中でも私が涙したのは、がんで余命を宣告された、75歳になるノマドの女性スワンキーが、アイダホの川でヘラジカの家族も見られたと語るシーンです。そこに人生の幸せを感じ取ることができることが、すごくすてきだと思いました。車の中に住んでいてもそれを言える人って、気持ちが最先端を行っているんじゃないかな。

私も歌手になる夢を追いかけながら、20歳から5年間車で生活しました。がんばりたいという気持ちを捨てれば、東京・葛飾のおばあちゃんの所に住めたけれど、もしおばあちゃんの所にいたら、今の私はなかった。私もファーンと同じくあえて選んだのです。

車上生活をしていた時、私も気持ちは先を行っていたと思います。当時よく使っていた、東名高速の海老名サービスエリアは今でこそアミューズメントパークさながらですが、30年前は真冬だと氷のように冷たい水しか出なくて、それで髪を洗って叫び声を上げていた。私もテレビや雑誌、新聞の中の人と同じ所に行く。そのためには吐くほどがんばって、脳みそが鼻から出てくるほど泣かないといけない。すごくいやな思いもしたけれど、絶対あそこにいく。それが先に行く気持ちだと思うんですよ。

当時の私にとって毎晩スナックを7、8軒回って歌うことが芸能活動で、誇りだったんです。そうした誇りって持ってていいものだと思う。私は一生懸命がんばってここまで来た。だからこそ今の私がある。「王様のブランチ」で映画紹介も20年間続けてこられたんだと思います。

『ノマドランド』のファーンのせりふで「私はホームレスじゃなくてハウスレス」というせりふがあります。それは私自身がよく言っていたことです。私も当時ホームレスだとはこれっぽっちも思っていなかった。でも、当時の様子を書いた『ザリガニとひまわり』を出版する際に、「それってホームレスですよ」ってよく言われました。自分の居場所があればホームレスではないと思っていました。私にとって芸能界がホーム。歌手になりたくて日本に来ましたが、歌唱力が認めてもらえてようやく今年ミュージカルに出ました。やっと私は芸能界の玄関にたった。車上生活をしていたあの時代っていうのは私にとっては宝物。あの時の生活をもう一回できますかってよく聞かれますが、今でもできます。暮らしはあの時よりはぜいたくになっているけれど、ハングリー精神だったりだとか、心のもちようは変わっていないんですよ。全部失ったとしても、私はいまのままのリリコでいますよ。

私が車の中で住んでいた時は、「今日家に泊まりなよ」と言ってくれる人はいました。でも、国は助けてくれなかった。健康保険証すら持ってなかった。『ノマドランド』でいうと、私はファーンの人生を追ってたというよりも、あそこで登場した人々の出会いを追っていたんでしょうね。だから、「王様のブランチ」で『ノマドランド』を紹介する時、涙をこらえられなかった。やっぱり人がすべてなんです。私一度肺炎になって、ある方が私を抱いて病院に連れていってくれたんです。私は息が苦しくても、お金がなくて病院で検査すら受けられなかった。あのとき病院で診察を受けられ、薬をもらえたからそこ、いまこうして生きているんです。

新型コロナの流行もあり、厳しい世の中です。日本では自殺者が増えています。ワクチンをうつ人も増えてきて出口が見えつつある時に、すごく残念なことです。でも、仕事がなくなってもすぐに家ってなくなるのかな。みんなそれぐらいぎりぎりで生きているのかな。近くのいきつけの居酒屋がコロナで営業できなくなって、テイクアウトも始めたって連絡が来ました。早速行ってテイクアウトしました。お互いに助け合わないと。人と人とのつながりって大切です。

私は昨年ひざの骨を折っていっぱい失いました。ポールダンスを始めようと思っていましたができなくなりました。好きだったマラソンもできないし、プロレスラーも引退しなければならなくなりました。大切な友達も事故で亡くしました。でも、前に行くしかない。生きてるからこそ次があると思うんです。(構成・坪谷英紀)

LiLiCo 映画コメンテーター、タレント。1970年、スウェーデン生まれ。18歳で来日。2001年から、TBSの情報番組「王様のブランチ」で映画の紹介を続けている。