『Peril(危機)』は、2018年の『Fear(恐怖)』、20年の『Rage(怒り)』に続き、米ジャーナリストのボブ・ウッドワードがトランプ政権を描いた3部作の3冊目。ウッドワードは、ニクソン大統領辞任の原因となったウォーターゲート事件を暴く報道でピュリツァー賞を受賞。米調査報道の分野で常に注目を浴び続けている。

本書は、彼が編集委員を務めるワシントン・ポストの若手記者ロバート・コスタと共同で執筆。名前は公表されていないが、200人以上の当事者や目撃者へのインタビューを元に、数多くの新事実が記されていることで、発刊前から大きな注目を集めた。

前2作と異なり、表紙はトランプ前大統領とバイデン大統領の2人の顔が半分ずつ。20年の大統領選の時期から21年のバイデン大統領就任後の数カ月間の出来事が描かれている。本書の中心となるのは、今年1月6日に起きた米議会議事堂への襲撃事件だ。その危機に至るまでの経過とその時々のトランプ氏の振る舞いについて、生々しい証言が紹介される。

例えば、昨年10月と襲撃後の今年1月、ミリー統合参謀本部議長は、トランプ前大統領が暴走して中国に戦争を仕掛けることを懸念し、極秘裏に中国側に連絡していたという。また、元大統領顧問コンウェイによれば、トランプ氏は「敗北を認める準備ができているように見えた」。それを翻したのは、ジュリアーニ元ニューヨーク市長だったと本書は指摘する。

1月6日に至る前、ペンス前副大統領がクエール元副大統領に相談した話も興味深い。トランプ氏は、上院議長でもあるペンス氏には選挙結果を変更する権限があると迫っていたが、クエール氏はペンス氏に、それは「とんでもなく危険な考え」と伝えたという。

フロリダ州にあるトランプ氏の邸宅「マール・ア・ラーゴ」には、グラハムを始めとした共和党の保守派議員や、かつてのスタッフなどが足を運ぶ。トランプ氏はいまも20年の大統領選は盗まれたものだと訴え、24年の再出馬に向けた準備をしている。

米議会襲撃事件の調査が進む中、バージニア州知事選では、民主党が敗北した。中間選挙に向けた共和党とトランプ氏の今後の動きから、目が離せない状況が続いている。

■ロシア疑惑で勇気ある証言、彼女は何者か

『There Is Nothing For You Here』は、トランプ政権下で国家安全保障会議(NSC)の欧州・ロシア担当首席顧問を務めたフィオナ・ヒルの回想録。彼女は2019年11月、ウクライナ疑惑を巡るトランプ前大統領の最初の弾劾調査の米下院公聴会で、トランプ政権へのロシアの関与について勇敢な証言をしたことで全米の注目を集めた。本書には、彼女の生い立ちから現在までの英国、ロシア、米国での経験と米国の未来への提言が記されている。

公聴会では著者の英国北東部のなまりのある英語も話題となった。著者は1960年代、相次ぐ炭鉱の閉鎖によって荒廃していった英国北東部の炭鉱町で育った。炭鉱での仕事を失った父親は病院の雑役の仕事に就き、母親は助産師として働いた。著者は高校時代からパートタイムの仕事で家計を助けた。表題の『ここにはあなたのためのものは何もない』は、当時、著者が父親から言われた言葉だ。

高校卒業後は、故郷を離れ、スコットランドの大学でロシア語と歴史を専攻。モスクワへ留学後、ハーバード大学で博士号を取得。トランプ政権以前にも、ジョージ・W・ブッシュ政権およびオバマ政権下で情報アナリストを務めた。

弾劾調査の公聴会よりも、トランプ政権について多くが語られている。例えば、トランプ政権は、国家安全保障会議はもとより他専門機関の助言に耳を傾けなかった。著者は就任直後、トランプ前大統領から名前すら覚えてもらえず、同行した男性スタッフの秘書と間違えられたこともある。トランプ前大統領は、スタッフや周囲のすべての人間からの注目と称賛を常に求めていたという。米国と他国との関係は、外国の指導者たちがどれだけお世辞を言ったかによって大きく変わった。プーチンは褒め言葉を提供したり、保留したりすることによってトランプを操っていたなど様々なエピソードが語られる。

だが、本書はトランプ政権のスキャンダルの暴露本ではない。本書の目的は、国の分断とポピュリズムの台頭という現在、米国が直面している危機について論じ、具体的な解決策を提示することにある。著者は、英国での子供時代、ロシアでの学生・研究者時代、そして米国市民としての数十年の間に目のあたりにした社会の変化についての研究を織り交ぜながら、米国の現状と未来を論じていく。

三つの国の変化は、重工業の崩壊も経験しており、驚くほど似ている。米国ではラストベルト地帯が工場の閉鎖によって空洞化し、経済的機会が大都市に移っていく中、地域の人々は何十年もの間、政治家から忘れ去られていると感じていた。

こうした「持つ者」と「持たざる者」の分断が、ポピュリストの台頭の地盤となったと著者は指摘する。プーチン大統領やトランプ前大統領、英国のボリス・ジョンソン首相などのリーダーが、取り残されたと感じている人々の不安や不満を利用できるようになったのだ。著者はロシアの動向を憂慮していたが、「プーチンは米国内にすでに存在した亀裂を利用しただけ」であり、「米国にとっての最大の脅威は内部から起きている」ことを悟ったという。

トランプはプーチンの富、権力、名声を称賛し、自分も継続して権力を持ち続けることを望んだ。それが最終的に1月6日の米議会議事堂襲撃事件につながったと著者は説明し、現在、米国は、現代ロシアのたどった道と同じ道を歩んでいると警鐘を鳴らす。

この道から抜け出すために最も重要なのは、誰もが教育の機会を得られるようにすることにあると著者は言う。そのためには、組織化された教育計画を作り出すことが求められる。自分は、出生に関わらず成功のチャンスがあるというアメリカン・ドリームを達成した人間のひとりだが、それは、さまざまな支援や機会を与えられたからだ。忘れ去られた場所に希望を取り戻すには、国、州、地域、学校、国民ひとりひとりが連携し、一体となって教育改革に取り組む必要があると著者は強く訴える。最終章では、国、企業、プロフェッショナル、大学教授、大学生、教師などそれぞれの立場ごとに取り組むべき具体的な項目が提示されている。

専門家としての政策提言の部分は、やや堅苦しいところもあるが、生い立ちやトランプ政権での経験は、ユーモアも交えて語られ、そうした両面から著者の人柄が浮かび上がってくる。著者は現在、ブルッキングス研究所の特別研究員を務め、テレビのニュース番組にも度々コメンテーターとして登場している。今後の活躍が気になる人物のひとりだ。

■トランプ夫妻とともに6年、元報道官が暴露本

『I’ll Take Your Questions Now』は、トランプ氏の元側近による、また新たなトランプ政権の暴露本である。著者のステファニー・グリシャムは、トランプ政権で3人目のホワイトハウス報道官兼広報部長。2020年4月からはメラニア・トランプ夫人の首席補佐官を務めたが、2021年1月6日の米議会議事堂襲撃事件を機に同職を辞任した。他の暴露本執筆者の中で著者が際立つのは、入れ替わりの激しいホワイトハウスの中でも、2016年の大統領選前から、6年近くもの長い間、トランプ夫妻の身近にいた人物であることだ。

トランプ前大統領のスタッフへの横暴な態度や、突飛な振る舞い、独裁者好きなことなどが暴露されているが、本書の読みどころは、これまであまり明らかにされてこなかったメラニア夫人の私生活について記されていることだ。

著者によれば、メラニア夫人は、トランプ前大統領と同様に、自分に関する報道記事を熱心に読んでいたという。著者は一日に何度もメールで、メディアへの対応方法を尋ねられた。夫人は自宅にこもりがちだったため、シークレットサービスからは、塔に閉じ込められたグリム童話のヒロインの名前「ラプンツェル」というあだ名で呼ばれていたという。

メラニア夫人とトランプ前大統領の娘イヴァンカ・トランプとの間の緊張関係についても記されている。メラニア夫人はイヴァンカを密かに「プリンセス」と呼び、特に、イヴァンカが、常にトランプ前大統領と共にテレビカメラの映像に納まろうとしていたことに苛立っていた。英国のバッキンガム宮殿に入る際には、イヴァンカとジャレッド・クシュナー夫妻がスポットライトを浴びるのを阻止するよう、著者は夫人から指示されたという。

トランプ前大統領の複数の不倫疑惑へのメラニア夫人の怒りも暴露している。夫人は疑惑の発覚後、夫と公の場で距離を置くようになり、より自己主張をするようになったと著者は分析する。2018年の一般教書演説で、メラニア夫人は大統領夫妻が一緒に議事堂に入るという慣例にならわず、夫とは別に、若いハンサムな軍将校をエスコートにつけ連邦議会議事堂に入った。その軍将校は、メラニア夫人に頼まれ、著者が選んだという。

メラニア夫人がテキサス州の移民受け入れセンターを訪問した際に着用した、背中に「私には本当にどうでもいい。あなたは?」と刺繍された悪名高い緑色のジャケットについては、そのジャケットを着たために受けた膨大な批判について、夫人は理解しておらず、気にしていなかったと著者は語る。

本書の発刊が決まって以降、著者は、トランプ前大統領やそのアドバイザー、トランプ支持者たちから、悪質な嫌がらせを受けているという。トランプ前大統領は、「彼女には能力がなかった」「いま彼女は他の人たちと同様に、急進的な左寄りの出版社からお金をもらって、悪いことや真実でないことを言っている」と攻撃。メラニア夫人は「彼女は欺瞞に満ちた問題児です」と発言した。

著者はトランプ政権での日々について、「後悔している。罪悪感を感じている」「自分のことしか考えていなかった」と何度も自省の念を語っている。自分はメラニア夫人との間には友情が芽生えていたと感じていたが、それが裏切られたとも。「どんなにトランプ家に親近感を持っていても、私は家族ではなかった」と、未練がましさも口にしている。

多くの政権スタッフがホワイトハウスを離れていくのを傍観していたという批判に対しては、当時、政権内部では、皆、自分の立場を守ることだけを考え、感覚がまひしていたと釈明する。ニューヨーク誌のインタビューでは、「自分が誰よりも生き残っているという自負があったし、内輪に入ってからは、そこから喜びを感じていた」と語っている。

『今、あなたの質問にお答えします』という表題はなんとも皮肉だ。著者が、ホワイトハウスの報道官としては史上唯一、一度も記者会見を開かなかったのは有名な話だ。また、当時、著者は、トランプ大統領と同様にメディアを厳しく批判していた。発刊後に受けた複数のテレビ番組でのインタビューでは、「なぜ私たちはあなたを信用しなければならないのか?」「1月6日の事件の後、最初に政権スタッフを辞任したことを誇りに思っていると言うが、どうしてもっと早く辞めなかったのか」と質問されるなど、著者への風当たりは強い。

「これは、私を好きになってもらうための本ではない」。本書を執筆したのは、次の選挙でトランプが再び大統領にならないよう、自分と同じような人々が考えを変えるよう説得したいからだと著者は語る。一般にホワイトハウスで働いた人間は、大手企業やシンクタンクから仕事の声がかかるのが常だが、トランプ政権に関わった人間は、その道が先細っているとも聞く。本書の発行で、右派からも左派からも嫌われてしまった著者が、信用を得るための道のりは遠いだろう。


米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)
10月24日付The New York Times紙より
『』内の書名は邦題(出版社)

1 The Storyteller
Dave Grohl デイヴ・グロール
フー・ファイターズやニルヴァーナでの活動で知られるミュージシャンの回想録。

2 I'll Take Your Questions Now
Stephanie Grisham ステファニー・グリシャム
元ホワイトハウス報道官・広報部長がトランプ氏の側近として過ごした日々を語る。

3 Peril
『PERIL(ペリル)危機』(日本経済新聞出版)(12月中旬発刊予定)
Bob Woodward and Robert Costa ボブ・ウッドワード&ロバート・コスタ
トランプ政権の終焉とバイデン政権が抱える米国民主主義の危機。

4 Taste
Stanley Tucci スタンリー・トゥッチ
イタリア系米国人俳優が自身のキャリア、家族の伝統、食事や災難を振り返る。

5 Vanderbilt
Anderson Cooper and Katherine Howe アンダーソン・クーパー&キャサリン・ハウ
鉄道王ヴァンダービルトの子孫であるCNNの司会者が、一族の栄枯盛衰を語る。

6 The Dying Citizen
Victor Davis Hanson ヴィクター・デイヴィス・ハンセン
米保守派の歴史学者が、現在の米国の状況に警鐘を鳴らす。

7 American Marxism
Mark R. Levin マーク・R・レヴィン
保守派論客が、グリーン・ニューディールや批判的人種理論を厳しく批判。

8 There Is Nothing For You Here
Fiona Hill フィオナ・ヒル
英国系米国人の外交問題専門家が、貧しい生い立ちから米国の危機を語る。

9 A Carnival of Snackery
David Sedaris デビッド・セダリス
米国のユーモリスト兼エッセイストが記した、2003年から2020年までの日記。

10 The Body Keeps the Score
『身体はトラウマを記録する』(紀伊国屋書店)
Bessel van der Kolk ベッセル・ヴァン・デア・コーク
トラウマが心身に与える影響と、回復のための革新的な治療法。ロングセラー。