「韓国南部にある大規模な保育施設が、高齢者向けの介護施設に用途を変えることになりました」

私がソウルに滞在していた9月、こんなニュースに接した。子育てのための施設が、終のすみかに……。極端といえば極端な例だが、世界で最も速いスピードで少子高齢化が進んでいる韓国の姿を象徴している気がしてならなかった。

韓国保健福祉省によると、保育施設は2018年に3万9171カ所あったが、今年6月で2割減り、3万1276カ所となっている。

一方、2018年に3389カ所だった介護施設は、今年7月時点で25%増え、4254カ所となっている。

少子化とは、出産をあきらめる若者たちが増えていることでもある。

韓国の2021年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は0.81(暫定値)。経済協力開発機構(OECD)の中で最も低い。

私がソウルで記者として働いていたころ、大企業に勤める取材先の女性たちと会うと、よくこんな愚痴を言っていた。

「韓国では女性として生きるのも大変だけど、母親として生きるのはもっと大変」

子どもを産んだものの組織の中で昇進を目指せば、仕事に影響がないよう母親として育児をしっかりこなさないといいけない、というため息交じりの悩みだった。

韓国の人たちが少子化問題を「国家消滅の危機」と認識しているという世論調査もある。

ある世論調査機関が8月に発表した報告によると、「国家消滅の可能性はあると思う」と答えた人の割合は85%にのぼった。

このまま少子化が続くと「年金や健康保険などの社会保障システムは維持できると思うか」との質問には、83%が難しいと答えている。

韓国政府も手をこまぬいていたわけではない。少子高齢化に対応するため中長期の政策目標を盛り込んだ基本計画を2006年から5年ごとに立てている。

計画にもとづいて2006年から2020年まで380兆ウォン(約38兆円)にものぼる予算を投入し、3千にも及ぶ政策メニューを実行に移した。

ところが出生率を押し上げる効果はなかった。合計特殊出生率は2010年まで1.2を維持していたが、2016年から急激に低くなり、2018年には初めて1を割った。その後ずっと1を下回っている。

日本も少子化が社会問題として取り上げられるようになってかなりたつと思うが、少なくとも私がいま住んでいる福岡では、どこに行っても小さな子どもを持つ家族をよく目にする。

街では片方の手で幼い子と手をつなぎ、もう一つの手で下の子を乗せたベビーカーを押している「妊婦」にも何度も出くわした。つまり3人の子を持つ、というわけだ。

そんな様子を見るにつけ、韓国の地下鉄で通勤していたころ、座席に設けられていた妊婦や幼い子を持つ親のための専用シートに誰も座っていなかったことを思い出し、なんだかほろ苦い気持ちにもなった。

地下鉄の席に設けられた妊産婦のための席にはマスコットのぬいぐるみが置いてあった地下鉄の席に設けられた妊産婦のための席にはマスコットのぬいぐるみが置いてあった=2022年6月、韓国ソウル、黄宣真撮影

どうして韓国の若者たちは子どもを持たなくなったのだろうか。

韓国の大学進学率は約7割にも達する。しかも、その多くがソウルにある名門大学への入学を夢見て、実際に邁進している。

親たちは子どもを名門大学に入れるため、塾の費用に惜しみなくお金を使う。韓国統計庁によると、2021年の小・中・高校生の塾費用の総額は約23兆ウォン(約2兆3千億円)に達する。

大学入学競争の次には、就職の競争が控える。韓国では大企業と中業企業の賃金格差が2倍といわれるほど格差が大きい。当然、若者たちは大企業を目指すが、韓国の場合、そのほぼ全てがソウルにある。

大学はソウルを目指す。大学への合格率が高い塾はソウルにある。大企業もソウルにある。ソウル、ソウル、ソウル。そこで何が起こるだろうか。ソウルの不動産価格は短期間では上昇と下落がみられるが、トレンドとしては上がり続けている。

厳しすぎる競争をなんとかくぐりぬけて就職できた若者たち。そして今度はマンションが手の届かない存在になってしまった。その疲労感、絶望感は察して余りあるほどだ。

以前、人口学の専門家であるソウル大学のチョ・ヨンテ教授に話を聞いた。チョ教授は「全てがソウルに集中して競争が激しい中で、若者たちは生存の危機を感じるほどだ。出産なんて考えられないというのは当然の帰結ではないでしょうか」と話していた。

ソウル大学の曺永台(チョ・ヨンテ)教授ソウル大学の曺永台(チョ・ヨンテ)教授=2021年3月、ソウル

チョ教授は「今後は地方が成長していくモデルをつくり出さないといけない。日本も東京一極集中の現象があるとはいえ、地方にも核となる都市がある。そこに住んで働きたいと思う若者たちがいる。韓国のソウルと地方都市の関係と違い、良い意味で分散、多極化している」とも指摘した。

私は福岡で、どこに行っても若者のエネルギーを感じる。人口でいえば第2でも第3の都市でもないのに、どうしてそんなことが可能なのかなと思う。韓国の地方都市で、このような印象を持ったことは一度もないからだ。

福岡でよく行くケーキ屋は、繁華街ではなく住宅街のど真ん中にあるのに、平日の昼間でも列ができている。お店のスタッフは全員が20、30代の若者で、いつも笑顔で迎えてくれる。

正直、ソウルの高級ホテルで食べるケーキよりもおいしいし、しかも価格は半分だ。それだけ質の高いものをつくり出す人材が日本の地方都市にはいるわけだ。

ふわふわの「明太子オムライス」を食べながら、夫が「この味が990円なんて、東京ではありえないなあ」と妙に感心しているのをみて、私はこの福岡という地方都市の姿にこそ、韓国の少子化問題を解くヒントが隠されていると思った。

過度な競争のない社会で、コスパにも優れ、さらに地方独自の文化や味も楽しむことができるのなら、そこが首都ではなくても、子どもを育て、年老いていく自分の未来を思い描くことができるのではないだろうか。